希望を求めて
「ガルムだよー。よろしく、クローフィー君」
獣の皮を素材にしたような豪奢な椅子に、気楽な雰囲気で腰かける獣王。
どうしてこんな事になったのか。
それには深い理由がある。
元々、王様との面接じみたものなんて、何が何でも避けて逃亡する予定だったわけなんだけれども。
他ならぬサフィアを救うためにこうなったのだ。
ソフィーが寝入った際に、顛末をヨナにしっかり聞いた所、なんでも獣王があの状態のサフィアを助ける手段に心当たりがあるそうなのだ。
あの状態のサフィアをどうにか出来ないかと考えはしたんだけど、呪い染みた『吸血鬼化』を癒す手段なんて僕は持っていない。
聖属性の魔法を使えば、解除とか出来たりしそうだけど、生憎と、聖属性持ちは知り合いにいない。
……強いて言えば、KY勇者がいるけれど、あれに頼るのは最終手段にしたい。ソフィーやヨナ、ノクスにも目ぼしい解決法はわからないらしいし、僕の狭いコミュニティでは既に解決不可能な案件。
不服ではあるけれど、猫の手も借りたい上に事は一刻を争うのだ。実際にこの目でサフィアを見て、あの状態では長くは生きられないと肌で感じたから。
幸い、暴走はしておらず眠り続けている様だけど、とても安心はできない。
変態の癖に眠り姫とか、そんな似合わないことしてないで早く起きろってのにさ……
「ぁ、ぇっと」
「安心して大丈夫だよ。ここは、余の自室で誰も入ってこれないし、壁に防音対策の魔法も施しているから盗み聞きされる心配もない」
「陛下。その、フィーちゃんはなんというかちょ~~~~~~~~~~っとだけ、人と話すのが苦手でして。別段、防音に苦言を呈したい訳ではないかと」
「ああ、そうなんだ。余は別に気にしないから大丈夫だよ」
ヨナさん。ナイスフォローである。褒めてしんぜよう。
ただ、ちょっとの溜めがやたらと長いのはどういうことなのか。後で詳しく話を伺いたい。
今度部屋で小一時間ほど問いただして僕の『大人』の尊厳を取り戻すとしよう。
獣王は、なんか想像してた風貌と大分違う。
ヨナほどではないにしろ、女の子と言われたら受け入れてしまいそうな、中性的な見た目をしている。
ヨナが言うには、最近になって王位を継いだばかりで紛れもない男らしいけれど、あんまりそうは見えない。
有体に言えば、そこまで威厳がない。
体は引き締まっているけれど威圧感がある感じじゃないし身長も160ちょいくらい。所々金のメッシュが入った茶髪にピョコンと生えた猫耳が特徴的だ。
ついでに童顔。
飄々とした雰囲気から、どこぞの吸血鬼に傚ってあだ名を付けるなら、腹黒猫耳ショタ、もしくは猫耳ショタ腹黒といったところかに。
端的に、子供!
という言葉が一番合ってそう。
だがしかし、侮ってはいけない。
絶級のコミュ障により鍛え上げられた僕の観察眼が、底が知れない腹黒さ。こいつは表の顔と裏の顔が激しいと感知している。
穏やかな雰囲気で柔和に見えて、こういう奴が一番お腹の中が真っ黒なんだよ。(偏見)
「それでそれで、そっちの子はエルフだよね。それに君のことはよく知ってるよクローフィー。紅と蒼の戦姫の紅で剣を錬成して戦う少女で吸血鬼。それも先祖代々伝え聞く、始祖の」
早口でまくし立てる猫耳ショタ腹黒、改め獣王ガルム。
うん。押しが強いいィィィィ!!!
これは、アレだ。
陰に潜む一族(陰キャ)が、陽光に照らされる一族(陽キャ)に激しい質問攻めに晒された時のような、言い知れない焦りだ。
頼むから落ち着いてほしい。
そんなに迫られても、僕の胸中の独り言がやかましくなるだけなんよ。
しかしこの腹黒獣王様。
ただの猫耳腹黒ショタではない。
その博識さと聡明さから、各国では賢者扱いされているらしい。
無論、童〇には何の関係もなく、単なる異名である。
その下賤……
聡明な頭脳を借りたいのである。
藁にも縋る思いという奴である
この際、おとぎ話とか都市伝説のような話でもなんでもいいからサフィアを救う手段を伺いたい。
ちなみに、今回の謁見。
名目上は『紅と蒼の戦姫』のリーダーの僕と腹黒獣王の会談ということになっている。
が、しかし。察しのいい人は気づいているでしょ。
無論、ヨナに丸投げしている。
最初はもちろん頑なに否定されましたとも。
『サフィアさんを救いたいのはフィーちゃんなんだから、自分で訊くべきだよ!』ってね。
しかし、しかしですよ!
ソフィーが上手く口利きしてくれたのか、なんかよくわかんないうちに丸め込めたんだぜ!
二人の間にどんな取引があったのかは、想像するのが怖いからこの際止しておく。
そんなわけでヨナえもん。
返答の方、おねしやす!
僕は邪魔にならないように立ち寝でもしてるので。
「…………」
「……」
↑ヨナと獣王ガルムの会話の音。
[ゲシッ]
↑ヨナが僕の頭を叩く音。
涙目で瞳を開く→ジト目ヨナが現れた。
↓僕怒る。(今ここ)
痛い。脳天にチョップするなんてひどいや。
半寝で意識の境目を彷徨っていただけなのに!
心も体も安らぐ最高の瞬間だったのに!
僕とヨナのやりとりを見て腹黒獣王が笑みを漏らしている。
先ほどまでの、薄い笑みとは違い、心底楽しそうに見える。
「お見苦しいところをお見せしました。陛下」
「いやなに。子供は元気が一番じゃないか」
「……」
ほほう。100歳overの僕を子供呼ばわりとは。さてはお主200歳を超えておるな。(迷推理)
「陛下。先ほどの話の続きですが、一つよろしいでしょうか」
「ん。まあいいけど。ヨナ君とクローフィー君の特性や種族についても、後々に仔細まで教えてね。あ、あとそんなに畏まらなくても大丈夫だから」
「はっ。それでは陛下。なぜフィーちゃんが吸血鬼であることがおわかりになったのですか」
ん?
獣王の早口を思い出してみよう。
……早口すぎて聞き流しまっていたけど、言われてみれば種族をしょっぱなから当てられていた。
KY勇者以来の一大事である。
やあり、あれかな。異世界テンプレ系の『鑑定』系のスキルでも持っているのだろうか。
賢者とか呼ばれてる人だし、そう考えるとしっくりくるな。
「ああ。『鑑定』で調べたのもそうだけど、それはそれとして先代の獣王から伝え聞いた『サリエラ』と瓜二つだったからね。名前は違うみたいだけど、『始祖の吸血鬼』であり初代勇者でもあったサリエラと何か関わりかわあるのかなって。それについてはこっちも詳しく聞きたいところだよ」
そう発言しながらも意味深に、何故か少し万感を思わせる瞳でこちらを見据えてくる獣王。
そんな物欲しそうな瞳を向けられても困るだけなんですけど。
我コミュ障ぞ。
けどその話の、内容は聞き捨てならない。
『始祖の吸血鬼』サリエラ?
勇者?
『サリエラ』って村なら僕が『禁忌の森』を抜けてすぐ、始まりの村としてテンション爆上がり気味に、ソフィー&変態と一時期滞在していたけども。
……そもそも『始祖の吸血鬼』は僕ぞ?