家族会議
それからは何もなかった。
訓練は相変わらずクソみたいで、実戦の気配は遠い。部隊の連中は緩みきっていて、トロリとした空気が空間を支配している。
ただ、ドクだけが緊張していた。得体の知れないイヤな視線を常に感じていたからだ。訓練の最中だけじゃない。着替や、慣れない事務をとっている時もだ。
――これは来るな……。
直感が、そう告げていた。
日常の崩壊が近付いている。
―――――――――――
「ってなわけでリンダ。これからしばらくは実家で暮らしてくれないか。うん、実家を嫌っているのは知っている。でも、安全には変えられないだろう?」
心なしか視線の粘度が増した日から三日後、ドクは意を決して妻へそう告げた。時期尚早かつ自意識過剰だとも思ったが、彼女を失う危険は冒したくない。
「何でそういう結論になるの?だって、尋問を受けただけなんでしょう」
困惑するリンダ。
確かにそうだ。先の戦闘で、尋問を受けたのは30人を超えている。
「まあ、そうだね。だけど、尋問はふるいだ。たぶん俺は網にひっかかった」
「たぶん、なんでしょう?」
「たぶんより、もっと上」
「なんでそう思うの?」
「視線だよ。仕事中、ひっきりなしに、粘度の高い視線を受けている」
「それが、統治復興部隊とは限らないんでしょう」
「いや、間違いない。裏も取れた」
ドクだって、何ものんべんだらりとキャリアを重ねてきたわけじゃない。騎士団内にコネぐらいある。
「どうやら、今、上層部では『タブーに触れたヤツがいる』ってもっぱらの噂らしいんだ」
「タブーって、もしかして………」
「いや、例の刺青がソレだとは限らない。でも、間違いなく疑われている」
「はああ~」
盛大な溜息をつくリンダ。ドクはバツが悪く、謝るタイミングを見計らっている。
「……だから言ったじゃん……とは言わないよ」
リンダは睨み付けるようにドクを見据えた。怒っているというより、決意の色が見える。
「一度、受け入れた事だし、ドクが一生懸命に調べてきたのを知ってるから……。でも、なんで、古い技術を引っ張り出してきただけで、そんなに睨まれなきゃいけないの?そこがわからない」
ドクは頭をかきながら答える。どうも、土壇場になると、妻の方が腹が座っている。
「実は俺にもよく分からん。でも、イマイチ使いどころの難しい技術を掘り起こしただけじゃあ、統治復興部隊がこんなに身を乗り出してくることは無い。おそらく、ほかの所に原因があるんだと思うんだ」
「騎士団内の勢力争いとか?」
「いや、俺はもっと上だと思う」
「というと?」
「政治レベルの話。軍人のやり口としては陰気すぎる。もっと、上からの圧力を感じるんだよ」
失われた技術――。
作られた歴史――。
どこがどうつながるかも分からないが、音に出してみると、縁が深そうではある。
「でも、国家レベルで動かれたら、私がどこにいっても一緒じゃないの?」
「リンダの実家は、国境沿いだろう。部隊を動かしづらい場所だし、最悪の場合は亡命も可能だ」
「老夫婦と私だけで、あの国で一から生活するのは無理よ。ここがリミット。ここより後ろは崖」
「そんなことは――」
「決めたの」
「いう事聞けよ」
「イヤ」
「頑固者」
「意志が固いの」
「そこをなんとか」
「ダメ。これだけはダメ」
「一生のお願い」
「一生の約束を先にしたから、もう変更はききません」
「一生の約束とは?」
「病める時も健やかなるときも――」
結婚式の時、(ほぼ)形式的に発せられる言葉だ……。
「……今、それを言いだすか?」
「ピンチにこそ出す言葉でしょう?上手くいっている時に口に出しても、何の意味も無い言葉じゃない」
挑戦的なリンダの目。
ぐにゃりと曲がったドクの眉。
結論はリンダの一方的な意思により決着した。




