殺戮のエルフィンブラッド ~復讐に捉われたエルフは吸血鬼に力を願い~
また一つ人間の町が潰れた。
今回は町をオリハルコンの壁で覆い、町から脱出できなくなれば人間はどうなるか。
という実験をしてみた。その過程は実に滑稽だった。
初めのうちは割と冷静だったが時が経つにつれ人間共は焦り慌てだした。
それもそうだろう。中の人間が町から出れないということは、逆に言えば外側からも入れないというわけで、入れなければ食料などの供給も当然ストップするので中では食料を巡って暴動が起きるようになった。
弱肉強食。それも純粋な肉体の強さが物を言う世界。権力なんてものは役に立たない。強い者が食料を独り占めし、弱い者は飢えていく。やがて一人、また一人と弱者は飢餓により死していった。
その死の連鎖も穏やかな流れになると今度は強い者が独り占めしていた食料も尽き、その連中は自分たちより先に死んでいった者の死体を食べ始めた。
そのうち狂うものが現れた。オリハルコンの壁を必死に叩き、それによって拳から血が噴き出しても構わずに「出してくれ出してくれ」と叫ぶ者。
これには私も噴き出してしまった。なんと愚かな連中だろうか。滑稽。滑稽。本当に滑稽。
出してと言われて出すわけも無く、放置していると数日の後についに町の人間は絶滅した。
「ふふっ。さぁて、きちんと消毒しないとね。地獄の業火」
夜の闇を赤々と照らす炎。私はそれを見てうっとりと顔を緩めた。
次はどうしようか。今回と同じように町をオリハルコンの壁で覆ってその中に水を満たして溺死させるとかも面白いかもしれない。もしくはその壁を時間が経つごとに少しずつ少しずつ内側に狭めていって最終的に町の人間全員を圧死させるとか。なんなら毒もいい。すぐに死ぬものではなく死ぬまで時間のかかる毒を散布して苦しみもがく様を見て楽しむのだ。
人間共に慈悲はない。奴らが絶滅するまで人間を殺して、殺して、殺しまくる。
一匹たりとも逃したりしない。老若男女すべて私が…。私たちが狩る。
「待っててね、人間。今殺してあげるから」
私は月を背に新たな狩り場を求めて宙を舞う――――。
今からは少しだけ遠い過去。私は自分で言うのもなんだが無垢な一介のエルフの少女だった。
お父様とお母様と友達と集落に住まう親戚やそうじゃないエルフたち。エルフの集落は刺激が無くて退屈だったけど、毎日平和で私は幸せだった。
「じゃあまた明日ね」
「うん、明日ね」
友達と約束して帰路に就く。この時はまだ私は明日を信じて疑ってなどいなかった。
それが変わったのは集落に突如大きな音が響いた時。次に大人たちが人間の軍隊が攻めてきたって騒ぎ出した時。彼らには私たちの最も得意な攻撃手段である魔法が効かない。大人たちが言うにはなんでも魔法除去魔法とかいう付与魔法を人間を導く偉い人が生み出したとかで、いかに私たちが魔法を繰り出そうがすべて無効化されてしまうのだ。
「逃げろ。早く!!」
大人たちの声で私たちは必死に逃げる。
男性のエルフたちが人間と戦ってくれているがそんなに長くはもたないだろう。
「ミア」
「お母様!!」
混乱の最中でお母様と合流。私たちは手に手を取って集落を脱出するべく走り出す。
しかしその逃亡劇はあっさりと終わってしまった。
私たちの前に別の軍隊が現れたのだ。最初から挟み撃ちをするつもりで私たちは泳がされていたとそういうわけだ。
「残念でした~」
私たちはなす術なく人間の軍隊に蹂躙された。
男性のエルフたちは即座に殺され、女性のエルフたちは全員捕まって辱めを受けた。
八歳の私さえも。それだけでは終わらなかった。私は皆が見ている前で皆の心を壊すための生贄に選ばれ、過酷な拷問を受けた。入れ代わり立ち代わり行われる殴る蹴るの暴行、手足の爪を一枚一枚剥がされる、絶対に曲がらない方向に腕や脚を無理矢理曲げられて骨をずたずたに折られる、剣で急所以外の場所を何度か刺されるなどなど。それらが終わると治癒魔法を掛けられてまた最初から。
そんなことをされている私は勿論、他のエルフたちも私を見て人間への恐怖心が心に焼き付いて簡単に心が折れた。
心が折れたエルフは後日町に着いた際に奴隷落ちとなるらしい。
なんでも心が折れたエルフは何をされても人間に逆らわない優良な奴隷として販売できるんだそう。
お母様や集落の女性エルフたちが何人かの男たちの手で何処かに連行される。そんな中で私だけは残されて今再び私への辱めが開始される。私を辱めている男は悍ましい行為を私にしながらこの集落を襲った理由を私への冥途の土産として話し始めた。
私たちが人間と姿形が違うから襲ったという傲慢。
