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何故俺を魔王にしたっ!?  作者: 右利き
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勇者と魔王

 

 この魔王は何かおかしい。


 私は、人を見ればその人のことが何となく分かるという能力をガイア様から授かっている。


 でもその能力を使って魔王を見てみても、何1つ特別な要素が見つからない。

 異常でないことが異常なんだ。


 魔王のくせに。


 私の村を滅ぼした魔王のくせに、人命を脅かす邪悪さも、他人を従えるカリスマもないなんて。


 あるのは少しの欲深さと、だらしのなさ。

 そしてそれらを抑える自信のなさや不安。


 まるで、何処にでもいる町人の1人であるかのような心理。




「勇者! 俺たちが仇である確証なんてないはずだろう! 早まるな!」



 この魔王は、本当に関係がないのか?


 私の思考は既にその可能性を指し示していた。


 でも、だから何だ。


 こいつを殺しても仇は討てないかもしれない。

 しかし、私にはもう1つの目的がある。


 私が今まで訪れた様々な街、国、大地。


 何処へ行っても私は勇者だった。

 何処へ行っても私は魔王を殺す役目だった。


 宿場のおじさんも、教会の神官様も、警備の兵士さんも。


 誰もが私を見て、頑張れと言った。

 負けるなと言った。

 きっと魔王を倒せると言った。


 その人たちの思いに応えられたら、きっと素敵なことだろうから。

 きっと私の価値を、私の存在を、今よりもっと認めてくれるから。


 仇は取れないかもしれない。

 でも、きっと私の旅の意味はここにあったんだ。


 ……ここにしか、なかったんだ。


「うるさい! 私には、これしかないの! お前が仇じゃなくても、私は勇者として、魔王を殺す使命がある!!」


 私は魔王の重心を背中から抑えつけて、魔力を手に集める。


「くっ、殺せ! せめて一撃で安らかに死ねるように殺せ!」


 この魔王も流石に観念したようだ。

 強く抵抗しているものの、放せとは言ってこなかった。


 安らかに、ね。

 魔王には苦痛を与えてやれと言っていたのは、誰だったっけ。


「手足をもいで、腹を割いてから殺してやる!」


「うわああ止めろおお! そんな中途半端な拷問は嫌だあああ!!」


 そして今にも私の手に聖剣が召喚されようとしたとき。


 

グォォオオオアアアア!!!!



 その響きは、私が今まで必死に繋ぎ止めていた何かを簡単に破壊した。



「ひ……ぁ……」



 魔物とは何度も戦ってきた。

 竜のような上位種にだって怯むことはない。


 しかしその呻き声は、あの日に聞いて、それ以降一度も聞くことがなかったものだった。


 力が入らない。

 もう魔王を抑えつける力すら入らない。


 私はあの日と同じように、へたりと地面に座りこんで動けない。



「う……ひっく……」



 あまりの情けなさに、私は泣いてしまってすらいた。



「え、お前いまさら魔物相手にどうした?」


「別に、どうもして、ない……」


 嘘。

 誰がどう見ても、そんなはずはないのに。


 でも魔王の前で、敵の前で強がることが、私の最後のプライドだった。



「あー……、ほら立て。走れるか?」


 ……驚いた。

 この後に及んでまだそんな事が言えるんだ。


 私に殺されそうになったくせに。


「私のことは放っておけばいい……」


「俺一人だと魔物に遭遇したらアウトなんだよ!」


 私を護衛みたいに使うつもりなのかな。

 やっぱりこの魔王は何かおかしい。


「そんなの知らない……」


「もう面倒くさい! いいから行くぞ!」


 魔王は私の腕を取って無理やり引っ張る。

 一瞬だけ湧き上がった嫌悪感も、すぐに空虚に溶けてしまう。

 そして私は抵抗する気が失せて、されるがままに引っ張られていく。


「よし、今から向かうのは地下室だ。そこなら立てこもることができるし、いざという時は抜け道から脱出ができる」


「うん……」


「俺は道案内をするが、魔物に鉢合わせた場合は何もできない。その時は勇者が対応してくれ。ただ、回復だけなら俺に任せてくれてもいい」

 

