表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/34

王立図書館

 インドミナ王立図書館は、王国設立当時から存在する施設で、古書のラインナップは専門家を唸らせるほどの規模だ。しかし、市民の利用者は少なく、平日の昼間となると、どこか閑散としている。


 ドクはいつもどおり、仕切りのある長テーブルの一角を陣取り、本を幾つも広げていた。ちなみに、本の題名は「古代文明・竜との対話」「アラビアナ半島に偏る竜族の謎」「未検証のまま封印された技術~文明に残された痕跡~」そして、「ウィスキーの古今東西」である……。


「今日も研究ですかな?竜騎士どの」

 静寂の支配する図書館で、司書長のヒロタが声をかけて来た。白く長い髭が印象的な翁である。

 ドクは顔を上げた。

「ああ、ヒロタさん。またお邪魔しています」

「ここは公共の場、遠慮は無用ですぞ」

 図書館での会話は、独特の音量が必要だ。ワザとらしく声を落とすと、余計に耳障りになる。


「確か、竜と人類との関係をお調べになっておりましたな?」

「ええ。ただ、一兵士がこんなものを研究して、何になるんだって話なんですけどね」

 ヒロタ翁は首を振る。

「そんな事はありません。知識というのは、槍にも盾にもなりますれば、兵士にとって何よりも必要なものでしょう」

「だといいですが………」

 ドクは照れくさくて、頬をかく。必要だと思って始めた事だが、まだ答えも、成果も出ていない。

「悲しいかな、努力というものは必ずしも報われるものではありません。ですが、本人がまったく意図しない形で、その成果が出たりするのです。今は、ただ、迷わずに続けられた方がよろしいでしょう」

「そんなものでしょうか」

「ええ、そんなものです。そうですな……どれ、良ければ今まで調べた内容を、このジジイにお話いただけませんかな」

「はい?今からですか?なんの準備もしていませんよ!!」

 急な展開に、思わずドクも腰が引ける。

「準備など。あなたの頭にあるものを、ただ、この年寄に放り投げるだけで結構ですから」

「いやあ、ウチの部下ならいざしらず、よりによってヒロタさんに講釈するなんて……」

「何を仰る。竜を駆る人から、直接、竜について語られる機会など、そうそうある事ではありません。どうか、年寄の道楽に付き合うつもりで、お願いできないですかな」

 ここまで言われて断わるわけにはいかない。ドクとヒロタは連れ立って、テラスへと向かった。



 まだ、凶暴さをむき出しにしていない太陽。青々とした芝生。張り出した大きな木。オアシスの様な日陰に、椅子が並んでいる。

「さてと……」

 ヒロタ翁は、ゆったりと動作で、腰を下ろした。

「この季節の、この時間は、この中庭が最高でしてな。何より、他の職員に見られないのがいい」

 思わず、苦笑するドク。

 持ち出し禁止の書籍が並んでいるのは、ヒロタの特権というより愛嬌によるところが大きい。

「本当にやるんですか?私の意見なんて、誰かの意見を組み合わせた、ただのツギハギですよ」

「ツギハギでない理論などありません。さあ、どうぞどうぞ」

 柔らかい物腰ながら、なかなかに強引である。


 ドクは溜息を一つつき、ノートを広げた……。


「私が疑問を持ったキッカケというのが、竜の飼育方法についてでした。竜は、高い次元で人間と意思疎通ができる生物ですが、調教というものを一切しません。群れの中から、比較的おとなしい満3歳になる個体を、人間が()()()()、広大な敷地で自由に暮らしてもらう。5歳になる頃、生涯のパートナーとなる人間との面会。竜側が許容すれば、晴れて一人と一匹は竜騎士になる……」

「ふむふむふむ」

「だから、馬と違い、竜には調教師がいません。訓練せずとも、彼等は全てを理解し、戦闘に参加する。その乗り手の機微を察する力は、恐怖すら覚えるほどです。まるで、心の中を覗かれているような……」

「それを人々は『竜の知恵』と呼んできたのですな」

 ドクは頷いた。

「竜と接していると、よく分かります。彼等の知能は、人間のそれと比較しても、決して引けをとらない。それどころか、超然と人間の世界を俯瞰しているのではないかと、思う時があります。アホな話かもしれませんが、竜と人との関係が、今、私達が思っているものとは違うかもしれないのです」

 ヒロタの目が輝く。目が先を促している。

 聞き手として、最高の存在であると、ドクは感じた。今まで、腹の中から上手くでてこなかった言葉が、流れるように出てくる。

「人間は、本当に竜の生息域を奪ったのでしょうか?我らが祖たるオオクニ王は、本当に竜を征服し、その協力を取り付けたのでしょうか?当時に比べて、より鋭くなった人間の武器でも、竜を傷付ける事は難しい。それなのに人は、生存競争で勝ったと?」

 

 「オオクニ王の勲」は、この国に生きるものなら、一度は耳にしたことがある――。


「子守歌がわりに聞かされてきた『オオクニ王の勲』ですが、どうも(というより、やっぱり)、歴史的真実とは違うようです。かといって、反証できる証拠もない。調べると、私と同じように疑問をもった人が多々いたようですが、どの学説も、私の知っている竜の実態とは違う気がするんです……」

 ドクはその根拠を、文献から、はたまた、ノートから引用し、伝えた。

 ヒロタ翁は、それを黙って――しかし、興味深げに聞いた。「良い教師は、良く聞く教師である」というのは、この国の言葉だ。

 蓄積した情報を全て吐き出した時、ドクの頭の中は、クリアに整理されていた。


「よく研究されておりますな、竜騎士殿。あなたは自身の理論をツギハギと申されたが、なんのなんの、それだけ独自の考察をしておれば、もう立派な学説です。いやいや、お見それした」

「……自分でもびっくりです。ヒロタさんにお話しすることで、頭の中にかかっていた霧が晴れたようです」

「それは良かった。また、研究が進んだら、お話くだされ。この翁、時間だけは腐らすほど余っておりますので」

 ウィンクをするヒロタ。


 ドクは、ヒロタ翁は世界で一番ウィンクの似合う老人だと思った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