『死の血剣』VS『紅蓮大剣』
『真紅の血筋の吸血鬼が命ずる。今ここに顕現せよ「『死の血剣!』」
虚空から現れた深紅の大剣を手に取る。
「『業火の理』」
僕の詠唱の間にいつの間にか繰り出されたノクスの斬撃。
されどそれは僕の実体を捉えることなく地面に、
地面に……
「あ、やば」
「なんだあ?!」
ノクスの攻撃は確かに僕を捉えることはなかったものの、足場がなくなった。というか切れた。石畳で形成されていた地面を溶解してドロドロと。
会場壊しちゃった。てへぺりんこ。
ボコボコとマグマのように石が溶けていく。
もはや戦いを続行できるような環境ではない。
しかし、ノクスは『紅蓮剣』を構えたまま。
どうやら続行するつもりらしい。
……考えてみれば僕の『死の血剣』って自分が避けることには重点を置いていて無敵だけど、貫通してくから僕の体をすり抜けて周りに被害が及ぶんだね。
そう思ったらなんてはた迷惑な能力だろう。
しかし、カッコいいし事実強いのだから、使わずにはいられない!
というか本気でやってもノクスに勝つ方法はこれくらいしか思いつかないし。
というわけで地面さん。
もう少し耐えてくれ。
すぐに終わらせるから。できる範囲で。
「どうなってんだ。こりゃあ!?」
ノクスの困惑と喜びに満ちた声が響く。
ノクスの放つ攻撃のすべては僕の体をすり抜けて実態を掴めない。
かといって僕の死の血剣にも弱点がある。
完全に攻撃を無効化できる代わりに実体がないためこちらからも手が出せない。
任意で霧化は外せるから勝機は一瞬。
ノクスが隙を見せたその瞬間に今の僕のできうる限りの神速でノクスに致命の一撃を叩き込む。
『紅蓮蒼龍波ぁ!』
『紅蓮剣』が青色の炎を竜のとぐろのようにまとい爆炎を上げた。
剣を通しての広範囲殲滅魔法。
しかしこの状態の僕には全くの無力。
そして、広範囲の殲滅魔法ならば当然隠れやすくなる。
『死神の一閃』
実体化したデスブラッドで死角からの斬撃。
僕の霧化は感知系のスキルや魔法にも反応しないからノクスが気づいたころには斬撃は既に叩き込まれている。
「なっっ――!?」
横なぎにはなった死の血剣がノクスの腹を捉える。
咄嗟に紅蓮剣で防いだのはさすがの戦闘センスだけど、いかんせん体勢が悪い。
完璧な体制で抜刀した僕に対し、ノクスは攻撃をしてからの防御。
片手で剣を縦にしたくらいでは……
次の瞬間には剣の刃先が地面に転がった。
「ははっ。それでこそだよなぁ」
ノクスが心底楽しそうに嗤う。
無理な体制で僕の剣を受けたノクスの紅蓮剣は半ばから断ち切られ、単なる鉄の塊と化している。
残っている刀身はほとんどない。
短剣と比べてすらも短いくらいだ。
「続行と行きますか!」
炎を纏い、剣の形を成し、修復した紅蓮剣で再びノクスが切りかかってくる。
実体を持たない剣では鍔迫り合いが起こらないし、起こせない。
なら突きを放って終わりにするまで。
僕の血剣とノクスの紅蓮剣が再び交差する。
互いに今の全身全霊をかけた一撃。
これで決着が付く。
誰もが固唾を飲んで見守る中、それを切り裂く冷徹な声が響いた。
「ふむ。本当にあの方のいうように吸血鬼だったとは。これは早急に対処せねばなるまい」
ノクスが作った爆炎の煙の中を意に介することなく、悠然と近づいてくる影。
その光景を見、僕とノクスの手が止まる。
男同士? の闘いに邪魔に入る無粋な輩を排除しようと阿吽の呼吸でノクスと結託。
二人で声のする方に剣を構えた。
声質からして初老の男性といったところ。
だけど、大切なのはそんなところじゃない。
「悪いがこれもまた定め。雑には扱わんことを保証しよう。どうか私と同行してはもらえないだろうか?」
現れたのは白髪をオールバックに纏めたおじいちゃん。
その眼は鋭く、歳を感じさせない。
けど、大事なのは容姿なんかじゃない。
問題は老人から放たれる絶大な圧力。
今までで感じたこともないほどの警鐘と危機感。
この老人は何かヤバいと本能が訴えてくるのだ。
立ち姿だけで臆するなんて今までなかったけれど、僕は今確かに焦って恐怖を感じている。
同じ剣客だからわかる。
わかってしまう。
このお爺さんがどれほど僕よりも高みにいるのか。
触れた者全てを断ち切ってしまうのではないかと錯覚するような濃厚な殺気と堂々たる佇まい。
その出で立ちと、足運びが。
どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのかを如実に物語っている。
「私も穏便に済ませたいと思っている。事情は言えんがどうか承諾してもらえんかね?」
老人から再度かけられる呼びかけ。
さもなくば力尽くで捕らえると眼光が物語っている。
ゴリラゴリラとノクスとの戦闘で、魔力を消耗して遅れを取っている不利な状況。
賢明な人間ならきっと承諾して同行した後、逃走の機会を伺うことだろう。
「でも断る!」
ぴしゃりと要求を拒絶する。
生涯で一度は行ってみたかった言葉。
それを最高のシチュエーションで放てたことにニヤけそうになる表情を、必死に取り繕う。
天涯孤独、孤立無援、人嫌いの前世の僕のままならばこの要求を即決で呑んでいた。
けど今の僕は違う。
こいつに同行すればヨナやソフィー達に暫く合えなくなってしまう。
それにノクスの親として、ヨナの恋人(仮)としてそんな情けない選択を取りたくない!
我ながら自らのカッコよさに、笑みがこぼれそうになる。
いけないいけない。
このセリフでだらしなく顔を緩めればカッコつけてるだけのヤバい黒歴史になってしまう!
不敵な笑みならば花丸だけど、不器用な僕ではニチャアみたいなヤバい笑みになる予感しかしないもん。
「……そうか。残念だ」
長い沈黙の後、瞳を閉じて老人が俯く。
先ほどまでの能天気な気持ちを彼方に追いやり老人の一挙一動に注意を払う。
言葉とは裏腹。
一向に動きを見せない老人に向け、小さく地面を蹴った。