私たちがいなくなればこの土地を自分のたちのものにできるからという強欲。
私たちの集落の食材でただで宴を開けるっていう暴食。
私たちの集落を襲えば見目麗しいエルフを抱くことができるからっていう色欲。
自分たちより寿命が長く美しい私たちへの嫉妬。
最初に集落の見張り達に無条件で集落を明け渡せと言ったが拒否されたことに対する憤怒。
そして、町まで行くのが面倒臭いのでたまたま見つけたここを寝泊まりの場にするために襲ったっていう怠慢。
これをすべて聞いた時、私の中の何かが壊れた。
それと同時に降りてきた夜の帳。丁度良い頃合いと見たのだろう。私以外のエルフがいなくなった集落で好き勝手に私たちの家を漁って食料を確保し、宴を始めようとする人間たち。
その人間たちの前に黒い影が降り立つ。
それは近所のお姉ちゃん。
極たまにふらっとエルフの集落に来て私たちと遊んでくれたり、食事処でエルフの料理に舌包みを打ってそこのお客さんたちと一緒に盛り上がってくれる女性。
今日はその日だったらしい。この惨状を見てお姉ちゃんから冷たく鋭い殺気が放たれる。
「これは、どういうこと?」
「お姉ちゃん…」
弱弱しくお姉ちゃんを呼んだ私の声はそれでもちゃんとお姉ちゃんに届いたらしい。
こっちを見て顔を歪ませるお姉ちゃん。
未だ私を辱めている男は漸く異常事態に気づき私から離れて臨戦態勢を取ろうとするが時はすでに遅い。
お姉ちゃんの手刀で男の首が胴体から離れる。
それを見ていた別の男たちは軍の司令部に伝令に向かおうとするがそれも叶うことなくお姉ちゃんの拳で体に風穴を開けられて絶命した。
「お姉ちゃん」
「話は後で聞くわ。ちょっとだけ待っててね」
「うん」
お姉ちゃんは凄かった。私たちが手も足も出なかった人間の軍を僅か三分でものの見事に壊滅させた。
「さて、何があったか話せるかしら?」
「うん…。それが…」
私はお姉ちゃんにすべてを話した。
そして私は私の話しを聞き終え、怒りに拳を震わせるお姉ちゃんに契約を願った。
「私、人間を滅亡させたい。そのために力が欲しい。お姉ちゃん、私をお姉ちゃんの眷属にしてください」
私は知っていた。吸血鬼には眷属を作る能力があるということ。始祖ともなればその眷属の力は絶大でお姉ちゃんに及ばずもその加護により人間如きに後れを取らなくなることを。
「自分が何言ってるか分かってるの?」
お姉ちゃんが私を真っ直ぐな瞳で見る。
「復讐は何も生み出さない。自己満足でしかないんだよ?」
それは説得のつもりなんだろう。
でもおかしいと思う。だったらやったもの勝ちってことになる。やられたほうは自分が弱かったから仕方ないって諦めろってこれはそういう話だ。そんなの納得できるわけがない。
「だったら尚更だよ。やったもの勝ちだっていうなら、私は人間を滅ぼして自己満足に浸りたい。人間なんていらない。害虫は駆除しなきゃ。そうでしょう? お姉ちゃん」
「ミア……」
なんでだろう? お姉ちゃんの瞳が悲しさを称えてる。
そっか。エルフの集落が滅んだことを悲しがってくれてるんだね。お姉ちゃんは優しいなぁ。
だったら分かるよね? 私の言うこと。人間なんてこの世界に不要なんだよ。不要なものは排除しなきゃ。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…。
殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して…。
最後の一匹になったら笑ってやるんだ。
「ざまぁみろ」って。
だからお姉ちゃん、私に力を頂戴。くれるよね? お姉ちゃんは優しいもん。
私は力が入らない全身に鞭打ってお姉ちゃんに抱き着く。
ビクッとするお姉ちゃん。
何を怖がってるんだろう? こんなのいつものことなのに…。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんって私のこと好きだよね? 気づいてたよ。厭らしい目で見てたこと。私に力をくれたら私のこと好きにしてくれていいよ? あ、でも私は汚れちゃったから嫌かな? ごめんね。最初はお姉ちゃんにあげたかったんだけど…」
「それは大丈夫。私の眷属になれば体は作り直されて綺麗になるから」
「そうなんだぁ。じゃあお姉ちゃんは私を眷属にしないとダメだよね? このままだと私娼婦に堕ちちゃうかも。お姉ちゃん嫌でしょう? だったら私に力をちょ・う・だ・い」
「ミア………」
首筋にチクリと痛みを感じる。それと一緒に生温い水の感触も。お姉ちゃん泣いてる? 可哀想に。私はお姉ちゃんの腰に手を回す。
