顛末。
まずは、事の顛末を話していくべきだと思う。
俺と、ガイアと、スタルと、ボスと、ユニ。
いわゆるいつものメンバーで、いつもの会議室に顔を並べる俺たち5人。
ただ1つ違うのは、会議室の壁は一部崩れ、ヒビが入り、ボロボロになっていることだ。
「では、第一回。結局デスマーチはどうなったんだ会議を始めます」
「会議というか、雑談だけどね」
さっそく茶々を入れてくるユニ。
確かに、何かを決める会議ってわけではないが。
「じゃあ1人ずつ今回の報告をしていこう。ユニの言う通り、雑談感覚で構わないから」
「初手はどうします?」
「スタルで」
「え、僕!?」
スタルが一番手っ取り早そうだからな。
「ええと、僕は赤い炎が爆発する音で目が覚めたんだ。バンバンってうるさかったから」
その言葉に、うんうんと頷いているのはユニだ。
「やっぱりあの閃光魔法はファインプレーだったよね。寝ていた人たちは皆あの音で起きたんじゃないかな」
あの花火か。
俺もアレのおかげで危機に気づいたし、これからは緊急時の警報として正式に採用してもいいかもしれない。
「それで、窓の外を見たら魔物がたくさんいて楽しそうだったから」
「うん」
「そのまま窓から外に出て、遊んでた」
「やっぱりな」
「やはりですか」
「やっぱりだね」
期待を裏切らないスタルである。
期待というか、悪い予感だけど。
「まあ戦ってくれていたんだから問題ないっちゃないよな」
俺がそう言うと、他のメンバーは難色を示した。
「問題はあります。スタルを有効に運用していればそもそも城内に魔物の侵入を許すことはなかったでしょう」
「ボスが地上を抑えてくれていたようだから、空を抑えてくれたら完璧だったかもね」
「うう、ごめんなさい……」
この女神たちは小さい子に対する配慮とかがないのだろうか。
いや、厳密にはスタルを小さい子とは言えないけどさ。
それでも何となく不憫に思えたので、俺は擁護の意見を述べる。
「スタルが戦っていた分、ボスの負担が減ったとも言える。スタルに大きな非があったとはいえない」
「魔王様はスタルに甘いよね」
「ロリコンですね」
「待てこら」
どこで覚えたんだそんな言葉。
俺からか。俺しかいないよな。ちくしょう。
俺はただ、スタルがかわいいから優しくしたくなるだけで、どちからというとショタ……。
ああ、うん、何でもないです。
「じゃあ次、ボス」
俺は半ば、話をそらす目的でボスにバトンを継がせる。
ボスは威圧感があるので、それまでの話の雰囲気や流れをリセットしてくれるのだ。
「俺も、スタルと大差はない。例の閃光魔法で目が覚めた」
あれ、なんか意外。
ボスのことだから、魔物が発生した瞬間に気づいたりできそうなのに。
いや、そんなことが出来ていたらここまで被害が出てはいないか。
「そして既に城が取り囲まれていたので、指示を待たずに正門に行った。後はひたすら魔物を留めていただけだ」
素晴らしい。
指示なしでも状況を端的に理解し、重要な門を抑えに行くとは流石はボスだ。
「素晴らしい……、素晴らしいプレイングだったよボス……」
「結果的に、魔王様を一番守ったのはボスだったかもね」
俺とユニが冗談めかして言うが、これは実際そのとおりでもある。
ボスが正門で防衛して尚、魔物は地下室まで入り込んできたのだ。
正門からも侵入を許していたらどうなっていたことか。
「じゃあ次、ユニ」
ボスは何も問題がなかったし、次にいってしまおう。
「あ、ボク? ボクはちょっと、助っ人というか、相方の話を含めて報告したいんだけど、いいかな」
「相方? どういうことだ?」
「つまり、その相方をこの部屋に呼んでも問題ないかな?」
「ああ、それなら大丈夫だ」
人を呼ぶことには何も問題ないので、普通に許可を出す。
そして会議室の半壊したドアを丁寧に開けて入室してきたのは、よく見かけるメイドさんだった。
「失礼します」
「おっ」
「あ!」
俺とガイアが声を上げる。
あ! って何だよ。
なんかガイアとメイドさんが睨み合ってるし。
何があった。
『2人はライバルみたいなものなんだよ。犬猿の仲といってもいいかもしれない』
ユニからテレパシーで補足が入る。
いや、おかしいでしょ。
なんで主神格のガイアがメイドさんと張り合うんだ。
「私、魔王様直属の給仕をしております、スミレと申します」
とりあえずガイアは置いておこう。
このメイドさんの名前はスミレというらしい。
「彼女は、今回のデスマーチに誰よりも早く気づいいたんだ。もしも彼女がいなかったらと思うと恐ろしいね」
おお、それは大手柄だ。
ユニの言う通り、もしも彼女がいなければ手遅れになるまで気づけなかったかもしれないのだから。
「なるほど、それは本当に助かった……。ウチはメイドさんに至るまで優秀だな……」
「とんでもございません。私1人ではなにもできませんでした」
彼女の言葉はとても謙虚であったが、その表情は溢れる優越感を豊かに表現していた。
……主に、ガイアに向けて。
「ぐぬぬ……」
ぐぬぬって。
なに? いきなり何を張り合ってるのこの神さまは。
そういえば、魔王直属の給仕って言っていたな。
そもそも直属のメイドさんなんていたっけ?
