獣王(猫耳腹黒ショタ)の思惑
吸血鬼の退室した謁見の間。
畏まった様子の男の娘が、獣王ガルムと、吸血鬼が言うところの猫耳腹黒ショタと会談を続けていた。
「ふふ。件の始祖の吸血鬼は面白い人だね。余とした事が、ついペースを乱されたよ。初めは惚けていたのに、余が話を重ねる度に、聞き入って。気づけば、まるで初代獣王と面識があるような口ぶりだった。もしかしなくとも、此処獣王国でかつて獣騎士として活躍した『サリエラ』となんらかの関連性があるように見える。吸血鬼君が呟いていたイーラという人物にも心当たりがある。獣闘士団『蒼炎』の創始者で長らく団長を務めていたと文献で読んだことがある。そこのところ、どう思う、ヨナ君?」
「獣王様、失礼を承知で申し上げます」
「ん、なんだ。許すから言ってみろ。吸血鬼君のように砕けた話し方でも余は一向に構わんぞ」
「話が長すぎます! あと話を逸らさないで下さい! こうしてる間にもサフィアさんの容態が悪化したらどうするんですか!? 人の命が掛かってるんですよ!?」
始祖の吸血鬼の話から、全く別の聖王国の話に至るまで。獣王ガルムが意図して話を逸らしているのを、腹芸が苦手なヨナでも感じ取っていた。
もっとも、一番の被害者である吸血鬼は話が逸れているとは思っても、それが獣王が意識してやった事とは微塵も感付いていないが。
「ははっ。ごめんごめん。これはちょっとした悪癖でね。他国の重鎮や貴族ばかり相手にしていると、つい相手の考えを探ってしまうんだよ」
悪びれる様子もなく、笑い飛ばす獣王。
酷な話、この場で獣王と会談するのがコミュ障の吸血鬼だった場合、のらりくらりと獣王に話を逸らされていただろう。
「頼みますよ。本当に……」
かくいうヨナも緊張がないわけではない。
幼い頃、ヨナが正式に公爵家の一員となった際に挨拶を交わした国王は既に他界してしまっている。
国王の子息が次代の王になる事は既に決定しているが、齢9といかんせんまだ幼い。
そのため、一時的な代役として獣王の臣下が国王に収まったと言うのは王都に帰って来てから聞いた話。
そもそも、公爵家としての政は現当主である祖父に丸投げしているために、腹芸に自信がないヨナとしては早いところこの話を断ち切りたい思いで一杯だった。それでもめげずに会談を続けているのは他ならぬ想い人の娘が命の危機に瀕しているためである。
ヨナとしては、これ以上獣王と無駄話をしたくないのだ。
「それで、肝心のサフィア君の話だけどね……」
神妙な雰囲気に、少し鬱屈とした獣王の面持ち。あまり良くない報告。そう感じ取ったヨナの表情に影が差す。
「なんて事はない。海魔族から仕入れた『人魚の涙』を既に何日か投与し続けているから、早ければ明日には正気に戻るんじゃないかな」
満面の笑みで、獣王が告げる。
「……(イラッ)」
たちの悪い揶揄いを受けたヨナが思わず顔を顰める。
獣王ガルムは、依然として心底楽しそうに笑みを湛えていた。
「まぁ、それでね。本題はここからなんだけど。余からちょっとした提案。いや、お願いがあってだね……」
そうして、そこからも獣王ガルム。腹黒猫耳ショタの話に辟易しながら会談は続いていく。
暫くして、会談。
……もとい、交渉が終わった頃には、ヨナはまだしも吸血鬼が頭を抱えそうな事態となっていた。
「これ、絶対フィーちゃん嫌がるよなぁ…… アディルを倒すまでは、自由に行動していい見たいだけど。最悪国際問題になるからなぁ。もしフィーちゃんが逃げようとでもしたら、是が非でも捕まえないと。ボクが獣王。あの腹黒に怒られちゃうよ」
会談を終え、獣王によって用意された一室へと戻る途中、これからのクローフィーの反応に思いを馳せ、荘厳な王城の廊下で、溜息を零すヨナだった。