プライド
竜騎士は(あたりまえだが)、人だけではなれない。
人は竜とともに、竜は人とともに竜騎士になる。
馬と人とのつながりどころではない。竜騎士になるというのは、命と身体を共有するということと等しい。
――だからって何?夫婦だって、財産を共有してるのよ!
リンダは仁王立ち。
対するシルバは、均整の取れた筋肉質の首を、ドクに巻き付ける。構図としては、いちゃつく浮気夫を問い詰める正妻といったところか。
しかし、当のドクに、その意識がない。なんとなく緊迫する空気に、おろおろするばかりだ。
――今日の夕食は干芋だけにしてやろうかな。
リンダが薄目で睨むと、ドクはヘラヘラと笑って見せた。
――水だけにしよう。もう誰が何と言おうと、今晩は水。決めた。
リンダは、まったくもって分かっていない夫を見限り、巨大な泥棒猫を睨め付ける。睨め付けるのだが、どこかで思ってしまう。
――確かに、綺麗……。
認めざるを得ない。
美しい羽毛を持ち、猛禽類を思わせる均整の取れた顔は、生物の頂点を謳うにふさわしい風格がある。竜だからというわけではない。竜の中でも、とりわけ美しく、危険な種なのだ。
:ファルクムアグリコラ(農夫の鎌)
体長は決して大きい種ではないが、柔軟で強力な筋力に裏付けされた攻撃力は、大型竜であっても油断はできない。なにより、名前の由来になった「死神の鎌」には特別な毒が仕込まれていて、物理的破壊だけでなく、内部からも標的を破壊する(毒を使用する場合は、捕食を目的としない――後述)。
――前に、同じ竜を見たけど、こんなに綺麗じゃなかった。
異種族でも、心を奪われる美しさが、確かにある。
――でも、そんな事、知ったことじゃない。大事なのは、私が、彼女に負けたくはないと思っていること。たとえ、戦場を一緒に駆け抜ける事が出来なくても、私は彼の妻。彼の体を作り、精神を支えている存在なの!
――それに、どっかのアホ女ならいざしらず、こんな素敵な女性を前にして、さっさと負けを認めるなんてイヤ。女として負けたくない。美しさで勝てないのであれば、献身的な魂で(さっき夕食を水にすると決意したけど)勝利する!
一方のシルバ。
弱っちいホモサピエンスのメスと一瞥していたが、怯まないリンダに、やがて目つきが変わる。鋭く、それでいて、楽しそうに……。
「シルバ?」
ドクの傍を離れ、彼女はリンダへと近づく。最悪の事態が、脳裏に浮かんだドクが近寄ろうとすると、シルバはドクを振り返った。
それは複雑な表情――悪戯な、それでいて、艶っぽい表情。
ドクはそれだけで動けなくなる。
歩数にして数歩。
それから、少し(いや、かなり)緊張しているリンダに顔を近づけて、額を合わせる。最初は驚いたリンダだったが、そのまま互いに目をつむった。
時間……。
しばらくすると、二人の顔には、はっきりと笑顔が浮かんだ。
一人は、朗らかに。
もう一匹は、艶っぽく。
離れる時、名残惜しそうだったのはリンダ。シルバは、何となく年長者っぽくふるまっている。そして、シルバはドクの傍まで来ると、口先でドクの額を小突いた。
「痛っ!」
それから、ドクの頬に優しく頬擦りすると、小さく嘶いてから山の方へ走り出した。来るときの様な力強い走りではなく、軽やかに、滑るように……。
その姿が見えなくなるまで見送ってから、ドクがリンダに尋ねた。
「ねえ?」
「なに?」
「シルバとどんな事を話したの?」
「竜とはしゃべれません」
「また、そんな意地悪を。明らかに、意志疎通があったでしょ?」
「言いません」
「ちょっと!?」
「いいじゃん。女は秘密主義なのよん」
「キャラが崩壊してるよ」
「いいの。私は今日から最強の女になるのだ」
「ええ?今から?腹筋、20回もできないのに?」
「ふふん♪女の武器は、物理攻撃だけではないのだよ」
「はあ……」
「覚悟するがよい。我が力を見せてくれよう!!」
「俺を攻撃するの!?」
遠くでシルバの嘶きが聞こえた。
もうすぐ、夏も終わる――。