謎が多くてよくわからない。
確かにこのメイドさん……スミレだっけ? は、俺が一番よく見るメイドさんではある。
でも俺の直属だったとか知らなかったんだけど。
『だってそんな役職ないからね』
ないのかよ。
まるでガイアみたいな妄言を言うやつだな。
ああ、だから張り合ってるのか。
納得。
「話を続けますね。異変に気づいた私は給仕寮の棟に向かいました。そこで給仕長に事態を報告して指揮を取り、寮にいた者全員で城内の魔物に対処しました」
「私は魔王様の方に行ったよ。でもガイアしかいなかったから、ガイアを城外の大規模殲滅要員として送り出して、私は魔王様を捜索していたんだ。見つからなかったけどね。あと、途中で閃光魔法を上げたのは皆知ってるかな」
「私! 私です! 閃光魔法を提案したのは私なんですよ!」
ガイアが喚いた。
子供か。
スミレに対抗しているのが見え見えだ。
「うるさいです黙ってください」
「何を言っているんですか? 次は私の話の番ですよ? あなたこそ用が終わったならば部屋で休んでいたらどうですか?」
止めろ。
それ以上ガイアという女神の名を穢すな。
アイラの方がよっぽど大人だぞ。
「はいはい、ガイアはその後お得意の大規模破壊魔法で魔王城の一部を破壊しながらも敵勢力を壊滅に追いやりましたーっと」
「なんでユニが言ってしまうんですか!!」
ニヤニヤと笑うユニと、涙目で怒るガイア。
なんというか、いつも通りだな……。
「よし、もう皆がどうしていたのか大体分かったし、次の話をしよう。魔王城はいま……」
「待って」
と、そこで口を挟んだのはスタルだった。
「まだ、魔王様の話を聞いていないよ! いつの間にか勇者ちゃんと仲良くなっていたし、何があったの?」
やめろスタル。
「べつに仲良くはなってはいないぞ」
「私も気になります。話に出てきませんでしたが、私は魔王様の横で寝ていたのに、ユニが来た明け方にはもういませんでした」
『2人での逢瀬……、ロマンチックだね』
面倒くさい。
絶対こいつら面倒くさい。
普通に説明しても別にいいのだが、間違いなくこの女神たちは曲解する。
特にユニはわざと曲解する。
事実と違うと理解しながら事実を歪める。
面白くするためだけに。
「さっき腕組んで歩いてるの見たよ!」
スタル。
お願いだからスタル。やめて。
ちなみに、腕を組んだのではなく肩をかしただけである。
ダメだこいつら。
俺が説明してもしなくても曲解する気だ。
むしろ説明した方が歪みが少ないかもしれない。
「わかった、説明する……」
俺はうんざりして話を始めた。
ーーーーーーーーーー
「まず俺は明け方に目が覚めた。で、勇者のいる部屋へ二度寝に行った」
「ちょっと宜しいでしょうか!」
早いよ。
まだ何も始まっていないんだけど。
「どうして魔王様は部屋を変えようと思ったのですか?」
「は? それお前が聞くか?」
「何か私に原因が……?」
とぼけるなよ。
そもそもガイアが俺の就寝を見守るとか言い出したのが元凶だからな。
ここはしっかりと言ってやろう。
ガイアが一緒に寝ていると気分が高まるので寝られませんと。
……いや駄目だこれ言えない。
よし、ガイアは無視して次に進もう。
「そしたら勇者を起こしてしまったから、少し話をしたな」
「え、あの、魔王様? まだ話は終わって……」
あー聞こえなーい聞こえなーい。
「で、魔物の大進軍のこととか、割と真面目に話していたんだが、勇者は迷っていたな」
「迷っていた?」
そう聞き返したのはユニだ。
「ああ。勇者はあの時点で、魔王とデスマーチが無関係なことになんとなく気づいていたんだと思う。だから、俺に復讐することをためらっていた」
「なるほどね」
「そこで起きたのが先の大進軍だ。赤い花火……、いや閃光魔法か? それで俺たちも異変に気付いたな」
「それで、どうしたんですか?」
ここらへんの話はみんな興味があるらしく、ついさっきまで喚いていたガイアも先を促してくる。
