12 パソコン困ったちゃん
身近にいると、けっこう苦労させられる人たちのお話です。
購入したばかりの家電の取扱説明書、いわゆる取説にまったく目を通さずいきなり操作しようとする無謀派、皆さんのまわりにいませんか? わりといるのではないでしょうか。電子レンジみたいにあたためボタンやワット数、必要な時間を設定するくらいは山カンでできちゃいますよね。
けれどスマホやパソコンは、簡単にいかないこともあります。
若い人でも、手続きが複雑化しているスマホの取り扱いは、自分で設定ができないから家族や友達、恋人に頼んでいるという方の話を聞いたことがあります。
仕事に必要なスキルだからと、自分でパソコンと入門書を購入し、一から操作を勉強する人もいます。努力し、問題解決のためにわからないことを調べ、上手に使いこなせるようになったとしたら――すばらしいことです!
しかし、世の中はそんな人ばかりではありませんよね。
わりと性質の悪い人種は、老若男女問わず「わからなければ誰かに聞けばいいや」と最初から自力で解決することを放棄している人――いわゆる他力本願タイプです。
教えてもらうにしても、パソコンの学校や教室に通いプロのインストラクターに習って修得しようというのはまた別です。先に挙げたすばらしい例に該当します。
ここで話したいのは、家族や職場の同僚・部下に操作方法を折角教えてもらっても「また聞けばいいや」程度で覚えない人のこと。なかなかの強者です。わたしの職場にはそんな年配の困ったちゃんが二人もいます。
パソコンの操作に不慣れな上司や、同僚の口からこんな言葉を聞いたことはありませんか?
「なんか知らないけど(入力したデータ)が消えちゃった」
「なんか知らないけど(データが)印刷できない」
「なんか知らないけど文字が入力できなくなった」
「なんか知らないけど画面が動かなくなった」
……なんか、なんか、なんか。なんかの連発、大安売り。
「なんか知らないけど」ではなく、何も知らないから不具合が生じたのです。
頼られた人間は、「またか」「いい加減にしてくれ、何度(同じ作業を)繰り返せば覚えるんだ!」とうんざりしているのではないでしょうか。
残念ながら、助けを求められれば応えないわけにはいきません。相手が上司や先輩ならば今後の人間関係にも支障が出てしまうからです。
そういう問題児ほど、相手に悪いとは思ってもいません。昔は書類作成が全部手書きだったとアナログだった過去のよき時代の話を持ち出す人もめずらしくありません。
新しいものを受け入れることができない場合、とくに自分自身が上手に扱えないときに人は言い訳するのです。
「昔は」とか「以前は」と言い出して、「こんなことをする必要はなかった」と嘆くのです。
それらの言い訳を聞くにつれて、すでに操作を習得した人間はやる気のない相手に対して失望していくだけです。
「文句ばかりで、何もやらない人」と。
機械が苦手な人は、勝手に操作して壊してしまったらどうしようという不安が大きいのかもしれません。でも、慣れていくためには失敗を経験することも大事です。そうでないと「あの人って本当に何もできないんだな」と仕事ができない人のレッテルまで貼られてしまいます。いつしかそれはパソコンや仕事を越えて人として関わりたくない人として判断されるのです。
せめて人から教えてもらうならメモをとるとか、自分で覚えられるように準備をしておくものです。新人には当然と言える行動なのですが……新人じゃない人ほど困ったちゃんが多いです。
かく言うわたしの父もパソコン困ったちゃんです。
おそらく父に限らず、自信がない人ほど身近にパソコンの操作ができたり、自分よりも詳しい人がいたりすると、大体頼ってしまう傾向があります。あとは最悪の事態を回避するために最初から聞いてしまおうということです。
大事なのは、嫌々やらないこと。
「なんで俺が(わたしが)こんなことをやらなきゃいけないんだ」とぼやいていては頭に入るものも入りません。わたしの職場でパソコンの書類作りに時間をとられている人はこのタイプが多いです。
たとえば、自分の趣味がハンドメイドで雑貨を作る場合、頼まれなくても作り方を調べ、材料を揃えて作品を作る……一連の作業が苦痛だという人はいないはずです。むしろ意欲的に行動しているでしょう。
困ったちゃん言動の真逆です。
学ぶ姿勢って大事ですね。
パソコンに限らず、新しいものを知り、受け入れられるかどうかは、その人の性格・考え方に大きく関わります。
どうか、挑戦と努力という言葉を忘れないでください。
わたしも創作活動のために専門書を読み、ネットであれこれ調べることがありますが情報を消化するのに苦戦しております。専門用語もチンプンカンプン。
けれど簡単に諦めてはいけないんですよね。
時間をかけてでも、理解していけるように試行錯誤を続けていこうと思います。