「うん……」


 よく、分からないけど。

 ついて来いと言われて、それを拒む理由を探すことすら私にはできなかった。


 そして部屋を出て、近くの階段を下へ下へと降りていく。


 その途中で聞こえてくる轟音や大声は、どうしてもあの日を思い出させて。

 私は何度も足をもつらせてしまった。


 あの日、私に隠れているように言った父と母は。

 何かに蹂躙され、全身をかき混ぜられたかのようなグロテスクな状態で見つかった。


「う……ぉえ……」


「うわ、止めろ勇者! いや、仕方ないことかもしれないが勘弁してくれ!」


 のどから何かが上がってきそうになる。

 両親を思い出して吐き気を感じるなんて、私はなんて最低なんだろうか。


「うう……ぐすっ……」


「うわ、泣くな勇者! いっそ置いていくぞ!」


「ぇ……?」


 まって。

 おいてかないで。


「痛い痛い痛い! 冗談だって冗談! だから腕を放せ!」



 もうこの魔王を敵だとは思えなかった。

 むしろ、あの日の私にはなかったもの。


 地獄を生き抜く運命共同体なんだと思えた。

 


「ほら、そろそろだ! 魔物に遭遇しなくて本当に良かったなくそっ!」


 いつの間にか、地下に着いていたらしい。


 頑丈そうな扉が道を塞いでいたが、それは魔王が触れるだけで簡単に開いた。

 そして、その扉は私達が通り抜けると自動的に閉まっていき、ガシャンガシャンと音を立てて厳重に施錠されていくのがわかる。


「あの扉は俺が許可した人にしか開閉できないらしい。扉の奥の部屋で立てこもっていれば多分大丈夫だろ」


 そう言って魔王は私の手を放す。

 一安心、という事なのかな。


「とりあえず落ち着こう。ほら、この部屋ってコーヒーとかあるぞ?」


 ……コーヒー?


「あー、子供にコーヒーっていうのもおかしいか。普段なに飲んでるの? ミルク?」


 ……なにか、なめられてる気がする。


「お、ココアがあるじゃん。これでいいや」


 ……ここあ。

 飲み物、なのかな。

 どんなものだろう。


 ……


 はっ!?

 いや、違う違う。

 流石に魔王から飲食品を貰うなんて、駄目だと思う。


「別にいらない」


「そんな状態でまだ意地を張るか……」


 魔王はそういって熱く香りたつマグをゴトゴトッと置いた。


「う……」


「……」


「…………」


「……本当にいらないなら片付けるが」


「はあ、し、仕方ないから私が飲むよ」


 そうだよね。

 こんな贅沢そうなものを残したら、お母さんに怒られてしまう。


 天国の……お母さんに。


「……」


 私は、喉から込み上げてくる涙を頑張って飲み込む。



 と、そんなとき。


 再び遠くから魔物たちの呻き声が聞こえてきた。


 少し落ち着いた私の心は一気に凍りつき、ヒビが入っていく。


 私は目の前のマグの温かさにすがるように両手を伸ばして、その中身をたっぷりと口に含む。


「……!」


「んん? もしかして飲んだことないか」


「……うん」


 ひどく甘っこい。

 けれど嫌じゃない。


 二口目。


 味わい深い香りがいっぱいに広がり、固まった気持ちを少し和ませてくれる。


 しかし甘い。

 苦手な人も多そうだ。

 さては、子供だからとりあえず甘いものでも出せばいいと思われたのかな……?


