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もやもやの理由

「竜が筋力に制限されないでエネルギーを引き出せるって話は理解してもらえたよね?」 

「まったく理解できませんけど、まあ、言いたい事は分かりました。でも、それと刺青にどんな関係があるかは聞いていません~」

「もちろん、それはこれから――」

「丁寧にだよ」

「それはもう!微に入り細を穿つようにですね……」

「……バカにしてる?」

「してないよ!?断じてしてません!!」


 ジロリと刺さる視線を意図的に外しながら、ドクはバックから一枚のスケッチを取り出した。例の幾何学模様である。


「実は、竜が他の生物とは違う運動エネルギーの法則を持っていることは、俺の発見でもなんでもないんだ。かつて、この土地で竜を駆っていた連中がその事を知っていて、俺はそれを発掘しただけ」

「竜騎士団が生まれる前ってこと?」

「そう。もっと言うと、この国が生まれる前。『オオクニ王の勲』にも少し出てくるでしょう?かつて、竜を縛っていた土人として扱われている――」

「竜人……だっけ?」

「そう。『王の勲』では竜を縛り付ける悪者として出てくるけど、彼等の竜に対する知識は今の竜騎士団よりもずっと進んでいた。ちょっと、眉唾な話も出てくるけど、竜との共生については現在よりも高い次元にあったことは間違いない。そんでもって、それ(スケッチを指さして)も彼等の技術だったりする」


 リンダはスケッチを持ち上げてみる。

 円や、三角形が左右対称に並んでいて、どうみてもただの模様だ。ちょっとオシャレだったりするから、よけいに胡散臭い。


「……この模様を入れると、竜と同じになるってこと?いつでも、トレーニングなしにスーパーパワーを使い放題?」

 

 露骨に嫌な顔をするリンダ。

 「信じられない気持ち」が半分と、「そんな(怪しい)力を手に入れて大丈夫なのか心配」が半分、といったところか。


「いやいやいや。竜と同じ体になんてなれないよ。この刺青を入れる事で出来るようになるのは、竜の力の一部を自分に流すようにするだけ。それも、騎乗じゃないと発揮できない制限付き。もちろん、出力は竜のと比べると大分落ちるだろうね」

「それって、一生残る傷痕を体にい刻んでまで手に入れなきゃいけないものなの?」

「いや、ぜんぜん」

「なに!?」

「あ、ゴメン、ちょっと待った、言い方が悪かった。正確に言うと、よく分からない」

「私もあなたがどうしたいのか全然分からない。あと、ぜんぜん丁寧に説明してくれてない」

「いや、必要性っていわれると、未知数の事が多くて分からないんだって。古い文献には、槍で岩を砕いたなんて表現が出てくるけど、そんなの信じられないでしょう?」

「まあ、そうね……」

「騎乗する人間も力を引き出せるようになったとはいえ、竜が余剰分を回してくれなければダメだし、実用性はぜんぜん未知数」

「それでもやるの?」

「やりたい。もちろん、竜騎士としてレベルアップできるって下心もあるけど、それ以上に、この技術が立証されれば竜人達の存在についての認識が変わるかもしれないって期待もある。いや、むしろ、今はそっちの方が大きいかもしれない」


 これがドクの本音なのかもしれない(本人もよく分かっていない)。

 竜の人間との関係は、歴史の霧にすっぽりと覆われている。謎は魅力的に見えがちだ。


「ドクが一生懸命に調べてきたのは知ってるけど……。っていうか、ソレって正確に彫れる人がいなきゃだめなんじゃない?」

「それも大丈夫なんだ」


 ドクは一枚のチラシをテーブルに置く。

 それは、有名な刺青店のものだった。


「ほら、これを見て。この模様、このスケッチの図柄と似ているでしょう?」

「うん、似てる……」

「実は、竜騎士が刺青を入れる文化って、竜人から受け継いだものらしいんだ。だから、伝統的な彫師には、この紋様――『竜格子』っていうんだけどね――を彫る技術が継承されている。現在、竜格子がただの模様に成り下がっているのは、その紋様を読み取れる人間がいないから。竜の種類や、竜騎士の血管の位置によって紋様を変えなくちゃいけないんだけど、それを無視すれば力は取り出せない。でも、それをキチンと通訳してあげられる人がいたら――」