「んっ…、ぐっ………」
体が作り替えられていく何とも言えない心地。
気持ち悪くて気持ちいい。私が壊れて私が生まれる。
それは永遠とも思える時間。けれど実際は一分か二分。
私はエルフでありながら吸血鬼。
吸血の耳長族として生まれ変わった。
私の凶行は瞬く間に人間の間に広まった。
女、子供であろうが容赦なく殺す殺戮の姫。
吸血鬼の特徴である血のような紅の双眸と長い銀の髪、鋭く伸びた八重歯。そしてエルフの特徴である長い耳と見目麗しい容姿。新種の吸血鬼、或いはエルフ。
その者に出会ってしまったら生きることは諦めろと人間たちの間では言われている。
私は数百の手下たちを従え、この大陸最大の国ヴァーデン王国の王都見張りの石壁に降り立った。
そこから見下ろすは人間、人間、また人間。うようようようよ害虫がいる。
見ていると背筋が寒くなる。早く駆除しないといけない。
何しろこいつらは寿命が短い代わりに繁殖力が高い。
番で二匹いれば爆発的に増えていく。一匹見れば百匹いると思え。悍ましい。私は害虫たちに侮蔑を感じながら手下たちに突撃の指示を出す。
始まる殺戮。駆除。手下にやらせるだけでなく私自身も参加する。
逃げ惑う人間を捕まえて首を捻じって殺す。
エルフの魔法は効かなかったが今の私の魔法はそれよりも何倍も強大になったためか人間に効く。だから魔法で足を打ち抜き、逃げられなくしてから殺すためにその人間に近づく。絶望に染まった顔。ぞくぞくする。頭を蹴ると胴体からもげて何処か遠くにその頭は飛んで行った。
それからも沢山殺した。心臓を抉りだしてみたり、万力みたいに頭を締めあげて潰してみたり、雑巾を絞るように体を絞ってみたりもした。
「あ~あ、一張羅が血で汚れちゃった。まったくこれだから害虫は」
気持ち悪い。お風呂入りたい。自分の体を見下ろしてため息をつく。
何気なく手に着いた血を舐めてみた。くっっっっそ不味い。
「ぺっ」
ああ、本当に嫌になる。これだから害虫は本当に困る。
エルフや獣人の血は美味しい。たまに彼女たちに頼んでちょっとだけ飲ませてもらうことがあるがエルフは果物みたいな味がするし、獣人は美味しいお肉のような味がするのだ。それに比べて人間。腐った水みたいな味。こんなのが流れてるから人間っていうのは性根が腐っているのだ。
ああ、そんなのは殺さなきゃ。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
虐殺。この日王都は三時間余りで陥落した。
「お姉ちゃん、ただいまー」
吸血鬼の隠れ里。かつて私たちの集落があったその近くに私たちは暮らしている。
この里は十字の形になっていて西側には保護したエルフや獣人たちの住居があり、東側には吸血鬼たちの住居がある。中央は露店街と憩いの広場を兼ねていて、南側は里の入り口があるため警備兵たちの詰める場となっている。そして北側はこの里の中でちょっとだけ偉い人が暮らす場所。私とお姉ちゃんもここに家を構えていて一緒に生活してる。
「おかえりなさい。あらあら、また随分汚れてるわね。お風呂沸いてるから入っていらっしゃい」
「うん、ありがとう」
お姉ちゃんと私は一時期はぎこちなかったものの、今ではすっかり元通りの仲良し姉妹。
……あ、いや恋人。
ここで暮らし始めてから数日のうちにお姉ちゃんが私に手を出して、その時は何もかも私の想い通りになっていることにただほくそ笑んでいたけど、それからお姉ちゃんに甘えているうちに私もお姉ちゃんが好きになって、誰にも取られたくないって思うようになって私からお姉ちゃんに告白した。
「今日のご飯はビーフシチューだよ」
玄関前。お姉ちゃんは黒のローブの上にエプロンをつけて右手にはお玉。
そんな恰好で私に微笑んでいるお姉ちゃんを少しの間だけ眺めて私はお姉ちゃんを呼ぶ。
「ねぇ、ロザリーお姉ちゃん」
「ん?」
手招き。少々訝しがりながらもお姉ちゃんは私の傍に来てくれる。
「屈んで」
「うん」
お姉ちゃんの頬をそっと抑えて見つめる。
ここまでされると私が何がしたいか分かったのだろう。
目を瞑って待ってくれるお姉ちゃんが可愛い。
「大好き」
唇に触れるだけの愛のキス。離れて見たらお姉ちゃんの頬がほんのり紅い。
「も、もう一回いいかしら?」
「うん。でもそれもいいけど…」
「ん?」
「お風呂一緒に入らない?」そう私から伝えられた後のお姉ちゃんはまだお風呂に入ってないのにすでに茹蛸みたいになっていた。
お姉ちゃん成分補給して英気を養うんだ。
それで明日からまた人間の殺戮頑張ろう!!