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何故俺を魔王にしたっ!?  作者: 右利き
3/7

勇者は情緒不安定


 まだ日が昇りかけである時間帯。


 ユニは、魔王場内でありながら屋外である場所に居た。

 そこは、魔王城の二つの棟を繋ぐバルコニーのような通路であり、地上3階程度の高さに豪華な庭園が創られている。

 ユニは見晴らしも雰囲気も空気も良いこの場所を気に入っていた。


「のどかだね」


 庭園に設置されているガラス製の半透明なテーブルに突っ伏しながら、しみじみと独り言を溢す。


 本当は勇者の見張りをしていなければならないのだが、何も見張っていなくてもユニの魔法は発動し続け、勇者を逃がすことはない。

 あの拘束を解けるのは、魔王とユニだけだ。

 ただ、外から力づくで壊す場合はその限りではないのだが。


「ユニ様、おはようございます」


「ん? 早いね、おはよう」


 ユニが寛いでいたところに、メイドが1人通りかかり話しかけてきた。

 彼女は、魔王城の給仕をしている女神で、名前はスミレと言う。


 この2人は別に待ち合わせをしていたわけではなく、スミレが偶然通りかかっただけだ。

 庭園は、給仕などが住まう寮と公的な魔王城を繋ぐ通路であるので、給仕が通りかかっても不思議ではない。


「勇者を見張らなくてよろしいのですか?」


「飽きたからね」


「飽きたのですか……」


 話している様子から分かる通り、この2人は知り合いだ。

 スミレはガイアの言うところの「魔王様のお世話役」であったので、ユニやガイアとは何度も顔を合わせているのだ。


 因みに、もちろんお世話なんて役職は存在しないが、魔王である真昼が偶に給仕を呼んだ時に対応するのがスミレであったので、ガイアの中ではそういうことになっていた。


「それよりもさ、昨日のガイアはどうだったの?」


「昨日のガイア様ですか?」


「何か言い争ってるのを見たけど?」


「はい。昨日の晩に、お世話役を代わって欲しいと言われました」


「……え、お世話役ってなに?」


「わかりませんが、理由を聞くと護衛のため、ということです」


「護衛のため、ねえ……」


 ユニは首を傾ける。


 ガイアが魔王城でトップレベルの強大な女神であることは確かだが、対個人の戦闘力は低めである。

 そんなガイアが護衛というのはいささか頼りないのでは? と思うユニであった。


「しかし、護衛ならばガイア様より私の方が適任であると思いましたので、それを申し上げました」


「おお? 私もそう思うけど、それを本当に言ってしまうなんて強気だね」


「そうしたらガイア様が決闘をすると仰りまして」


「決闘」


「大広間を貸し切って模擬戦を行うことになりました」


「なんであの女神はそういう時だけ好戦的なんだろうね」


「模擬戦では、ガイア様が魔法を構築されている間に私が近寄り、ガイア様を組み伏せることに成功しました」


「一対一のガイアは本当に弱いなあ……」


「それで模擬戦が終わりだと私が気を抜いたとき」


「ん?」


「ガイア様が催眠魔法を私に連発して」


「うわ」


「私が眠ったことで模擬戦はガイア様の勝利に終わりました」


「ひどすぎる」


 そもそも、真昼の本意としては第三者を巻き込むつもりはなかったのだが、ガイアの独断により見事にスミレが巻き込まれていたのだった。


「まあ、仕事が減ったのは良かったじゃないか。ほらほら、寛いでいきなよ。あ、おかし食べる?」


「いえ、申し訳ありませんが用事が」


 そう言ってスミレは、赤い瞳を輝かせながら物騒な空気を纏い始める。


「次は、勝ちますので」


「え」


「もう油断はありません。ガイア様に遅れを取ることはないでしょう」


「スミレも大概だね……」


 もう少し遅い時間に挑戦してあげなよと思うユニだったが、それもスミレの作戦だろうか。


 これから殺伐とした寝起きドッキリを仕掛けられるのであろう友人の冥福を祈りながら、ユニは歩き去るスミレを見送る。


 ……しかし、スミレは屋内に入ろうというところで立ち止まった。


「……どうしたの?」


 スミレは返事をせず、深刻な顔をして突然駆け出した。


 向かった先は、庭園の端っこ。

 魔王城から美しく雄大な自然の景色を楽しめるように作られた、望遠スペースだった。


 何かを探すように景色をみまわすスミレに釣られて、ユニも魔王城壁外を見渡す。

 花々の咲き渡る原に、妖精の宿る水源、少しずつ表情の違いを見せる山々。