「つまり……」

「そういうこと。図書館からの帰り道、ウチの隊の連中が贔屓にしている彫師のところに寄って話をしたら、主旨を分かってくれて、なんとかできそうな目途が立った。彼は人の背中を見て、図柄を決める人だから目は肥えているしね!」


 何とも言えないリンダの表情。

 それもそうだ。

 何とも言えないんだから。


「墨は特別な調合が必要だから新しいものを使うし、針とかの道具もこちらで準備するから感染症のリスクは最小限だと思う。後はリンダの同意さえもらえれば!」


 気が付けば、ドクはもう頼んでいなかった。

 リンダもそれを受け入れた。

 

 そもそも、反対する気持ちもがあったかどうかも分からない。

 感染症のリスクは怖かったけど、それも大丈夫そう……。

 

「うん……分かった。研究した成果がよく出るといいね……」


 リンダはモヤモヤした気持ちを抱えつつ、うなずいた。


 ……結局、焼菓子は食べなかった。





 そして夜――。


 月明かりが差し込む寝室。

 リンダはなぜか眠れずに、夫の寝息を聞いている。

 

 ――なんだろう。


 ――なんで、もやもやするのかな……。



 するりと立ち上がると、床が思ったよりもひんやりしていて、びっくりする。



 ――いい顔で寝ている……。


 ドクを見下ろすリンダ。

 いつもどおりの夫。でも、ちょっとそれが悲しい?


 ――わけがわかんない。


 持て余した心は、どうも、着陸地点を見失っている。

 リンダは、何も考えずに、スルリと布団へ戻った。

 というより、入った。

 ドクの布団に。


「ん、ん~、リンダ?」

「……」

「どうした?寒いの?」

「……寒くない……」

「……暑い?」

「……暑くない……」

「……じゃあ……悲しい?……」

「……悲しいのかな……」


 すり寄るリンダ。

 もう、何が何だか分からない。ただ、今はちょっとでも離れると、不安感がすごい。


「……分かる気がする……」


 ドクが言う。


 失礼な話だが「本当か――?」とリンダは疑う。


「いや、今日みたいな話をされると、パートナーは困るよな。うん……」

「どう困るの?」

「うん?ああ、だって、俺が刺青を入れたいなんて言うタイプじゃないじゃん」

「……まあ……うん……」

「それがいきなり刺青を入れたいって言ったら、『この人の事を見誤っていたのかな』って思うじゃん」

「あ……そうか……な?」

「そこまで思わなくても、不安になるよな。俺だって、リンダが『夜の仕事を始めます』って言い始めたらびっくりして、不安になるよ。たとえ正当な理由があってもね」

「……ずっと……頑張ってきたことも知ってるのに?」

「人は脳味噌で動いているわけじゃないよ。感情や、行動が考えを引っ張っていったりする。『いつもと違う』って、それだけで人は不安になれる」


 コツンとおでこをドクにあずけるリンダ。

 顔は互いに見えないまま、体温だけが言葉に乗る。

 

「……わたしって、嫌な女だよね……」

「逆だよ。感情と、倫理がぶつかるから、もやもやしたんでしょう?理解しようとしてくれた証拠じゃんか」


 ドクはぐるりとリンダの背中に手を回した。


「ありがとう。あと、すまんね――」

 

 ドクの声が耳元で聞こえる。

 しかし、リンダは泣かない。泣けない。

 

 こういうとき、泣ければ可愛いと思うのだけれども、どうしても泣けないらしい。

 そのかわり、ガバっっと起き上がって、ドクに馬乗りになった。何かをぶつけたくなったらしい。


「今からするから」

「はい?」

「いいから、脱いで」

「ちょっとまて、今日は――っておい、ヤメ、やめって!」

「うるさい。覚悟しろ」

「ぎゃ~!!!!」


 眠っていたところたたき起こされて、慰めたら、襲われる。


 文章だけ見たら可哀想に感じれない事もないが……まあ、楽しそうでもあるし、よしとしよう。





 そして、数日後――刺青はドクの背中に収まった。

 意外と似合っているとリンダは思ったが、言わなかった。



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