『 風が去ったあとで 』
感謝を込めて。
『刹那の風景2巻』の書籍に関する内容を含んでおります。
そのため、できましたら『刹那の風景2巻』を読まれてから、
この物語を読んでいただければ幸いです。
【トゥーリ】
私にはくまのぬいぐるみを、アルトにはウサギのぬいぐるみを、
そして……クッカには馬のぬいぐるみをセツナは渡してくれた。
最初、ウサギのぬいぐるみは……、
私に贈られるものだったようだけど、
アルトが目を輝かせて凝視していたことから、
無事アルトの宝物になっていた。
アルトの欲しいものを私が貰うことにならなくて、
よかったと思っている。
でも、正直なところ……、
アルトがどうしてあのぬいぐるみを気に入っているのか、
私にはわからない。
くまのぬいぐるみも馬のぬいぐるみもアルトは、
可愛いとはいっていたけれど、
ウサギのぬいぐるみと同じような反応は示していなかった。
白目をむいているウサギの何が、
アルトの琴線に触れたのだろう……。
そんなことを考えながら、
私は結界の向こう側にいるセツナ達を眺めていた。
結界の向こう側にいるアルトとクッカは、
セツナから馬のぬいぐるみの説明を聞いていた。
どうして……ぬいぐるみに説明が必要なのだろうと思うけど、
先ほどの光景を目にしてしまえば、
説明が必要だということは理解できた。
馬のぬいぐるみが……クッカが冗談で差し出した、
林檎をパクリと食べてしまった瞬間を、
私も見てしまったのだから。
「この馬のぬいぐるみは、鞄になっているんだよ」
セツナのこの説明に、
クッカとアルトが首をかしげている。
二人のその様子はとても可愛らしいのだけど、
首をかしげたくなったのは私も同じだった。
「ぬいぐるみが、鞄なのですか?」
「ぬいぐるみが、かばん、なの!?」
二人は同時に声を出し、
クッカが抱っこしている馬を見ていた。
「そう。鞄の中にしまいたいものを、
馬のぬいぐるみの口元に持っていくと、
パクリと食べてお腹の中に収納してくれる」
「……」
「おぉ、すげぇ!」
セツナの説明に、
アルトは楽しげに馬のぬいぐるみを見つめ、
クッカはアルトとは反対になんともいえない表情で、
抱っこしている馬を見ていた。
「クッカ気に入らなかった?
普通のぬいぐるみにすることもできるよ?」
クッカのその表情に、
セツナが困ったように笑いながら声をかけた。
「可愛いと思うのですよ?
だけど、取り出すときが可哀想に思ってしまうのですよ」
「あー。そうかも」
クッカの訴えに、アルトが首を縦に振って頷いている。
確かに食べて収納する姿は可愛いけれど、
取り出すのに口を開けてその中に手を入れるのは、
ぬいぐるみとはいえ……少し躊躇してしまうかもしれない。
そんなクッカとアルトを優しく見つめながら、
セツナは「大丈夫」といった。
「取り出したいものを想像して、
手綱を引いてみてくれる?」
クッカが彼のいうとおりに、
「林檎をだして欲しいのですよ」と口にしながら手綱を引くと、
馬の口が開いて林檎が現われた……。
セツナが苦笑しながら「声に出さなくてもいいよ」と教えている。
それにしても……あの馬のぬいぐるみには、
どんな魔法が刻まれているのだろう……。
彼の発想は色々とおかしいと思うのだ。
……もしかしたら、私が貰ったくまのぬいぐるみにも、
何か魔法がかかっているのかしら?
そう考えた瞬間、
ふと、視線を感じてその方向へと顔を向けると、
セツナと目があった……。
なんとなくその目が笑っているように見えるのは、
気のせいだと思いたい。
「林檎が落ちないのですよ」
クッカの声で、彼が私から視線を外した。
「馬の口の前に手を持っていくと、落としてくれるよ」
「本当なのですよ~」
「地面に落ちると汚れてしまうからね」
「なるほどなのですよ」
「これで大丈夫そう?」
セツナの優しく問いかける声に、
クッカが嬉しそうに笑って、
馬のぬいぐるみを抱きしめながら頷いた。
彼は、アルトにもクッカと同じようにするかと、
聞いていたけれど、アルトは鞄があるからいいと答えていた。
このとき、私も多分セツナもさほど気にせず、
アルトの返事を聞いていたのだけど、
食後のぬいぐるみを相手にしたアルトの暴れように、
セツナが小さな声で「鞄にしなくてよかった」と、
呟いているのを聞いて、心の中で同意したのだった。
「トゥーリ様……」
クッカの呼ぶ声で、ぼんやりしていた意識を引き戻された。
結界を挟んで向かい合っているクッカを認識する。
その瞬間、私とクッカの目の前を、
何かが通り過ぎていった。
カッポ、カッポという音を洞窟内に響かせて。
(え?)
今のは……なんだろうと戸惑いながら、
過ぎ去っていく音を追いかけるために視線を向けると、
その先には……セツナがクッカに渡した馬のぬいぐるみが……、
のんびりと歩いていたのだった。
お茶をいれるの邪魔になるからと、
クッカはベッドの上に置いていたはずなのに……。
そう思ったところで、今の状況を私は完全に思い出した。
そうだ、私は、結界を挟んでクッカと向かいあい、
お茶を飲みながら座っていたのだった。
セツナとアルトが旅だって数時間経ち、
静かになった洞窟で、二人とも言葉少なになっため、
どちらからともなくお茶の時間にしようと切り出し、
お互いを慰めあっていた。
私も寂しいけれど、クッカはきっともっと寂しいと思う。
どこかしんみりとした空気が、洞窟内に満ちていた……。
それがどうして……、
こんなおかしな空気になってしまったのだろう。
……なぜ、ぬいぐるみが歩いているの?
「……あのぬいぐるみは、
いったいどうなっているのかしら?」
「ご主人様の考えることは、
よくわからないのですよ……」
のんびりと散歩するように歩く、
馬のぬいぐるみを見ているうちに、
なぜかしんみりした気配が遠くなっていた。
たぶん……。
あまりにも突拍子もないことを目の当たりにしたために、
寂しさが吹き飛んでしまったのかもしれない。
パカラン、パカランと、今度は駆け出したその音の連なりに、
なぜか笑いがこみ上げてきた。
それはクッカも同じだったようで……。
間の抜けた音を聞きながら、
しばらく、クッカと一緒に笑っていたのだった。
書籍及び電子書籍をご購入いただきありがとうございました。
ささやかなお礼ではありますが、楽しんでいただけましたなら、
嬉しいです。