 そう思い魔王の方へ視線を向ける。

 夢中でココアを啜っている。

 ……考えすぎね。



 そして私が三口目をつけようとしたとき、何度目かの魔物の呻き声が聞こえてきた。

 ……さっきより近い。


 もしここでサーチ魔法を使えば、迫り来る魔物の様子が捉えられるだろう。

 そう思ったが、現実を直視することの恐怖心が私の行動を阻害した。



「この部屋まで魔物の声が聞こえてくるなんて凄いな。暴れ回る魔王城の連中に、魔物たちもうろたえているってことか」



 魔王がそんなことを言う。

 本気で言っているわけではない……よね。


 魔物の声がここまで聞こえてくると言うことは、かなり近くまで魔物の侵入を許しているということだから。


 前向きなことを言って、私を不安にさせないようにでもしているのかな。

 本当に、嫌味な魔王だ。



 それから私と魔王は、お互いに言葉少なくココアを啜っていた。


 よそから見たら、きっととても不思議な光景なんだろうな。

 勇者と魔王が2人で飲み物を啜っているなんて。


 ある意味ではとても平和で、でも違う意味ではとても不安な時間。

 その時間は、数分だったかもしれないし、何時間もあったかもしれない。


 ただ、その時間が短くても長くても、終わりが来る事は間違いがなかった。



「……」


 ドンドン! っとけたたましくドアが叩かれて弾み鳴っている。

 そして、すき間から侵食してくる様なおぞましい魔物たちの声。


 疑いようがない。

 すぐそこまで来ている。



 私の頭に浮かぶのは、あの日に私が隠れていた物置部屋のこと。


 ぐっと力を入れて耳を塞ぎ、じっと目を閉じて震えていた幼くて弱い私。

 部屋の外に居るはずの両親。

 胸を直接掴み握ってくるかのような声、声。



 私は何をしているんだ。


 あの時と同じでいいのか。


 私は勇者ではないのか。


 扉の外にいる両親を助けられるのではないか。


 今度こそ、たちむかえ。



「……これは一応、抜け道から逃げておくべきか。しまったな、ここまで来るとは思わなかった」


 たち、むかえ。


「……勇者?」



 そう、わたしはゆうしゃなのだ。


 なににもくっしない。


 いつまでもこんなまものたちにおくれをとることはない。



 私はフラフラと、自分でも分かるほど危険な足どりで扉の前に行く。


「開けて」


「……はあ?」


「開けて!!」



 私は勇者だから。

 負けはしない。

 私は勇者だから。



「開けてって言ってるでしょう!! こんな魔物、私にとって、勇者にとって、恐れることなんて何もない!!」


「え、待て……ゔっ」


 私は魔王の首を勢いよく掴み握る。


「開けてくれないならば、殺してやる!! さあ、開けて! 開けろ!!」


 感情のままに怒鳴り散らす。


 魔王は萎縮して、怯えと憤りの表情を浮かべて私を見ていた。


 そんな顔、しないでよ。

 まるで私が魔王みたいじゃない。

 私は、勇者だ。



「そんな顔……するなよ」


 それは私ではない。

 魔王の言葉だった。



「……ホクロ」


「え?」

 

「勇者って、口の横にちょっと大きめなホクロがあるよな」


「……っ!!」


「うぉわっ!?」


 あまりに脈絡のない話に、私は少し思考停止してしまった。

 が、話の意味が分かったとたん、反射的に魔王を投げ飛ばす。


 ズシャアッと痛そうな音を立てて魔王は地面を滑る。


「痛ああぁぁあ!!」


「あ、ごめん……!」


 勢いで謝ってしまった。

 魔王は回復魔法を丁寧に使って傷を直している。


「本当だよこのメンヘラ勇者! ……いやもう勇者というより、ただのアイラルトリアだな!」


 めちゃくちゃに言ってくる魔王。

 言葉の意味はよくわからなかったが、荒んだ私の心は簡単に沸騰した。


「はあ!? 訳のわからないことを言うな! 早く開けろ!」


「あのな! 誰が見ても分かるぞ! 今のアイラルトリアが出てったところで、恐怖で体が動かなくてボロボロのボロカスにされるだけだ! お前は俺と一緒に心中でもしたいのか!?」


 なっ!?