 そして、見つけた。


 ここから見てもそう遠くない岩場。


 そこから、うじゃうじゃと湧き出てくる魔物を。


 魔物の種類はとにかく多様で、しかし魔物同士で戦うことはなく、不自然なほどに統率された動きで魔王城へ向かってくる。


「これは……!!」


「間違いないですね……」


「スミレは、寮に戻って状況を説明して! 私は、魔王様の方に行く!」


「承知しました」


 スミレと別れ、全力で城内を走る、走る。

 ユニは体力派ではないが、そんなことを言っている場合ではない。


「何だってこのタイミングで、しかもこんなに近くに……!!」


 これはユニにとっては何ともタイムリーで、囚われの勇者にとってはこの上なく皮肉が効いていた。


 魔物の大進軍。

 それが、スミレとユニの目撃した現象だった。







ーーーーーーーーーー







「……なにしてるの」


「っ!? 起きていたのか?」


「起きたのよ」


 俺が来たことで起きたのか。

 流石、感覚が研ぎ澄まされているな。


 初対面時の感覚の鈍さは、やはり勇者の本調子ではなかったようだ。


「悪いね、こんな明け方に。起こす気はなかった」


「なら来なければいい」


 ごもっともである。


 ごもっともだが、言い訳をすると、俺がこんな時間にここに来た訳は件の女神、ガイアが原因だ。


 つい先ほど、俺はふと目が覚めてしまった。まあそこまでは問題ない。

 しかし、なんというか察して欲しいのだが、そのときの状況が二度寝出来るような状況ではなかったのだ。

 もう一度眠るには強い心が必要だった。

 ゆえに、弱い心の俺はこっそり寝室を抜け出したのである。


 では何故ここに来たかというと、この部屋は勇者を捕らえている部屋ではあるが、元は客間であり、寝泊まりができるからだ。


 早い話、寝に来た。



「あ、寝てていいぞ。俺も寝るから。おやすみ」


「え、そこで?」


「うん」


「頭おかしい……」


 自覚はある。

 自分を殺そうとした敵の前で寝るわけだしな。


「まあなんというか、初めて会った時は怖かったけど、昨日の話を聞いてからは、勇者も同じ人間なんだなーと」


「……」


 勇者は、何か意外そうな、驚いた顔をした。

 が、すぐに顰めっ面に戻る。


「あれ、どうかした?」


「お前は、絶対いつか、殺す」


「……痛くないようにお願いします」


「……痛めつける」


 やめて。


 つーか濡れ衣です。

 冤罪です。

 あ、そういえば勇者に聞くことがあったな。


「なんで勇者は、デスマーチの原因が俺だと思ったんだ?」


「は?」


「だって、その場に俺は居なかっただろ」


「魔王が居なくても大量の魔物がいた。関係ないとは言わせない」



 ああ……。


 やっぱりな。

 そういうことだよなあ……。


 あらかた予想通りだけど、一応しっかり聞いておこう。



「……大量の魔物がいる事と魔王が、どう繋がるんだ?」


「だって、魔物は魔王が使役しているから」



 やはりそこを勘違いされていたのか。


 俺たちは魔王といっても、魔物を使役することはできない。

 むしろ、魔物は俺たちも人間も等しく襲う。


「勇者、よく聞いてくれ。俺たちは魔物を使役することはできない」


「そんなの嘘」


「信じられないのは理解できる。でも、俺たちが関わっている証拠だってない」


「誰しもが言っていた。街の人も、教会の人も、王様……はどうだったか忘れたけど、デスマーチは魔王の所業だって。みんなが言っていた」


「その理由について語ってくれた人はいなかったのか?」


「…………、理由は分からないけど、お前より信用できる人たちだから。神父さんは、嘘をつかないことを神に誓っていた」


「神様?」


「そう」


 神?

 ああ、神に誓って、か。

 身近に神様がたくさんいるせいで、そういう一神教的な言葉を聞くと違和感を覚えるようになってしまった。


「じゃあ俺も誓う。何なら毎晩神様に礼拝でも捧げるよ」


「ガイア様はお前の礼拝なんていらない」



 ……ガイア?


 ああ!

 勇者アイラルトリアの神ってそうかガイアか!

 しまった! あいつに毎晩礼拝を……


 いや落ち着け。

 確か勇者は「礼拝なんていらない」って言ったよな。

 セーフセーフ。


「そうかーいらないかーそれは残念だなー」


「やっぱりやれ」


「なんで!?」



 ユニに続いて勇者にも心を読まれている……?

