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王の嘆き

(何故、こうなってしまったのだろうか)



 目の前に広がる光景に、男は胸の中で嘆息するしかできなかった。



 広々としたテーブルに並べられたのは、豪勢な食事。一流の食材を、一流の料理人が用いた、紛れもなく最上級の食卓。

 しかし、それを淡々と口に運ぶ男の『獣の顔』には、一切の表情が表れていない。彼のために作られた料理であり、彼の好みに合わせて考えられた献立であるのだが、今は美味いと思うことすらできない。

 男の『尻尾』が、せわしなく揺れている。それは、その無表情に代わって、彼の感情を雄弁に語っている。


 男は、人間ではない。

 全身を覆う白い長毛。すらりとした狼のような頭部に、見る者の目を引く獅子の如く威風堂々とした黄金の鬣。人間の成人男性と比較して、ふた回り近く大きい頑強な体躯。尻尾は地面につくほどに長く、柔らかな毛が揺れている。

 二足歩行の、巨大な獣。彼はイヌ科の猛獣の血が強いが、それに限らず、多種多様な生物を祖先とする獣の人。彼らのような種族は、この世界では『月獣ルナリア』と呼ばれる。もっとも、人間からはさらに大きく括られ、他の人型生物とひとまとめに『亜人』と呼ばれることが多いのだが。


 ここは、月獣によって興された国。多種多様な動物の見た目を持ち、様々な部族として散っていた月獣達は、人間とも、他部族の月獣とも争って生きてきた。そんな中、その状況を良しとしない者達が集い、革命運動が起こった。10年にもわたる彼らの活動は最終的に実を結び、小規模ながらもこうして国家と呼べるものを設立するに至った。


 そしてこの場所は、この国の王城の一画、王のための晩餐室。彼が座る椅子は、王のために用意された絢爛なもの。すなわち、この男こそが国王だ。革命運動終結時のリーダーであった彼は、誰よりも強者であった。故に、生まれた国家を彼が統べることに反対する者は、誰もいなかった。

 彼は強いと同時に、賢かった。力を絶対とする者には己の武を示した。利益を求める者には繁栄を約束した。平穏を願う者には国とは安寧の地だと語った。多種多様な価値観を持つ部族を、それに合わせた策で懐柔していったのだ。そんな彼の姿は、月獣のみならず人間の一部にも『賢獣』と呼ばれるほどである。

 その称号に違わず、獣の外見でありながら、猛々しさよりも知性を感じさせるような、物静かな雰囲気を彼は持っていた。



 そんな男が今、目の前の現実に頭を抱えている。彼の視線の先では、ひとりの人物がゆっくりと料理を口に運んでいた。


「口には、合うだろうか。私達の食事は、人間からすれば薄いと聞くが」


 そう話しかけると、相手は身を縮めた。それは、ひとりの女性だった。雪のように白い肌に、肩に軽くかかる程度の水色の髪。――人間の女性だ。

 その顔立ちは、誰が見ても「美しい」と呼ぶに値するだろう。しかしその表情はどこか物憂げで、影が差していた。


「ご心配なく……とても美味しい、です。私は、あまり濃いものは好みではありませんし、この味付けはちょうどいいです」


 透き通った美しい声。しかし、その中には、明らかな遠慮が含まれている。料理そのものではなく、彼自身に向けて。それを感じ取った王は、相槌だけを打ち、会話を止めて食事を再開する。


(……何故、こうなってしまったのだろうか)


 心の中で、同じ問答を繰り返す。会話もほとんどなく、ただ静かに進む王の食卓。王の意向により彼女との食事は二人だけになっているのだが、結果としてこの時間の大半は沈黙に包まれることとなる。部屋の広さが、余計にその静寂を際立たせていた。



 彼女は、隣国の第二王女だ。

 この月獣の国は、王の意思により人間との交流も積極的に目指すようになった。その中でも隣接する彼女の国は特に友好的であり、彼の国の王は月獣王が建国する手助けをしてくれた一人でもある。

 そうして交流を重ねる最中、提案されたのだ。娘と婚姻を結ばないか、と。それは相手からすれば、友好関係を絶対のものにするための、最上級の信頼の証とも言えた。


(あの瞬間に、断るべきだったのか)


 人間と月獣との婚姻。政略結婚にしても前代未聞の話を、王は条件付きで承諾した。ひと月の間、姫を自らの国に住まわせ、姫に無理が出なければ、と。しかし、現実はこうだ。


(無理が、出なければ?)


 あの時、そんな言葉を放った自分が馬鹿らしくなった。最初からこうなると分かっていたではないか、目先の欲望に従うからこうなるのだ、と。


 考え事をしながらも、気が付くと食事は終わっていた。従者を呼び、片付けさせる。この晩餐は、一日のうちで王と姫が共に過ごす最後の時間でもある。姫はそのまま彼女にあてがわれた寝室に向かい、翌日まで出てくることはない。

 彼女が去る前に何かを言おうとしたものの、何を言うべきかすら分からず、結局は黙って見送るだけだった。


(彼女は今日も……一度も笑わなかった)


 そんな事実に、王は誰もいない部屋で、静かに嘆息した。







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