 そんなはずない!!


「何言ってるの! 私がここに来るまでどれだけの魔物を倒してきたと……!」


「そりゃあ「勇者」ならそうだ! 魔王城に奇襲をして俺を追い詰めた勇者や、城にとらわれても強く逆転の機を狙っていた勇者ならそうだ!」


「それが私だよ!!」


「でも、俺にコンプレックスを指摘されて怒る少女や、過去のトラウマに怯える少女じゃダメだな! 鏡を見て見ろ! 凄い弱そうだぞ!」


「もう!! 鏡を見ればいいんでしょ!! それでなに……が……」



 魔王の挑発にのって姿見の前に立つ。



 が、そこに、勇者は居なかった。



 居たのは、落ち着いた茶髪に青い目で、口の横にホクロがあり、勇者のような防具をつけた少女。


 ああ、確かに。

 この少女には、無理だ。


 この部屋には、魔の頂点に立つ恐ろしい王も居なければ、人々を導く神聖な勇者も居なかったのだ。



「アイラルトリアが何を考えてるのか、俺にはよくわからないけど。何かを間違えているのはわかる」


「……うん」


「アイラルトリアは。本当は、どうしたいんだ?」



 ……私は。



 両親の無念を晴らしたかった。


 両親を失ったから。

 私の居場所がなくなったから。


 その思いを、どこかにぶつけたかった。



 ……私は。



 新しい場所が欲しかった。


 また生きていくための場所が欲しかった。

 私が認められる居場所。


 勇者になれば、認められると思った。



 でも、両親の死は誰のせいでもなかった。

 仇は取れないのだと悟った。


 そして、仇を取るのだという強い思いを失った私は、勇者ですらなくなっていた。

 自分の居場所すら得られないのだった。


 じゃあ、私は。

 どうしたいのか。


 両親の仇も、勇者としての責任も無い私は、この状況で何を思っているか。



「……私は」


「うん」


「……こわい……」


「ああ」


「泣きたいし、逃げたいし、死にたくない……。もう、やだよ、こんなの……」



 私にあるのは、それだけだった。


 間違いない。

 私の心はひどく納得していた。



「怖くて逃げ出したいか。泣き出したいか」


「うん……」



「俺も同じだ」



 魔王はそう言って、再び私の手を取った。





ーーーーーーーーーー



 

 

「あああああああ!!」


「あああああああ!!」


 馬鹿みたいな悲鳴をあげて、暗い通路を駆ける私と魔王。


 情けないことこの上ないが、これでいい。

 私の心に迷いはなかった。


 泣きたいなら泣く。

 叫びたければ叫ぶ。

 逃げたければ逃げる。


 それらは、私が勇者になったあの日に失ったものだった。


 私はやっと、取り戻したのかもしれない。


 あの日に失った、私自身という少女を。



 私たちを追うものは誰もいなかった。

 魔物すら来ていなかった。


 それでも私たちは全力で逃げた。


 私の旅の意味が、そこにある気がしたから。



「アイラルトリア!!」


「なに!?」


「ウチで働く気はあるか!!」


「え……!?」



 それは、あまりにも意外な提案だった。


 魔王が勇者を招き入れる。

 勇者が魔の手に堕ちる、悪魔の勧誘にも思えた。


 でもそれは。


 私にとって、神様の救いであった。



 ここが私の旅のゴールなんだ。


 そう思えた。



「……アイラ」


「ん?」


「私の名前。私が、勇者になる前の名前。次からはそう呼びなさい」


「おお、そうか。俺は真昼だ。魔王になる前も後も変わらないけどな」


「……マヒル」


「うん」


「……、よろしく」


「ああ、よろしく」



 そして私たちは通路を駆けていった。


 意味もなく、ひたすらに。



ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

一応ここで本作は完結ですが、連載ものとして書いていたため非常に収まりが悪いです。なので、連載用ストックの一部を用いてあと3話投稿します。


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