 勇者を懐柔する前に俺が攻略されているんじゃないかこれ。



「まあ、とにかく俺らはやっていない」


 そう俺が言うと、勇者は少し遠くを見て考え始めた。



「……もしそうだとしたら」


「ん?」


「もしそれが本当だとしたら。魔王たちが本当に私の村と無関係だったら……。私はいままで、何をしていたのかな」



 ……確かになあ。

 今まで家族の仇を取るために苦しい旅をしてきたのに、実は家族は事故死でしたと言われたら。

 肩透かしなんて言葉では済まない空虚を、勇者は味わうことになるだろう。


 勇者に真実を伝え、それを信じさせるのは、もしかしたら勇者を不幸にすることかもしれない。


 ……なんで俺が勇者の幸せまでめんどう見なきゃならないんだとは思うけど。



 なんて、少し考えていたとき。


 バァン! と、頭蓋をかき鳴らすような鋭く大きな衝撃が部屋のなかを通り抜けていった。



「なにいまの?」


「わからないが……外?」



 部屋の窓を開けてみると、また同じ衝撃が響き渡る。

 上だ。

 魔王城の上空。

 そこに赤い弾が打ち上がり、花火のように弾けて衝撃を放っていた。



「何だ? 何をしているんだ? これ……は……」


 そこで、俺は気づいた。



「どうしたの?」



 魔王城が、夥しい数の魔物に取り囲まれていることに。



「まさか……」


 昨日の勇者とガイアの話が頭をよぎる。


 村が滅ぼされた。

 自然災害。


 実際に遭遇した経験がなくとも、俺はこの現象こそがソレである事を理解した。


 魔物の大進軍だ。


「……デスマーチ、だ」


「ぇ……」


 あまりにも突然な襲撃。

 俺は白く染まりそうになる頭を必死に塗り替えて考える。


 大丈夫、この城の戦力で抑えられないということは決してないだろう。

 スタルやユニのような幹部はもちろん、一般階級であるメイドさんに至るまでそれなりに戦うことができる。

 そう簡単に死ぬような奴は……


 いた。


 簡単に死にそうな奴。


 俺だ。



「我が身が第一優先か……! よし、逃げよう!」


 幸い、ここにはガイアよりもよっぽど頼りになる勇者様がいるのだ。

 勇者に着いていけば助かるだろう。


 あ、そうだ、拘束外さないと。

 いや待て外していいのかこれ。

 でも緊急事態だし仕方ないよな?


 ガチャガチャ。

 ガチャガチャガチャ。


「お前、何をして……!」


「何って、逃げるんだよ! 外すから少しじっとしていろ!」


 ガチャガチャ。

 あ、外れた。

 よしよし。


「外に出るのは無謀だろう。地下室の抜け道を通じて……、ぐぁっ!?」


 俺の体がびたーんと仰向けに倒れこむ。

 背中が重い。

 どうやら勇者に組み伏せられたようだ。


 え、まじか。


「皆んなの、仇……!!」


 やばい。

 まさかこの状況で勇者が襲いかかってくるとは思わなかった。我ながら間抜けすぎる。


「勇者! 俺たちが仇である確証なんてないはずだろう! 早まるな!」


「うるさい! 私には、これしかないの! お前が仇じゃなくても、私は勇者として、魔王を殺す使命がある!!」


 ああ、そっちか!

 個人の恨みを抜きにしても、勇者は魔王を殺す職業だってことを忘れていた!


「くっ、殺せ! せめて一撃で安らかに死ねるように殺せ!」


「手足をもいで、腹を割いてから殺してやる!」


「うわああ止めろおお! そんな中途半端な拷問は嫌だあああ!!」


 と、その時。

 

グオオオオオオオォォ……!!