「とりあえず勇者の拘束を解いて……」
「待って」
「待った」
「待ってください」
あ、はい。
「そしたら勇者に組み敷かれて……」
「ちょっと」
「魔王様」
「ふざけないでください」
「すみませんでした」
ユニもガイアも、スタルでさえも俺の軽率な行動に眉をひそめていた。
これはあれか。
後で糾弾されるパターンだ。
「それで勇者に斬られそうになったとき、突然魔物たちが呻き声を上げたんだよな」
とりあえず、糾弾される前に話を続けてしまおう。
「そうしたら勇者が勇者じゃなくなった」
「魔王様」
なんですか。
いや、わかるよ。
もっと具体的にってことだよな。
「表現するのが難しいんだが……、なんというか、勇者からオーラみたいなのが抜けて、同じ見た目の別人になったというか、しょぼくなったというか、七五三というか」
『七五三て……』
「要するに、過去の記憶がフラッシュバックして、恐慌状態に陥ったわけですね……」
「なんか……」
「かわいそうだね」
しばし、勇者に対する憐憫の空気が流れる。
「……先に進むぞ? それで、俺はアイラルトリアを連れて地下室に向かった。あのシェルターみたいなところだ」
「少しよろしいですか?」
ここで口を挟んだのは、ずっと黙って影に徹していたスミレだ。
「どうした?」
「件の勇者の呼び名が勇者からアイラルトリアに変わったのは、何か意味があってのことでしょうか」
え、まじ?
それは俺も気づいていなかった。
無意識に使い分けていたらしい。
「大して考えがあって分けているわけじゃないと思うが……、そうだな。理由があるとしたら、勇者スイッチの入ったアイラと勇者スイッチの入っていないアイラって本当に別人だから。何となく区別しているのかも」
「そんなにですか……」
「だから、地下室でのアイラは本当に情緒不安定で弱々しくて。焦点の定まっていない目で、外の魔物を倒してくるとか言い出したときはビビった」
あれは止めていなかったら本気で死んでいた気がする。
危なっかしい。
「なるほど、それで外に出た勇者を慌てて追う魔王様」
「ん?」
「ピンチに陥ったところに颯爽と現れて始まる魔王と勇者の共同戦線」
「待て。おいユニ。待てこら」
「そして生まれる愛!」
生まれてねえよ。
地下室から出てもいねえよ。
なんかユニが大人しいと思ったらこれか。
なんで最後まで大人しくできないんですか。
「なるほど、だから勇者とあんなに親密に……!」
ガイア。
そいつの話しに乗っちゃダメだ。
あ、違うわこれ。
わかってて乗ってるわこの女神。
「やはり魔王様といえば回復魔法ですから。大怪我を負った勇者を癒すというのは……」
「甘いね。ここは勇者主体で魔王様をヒロインにする方向で……」
あーダメだこれ。
もうダメなやつだこれ。
ユニとガイアは、真逆とも言える性格なのに、どうしてこういう悪いところで仲がいいのだろうか。
つうか会議中なんですけど。
他のメンバーを困らすなよ。
スタル……はなんか目を輝かせているけど、ボスの表情とか硬いぞ。
新メンバーのスミレだって……
「ひぃっ」
何気なくスミレに目をやったら、想像していたよりも遥かに不機嫌なオーラで凍りつくような笑顔を浮かべていた。
「……ガイア様」
「んぇ?」
そんな自称専属メイドさんは、ガイアに一言声をかけて、分厚い紙束のようなものを振りおろした。
ガイアの頭に。
「ふぎゃあぁぁ!??」
バゴーンと、紙束が鳴らしちゃいけないような烈音が鳴る。
「ガイア様は魔王様に迷惑をかけることしかできないのですね。今は話を進めることが先決だと思います」
一瞬で場の空気を持って行くスミレさん。
犠牲になったのはガイアだけとはいえ、あのユニでさえ顔を引きつらせている。
「……助かったよ」
「いえ、当然のことです」
うん。
これからの会議はスミレを呼んでおこう。
俺がそう決心した瞬間であった。