ボタンは良く掛け違う
作戦陸竜騎士隊
隊長 カツリキ(ガッチリなのは体だけ)
副隊長 ドク
隊員 サイゾウ(正論主義者)
隊員 ヨギ(話を聞いているフリが得意)
隊員 ケンマ(マッチョ根暗)
隊員 アンガー(イノシシ系)
隊員 ワタリベ(実力<プライド)
隊員 コニタ(趣味が筋トレ)
以上8名が、「呼び台」の上で竜を待っている。
先日、ドクとリンダがシルバを呼び出した場所ではない。陸竜騎士団本部の裏手にある、部隊用の「呼び台」だ。笛も、個別のもではなく、部隊用の物を使う。
「じゃあ、お願いします」
今年50歳になる作陸の隊長であるカツリキが、今年配属されたばかりのコニタに、笛を吹く事を促す。コニタは新人らしい返事をしてから、めいっぱい息を吹き込む。山々に反射した音は、やがて竜の生息域全体にひろがっていき……。
「クアアアアアアアアァァァァァ」
「ルウウウウウウゥウウゥウ」
何頭かの返事が返ってきた。
あと、数分もすれば、龍たちは姿を現わすだろう。
「隊長――」
ドクは作戦行動に移る前に、カツリキへ問いかけた。
「なんですか?」
少し、面倒臭そうにカツリキが振り返る。おそらく、隊員たちと楽しく話をしようとしていたところを、邪魔されたのが嫌だったのだろう。
「今回の作戦について、今の内に隊員と話をしておいた方がいいかと思います」
竜に乗って動き出してしまえば、なかなか込み入った情報交換ができなくなる。練度の高い部隊なら不要かもしれないが、新人を抱えるプヨプヨ小隊なら個人レベルでの意識統一を図る必要があった。
「それはブリーフィングでしたじゃない?」
しかし、それを面倒くさがる隊長が多いのも事実。繰り返しが怠慢を生むのは避けられない。
「ええ。でも、それは部隊レベルでの対応についてですよね。個人レベルでの注意点などは、今のうちに確認しておいた方がいいと思います」
明らかに、嫌そうな顔をするカツリキ。
――俺だって、好きでこんな面倒くさいことを言いたくねえよ。
ドクの心が折れそうになるが、続ける。
「今回の作戦で最も重要なのは、敵の実態を把握することだと思います。捕虜を確保しろというのも、目的はそこにあるんでしょう」
「そうなのかな?」
まさかの否定……。
前提の部分で意見が食い違うとは、さすがにドクも予想していなかった。隊長と副隊長の息がずれると隊の動きが極端に悪くなるのに、「我々は一発目のボタンから掛け違えているのか」と頭が痛くなる。
「あ、違いますかね?」
一応、聞いてみる。いや、聞くスタイルをとる。
「う~ん、まあ、私も良くは分からないけど、要するに敵の居場所を見つければいいんだよね」
そうだよ。
そうなんだけど、ドクはその先の話をしようとしている。
「ええ。そうだと思います。でも、場所だけでは、参謀本部もなかなか作戦を立て難いでしょうから、敵の人数や武器なんかも把握しておく事が重要かと……」
「それは、今後も軍がこの案件に関係していく事を前提にしているよね?参謀本部の彼も言っていたけど、これはもともと自治警察の仕事なんだし、そこまで考える必要はないんじゃないかな?」
――適当にやれと?
ドクはざわざわする気持ちを無理矢理おさえた。
思考はすでに、良い成果を出そうとすることより、被害をどれだけ少なくするかにシフトチェンジし始めていた。
「分かりました。それでは、第一目標は敵本拠地の捜索にして、あくまで他の情報は、取得できる範囲で調査を行うって感じでいいですか?」
できるだけ曖昧な輪郭にして、自分の指示を通させてしまおうという考えだ。まあ、後々の事を考えれば良策とは言えない。
「ええ、いいと思いますよ?」
――「思いますよ」ね……。はいはい。
「じゃあ、襲われた倉庫からスタートして、徐々にマヤヅル方面に移動しましょう。各隊員は、何か痕跡を見つけたら即座に報告させるように――」
「分かりました。でも、ドクさん」
「なんですか?」
「この調査って、今日一日で済むと思っている?」
「どういうことですか」
今度はドクの表情が歪む。もしかしたら、自分の見通しが甘かったかと指摘されるのかと考えたのだ。しかし、とんで来たのは、予測もしないいアッパーカットだった。
「いやさ、実は、明後日が娘の誕生日なんだよ。だから、調査が長引いちゃうと、困るんだよね」
何を言っているのか、ドクには理解できない。
しかし、相手は自分の上司。手放してしまいそうになった思考(意識?)を無理やりつなぎとめて、口を開く。
あくまで、丁寧に……慎重に……。
「……調査領域は狭くありませんし、運もあるでしょうけど、少なくとも3日はかかるんじゃないですかね」
「でも、マヤヅルまで竜の足なら半日もかからないじゃない?」
「街道を進めば、休憩込みで4時間ってとこでしょうか」
「いや、3時間でいけるよ」
「はい……」
「だからさ、ちょっとペースを上げてみようよ。ホラ、要するにマヤヅルまでを確認すればいいんでしょう?そうしたら2班に分ければ倍のスピードで確認できるじゃない」
そもそもの作戦目的はどこにいった?
しかも、数で上回る相手に戦力を分散しようとしている。
「……相手はケチな盗賊とはいえ、武装しているんですよ?数的不利な状況下で、隊の分断は得策とは思えませんけど……」
「でも、私達の強みは、離れていても、竜の声で意思疎通ができる事でしょう。だから、ここは強みを見せてもいいんじゃないかな」
会話のキャッチボールができない。「隊の分断」が問題だと言っているのに、「竜の特性を生かせ」という話に置き換わってしまっている。それでも、ドクは丁寧に、感情を出さない様に気を使いながらねばる。この感覚と感情で動く人をこじらせたら作戦どころではなくなってしまうからだ。
「……竜に乗っているとはいえ、不意打ちも考えられます。安全面を犠牲にはできません」
「それはマヤズル周辺に、盗賊の拠点があるって仮定しているからだよね。私は、この周辺には無いと思いますよ。参謀本部だって、現地調査をしているわけじゃあないんでしょう?」
自分の意見が通らないことに苛立ち始めるカツリキ。丁寧な言葉を使っているが、もともと感情の起伏は大きいタイプではある。
ドクは旗色が悪くなるのを感じた。
このまま、№1、2が言い合いに近い話を続けていれば、部隊のモチベーションは続かない。なんだかんだいっても、軍隊にとって一番重要なのは雰囲気だったりするのだ。
「……分かりました。では、2班に分けて調査をしましょう。ですが、互いの距離は離れすぎず、いざとなれば何時でも合流できるようにこころがけましょう」
「いないと思う」という空想だけを拠り所にするには、精一杯の妥協だった。
しかし、カツリキは言い放つ。
「必要ないとおもいますよ……」
ドクは、それ以上なにも言わなかった。
隊員達からの掩護射撃もないまま、ドクは顔を上げた。夏草をかき分けて、何頭かの竜がこちらに向かって走って来るのが見える。
灰色に輝く毛並は、見紛う事はない。
シルバに会える――。
ドクは、そのことだけに集中しようと心がけた。
でないと、精神が分解してしまうからだ……。