 地がなるような響きが俺たちの骨を震わせるように走った。

 確認しなくてもわかる。

 魔物の呻き声だ。



「ひ……ぁ……」



 背中に感じていた重さが消える。


 よく分からないが、勇者が放してくれたのか。

 俺は素早く立ち上がって勇者のほうを確認する。



 そこには、腰をぺたりと床に付けて弱々しく座る少女がいた。


 誰だ。

 わかっている。勇者だ。

 暖かいブラウンの髪と明るい碧色の目。

 ガイアを幼くしたような容姿は何一つ変わっていない。


 しかしその少女からは、勇者たる神聖不可侵さは感じられず、俺に対する憤怒すらも感じられなかった。

 一目で一級品だと分かる美しい防具も、子供が背伸びをしているようにしか見えない。

 さながら七五三だ。


「う……ひっく……」


「え、お前いまさら魔物相手にどうしたんだ?」


「別に、どうもして、ない……」


 嘘つけよ。


 恐らく、さっきの呻き声で村の惨劇がフラッシュバックしたのだろう。

 トラウマってやつか。

 そんなんでよくここまで来れたな勇者。


 殺されそうになった文句の1つや2つでも言いたいところだが、これ以上問答に時間をかけるべきではない。


「あー……、ほら立て。走れるか?」


「私のことは放っておけばいい……」


「俺一人だと魔物に遭遇したらアウトなんだよ!」


「そんなの知らない……」


「もう面倒くさい! いいから行くぞ!」


 勇者の腕を掴んで無理やり引っ張る。

 拒絶されるかと思ったが案外抵抗はなく、勇者は俺に引っ張られるがままについてきた。


「よし、今から向かうのは地下室だ。そこなら立てこもることができるし、いざという時は抜け道から脱出ができる」


「うん……」


「俺は道案内をするが、魔物に鉢合わせた場合は何もできない。その時は勇者が対応してくれ。ただ、回復だけなら俺に任せてくれてもいい」

 

「うん……」


 大丈夫かこれ。

 魔物に遭遇したら勇者は戦えるのかこんなんで。


 いつまた勇者に襲われるかも分からないし、お先が真っ暗なんだけど。


 しかし深く考えている時間はない。


 俺たちは急いで地下へと向かった。






ーーーーーーーーーー






「魔王様!!」


 ユニは、真昼が眠っているはずの寝室をドバンと開け放つ。

 とんでもなく失礼な行いだが、状況が状況だ。


「起きて! 緊急事……態……」


 しかし、そこに寝ていたのは間抜けな顔をした惰眠女神だった。


「ガイアあああああああ!!」


「ふあっ!? はい! 火事ですか!? 水害ですか!?」


 あながち間違っていないのが困ったところだ。

 ユニは手っ取り早く、ガイアの目前に小さな閃光魔法を発動させた。


バチィン!


「きゃああああ!!? 目があああ!?」


「起きたかな? 本当は寝起き決闘ドッキリだったのがこの程度で済んだんだ。感謝してね」


「い、一体なにが……」


「緊急事態だよ。すぐ近くで魔物の大進軍が発生した。魔物さまはどこ?」


「……え? 冗談でしょう?」


「冗談はさっきの閃光魔法で終わりだよ。早く答えてほしいな」


 ユニの剣幕から、冗談ではないことを悟ったガイアは、自分の隣で眠っているはずの真昼を探す。

 が、当然いない。

 この時は既に勇者の監禁部屋に行っていたのだ。


「わかり、ません……」


「分からない? ガイアは、魔王様の護衛役になったと聞いていたんだけどな。分からないんだ」


「う、申し訳ありません……」


「……いや、今のは私が悪かったね。この状況で魔王様がいないというのは中々に危ない事態だ。もしも一人で出歩いて強力な魔物にでも出くわしたら、最悪……」


「そ、そんな!! 私、魔王様を探してきます!」


「待って!」


 ユニは、今にも走り出しそうなガイアを慌てて引き止める。


「ジッとしていられません! 魔王様が危険なんです!」


「そんなことは分かっているよ。だからこそ、今できる最善の手段を取るべきだ」


「最善の手段?」


「デスマーチは、魔物の強さの質も脅威だけど、それよりも恐ろしいのが数の多さ、ということは分かるよね?」


「もちろんです。私が作った仕組みですから」


「なら分かるはずだよ。デスマーチには、ガイアの大規模破壊魔法がこれ以上ないほどに役に立つ」


「……はい」


「何処にいるか分からない魔王様を探すより、外の魔物を殲滅していったほうが結果的に魔王様の安全に繋がる。こんな時にわがままは言わせないよ」


「わかり、ました」


 ガイアは天然ではあるが、愚かではない。

 ユニの言うことを正しく理解し、自分のやるべきことを訂正する。


「必要と判断した場合は、城を多少破壊しても構わない。とにかく魔物の全体数を減らしてほしい」


「はい」


「あとは魔王様含め、この城にいる全員に異常事態ということだけでも伝えないと……」


「それならば、先ほどの閃光魔法をあっちこっちに飛ばすというのはどうでしょう?」


「お、良いね。採用するよ」


 そうしてユニの飛ばす沢山の赤い花火とともに、魔王城は臨戦態勢に入るのだった。


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