微妙なところ
場所は、武者だまり兼ミーティングルーム。
参謀本部から派遣された、いかにもホワイトカラーな男が説明をつつがなく終えたところ。ただし、最後に余計な一言を加えて……。
「我々は、この被害を軽視していない――あなた方は国民の為に、さらなる努力を求められるだろう」
こういう言い方をするから現場と溝が深まるんだと、ドクは思う。だが噛みつくほど若くはない。黙って、作戦が書かれた黒板を眺めていた。
簡単な質疑応答を終えて、ブリーフィングは解散。作戦を与えられた部隊は、竜を呼び出すために外へ出る。わさわさと皆が動き出す中、一人の若者がドクに近寄って来た。どうやら、先ほどの発言に不満があるらしい。
「さっきの言葉って、ようするに『ちゃんとやれ』ってことでしょう?普段、俺等がちゃんとやってないみたいじゃないですか」
ドクの直属の部下にあたるサイゾウ。なかなか切れる男なのだが、人付き合いが下手で、周囲に誤解されやすいのが玉にキズだ。
「まあ、机の上ってのは何でも片付いて見えるから、ああいう事も言いたくなるんだよ」
ドクにしてみれば、これから始まる作戦行動の士気を下げるような事は言いたくない。どうしても窘める側にまわらざるをえないのだ。
しかし、そこは空気を読まないサイゾウ。ドクの微妙な心理など、どこ吹く風である。
「もうちょっと、現場の人間の事を考えてもらえないんですかね。心配なら、実働部隊も送り込めばいいのに」
たしかにそうなのだ。
ドク達の作戦陸竜騎士隊は、威力偵察や、匿名任務をこなす少数精鋭部隊で、1小隊あたり8名構成。盗賊連中を相手にするとはいえ、敵を正面からねじ伏せるには圧倒的に戦力が足りない事実がある。
少なくとも、ある一角度から物事を見て、サイゾウは間違っていない。
しかし……。
「一応、警察の面子もあるからな」
「命がかかっているんですよ?住民も早期解決を望んでいるのに」
「奴等にも奴等の理屈があるんだろうよ」
「そんなことないですよ。きっと、危険手当を支払いたくないだけですって」
否定もできず、ドクは苦笑い。適当にあしらって、廊下に出た。対応としては上手くないだろうが、全てを悟らせるわけにはいかない事情がある……。
――ようするに、俺達は失敗しろって言われているんだよ。
ドクは廊下を進みながら、自嘲気味に笑う。
もともと、参謀本部は一個中隊を送り込もうとしていた。それを阻止したのは、他でもない我らがモリア第一竜騎士長なのだ。
参謀本部に自らの存在感を主張したいモリアは、持ち込まれた作戦を否定するのが常――。どんなに練り固められた作戦も、いちゃもんをつけてひっくり返してしまう。とくに、作戦竜騎士団に対する特命には思うところがあるらしく、修正に次ぐ修正の所為で、目的すら捻じ曲がってしまう事も少なくない。
今回もねじれにねじれたのだ。
モリアの事だから「一個中隊を出動させろなんていわれても、『ハイそうですか』と出せるわけがない」とでも言ったのだろう。「埒が明かない」と判断した参謀本部サイドが、直接下命権限をもつ作戦陸竜騎士団へ、作戦案を持ち込んだというのが真相だ。
→注釈
:インドミナ王国の軍隊は、「参謀本部」を頂点としたピラミッドを形成していて、「竜騎士団」もその一翼をになっている。「竜騎士団」は二つの大隊に編成されていて、モリアは「第一竜騎士団」の長。ドクも、その「第一竜騎士団」に属している。
「参謀本部」は直接、騎士団の小隊に下命する事はできないが、特例として「作戦竜騎士隊」だけには権限が認められている。「作戦竜騎士隊」には、みんなの憧れ「作戦翼竜騎士隊(作翼)」と、泥臭い「作戦陸竜騎士隊(作陸)」がある。
というわけで、モリアは自分の部下でありながら、勝手に動く「作戦竜騎士隊」が大嫌いなのだ。
つまり、さっきのホワイトカラーは「かなり無理な作戦は承知だけど、頑張って生き残ってくれ」と言ったのだ(何をどう間違えると、ああいう言い方になるのか分からないが……)。参謀本部は、ドク達の失敗をもって、部隊を増強しようと考えている。場合によっては、なにかと五月蠅いモリアへの牽制も兼ねているのかもしれない。
――いずれにしろ、とばっちりだな。
ドクの口から長い溜息が出る。
作戦が上手くいけばモリアに嫌味を言われ、失敗したらモリアから罵られるだろう。どう転んでも、ドク達が得するルートはない。下手を打てば、全滅もありうる……。
――それでも、最善を尽くさなくちゃな……。
仕事は仕事。深刻な被害が出ている以上、誰かがやらなくちゃならない。
手持ちの駒は乏しく、クセが強い。結果はロクでもないだろうし、努力は報われないだろう。それでも、ドクはいつもどおり槍を掴む。
「流されているだけだ」と?
きっと、ドクはそれを否定しない。全てを理解した上で、その悪手に乗っている。
――――――――――
以下、作戦文
参謀本部特別命令乙一八八号
宛 第一竜騎士団作戦陸竜騎士隊
一、盗賊の拠点施設捜索
二、現場周辺を哨戒(武力行使は無制限に許可する)
三、捕虜の確保
要旨
「インドミナ貿易会社」の所有する食品倉庫が盗賊に襲われた。確認された盗賊団は50名程度だが、全員が武装しており、治安警察だけでは対応が困難であるため、王命により軍の出動案件となった。
目撃情報等から分析すると、盗賊団はアラビアナ半島南側を拠点とする海賊団である可能性が高い。しかし、物的証拠は乏しく、現時点では推定にすぎない。作戦竜騎士隊は、沿岸部の哨戒にあたりながらマナズル方面へ進行し、「拠点施設の有無」及び「目標の規模」を調査せよ。
なお、目標と遭遇した場合は、武力を制限する必要はない。しかし、最低でも一名の捕虜を確保する事が望ましい。
本件については「インドミナ王国の治安維持に関する関係機関の応援協定」四条に基づく特別応援とする。
以下余白