説明しよう
ドクの自宅。
お土産(賄賂?)の焼き菓子だが、リンダは手を付けていない。
夫婦の話し合い(バトル)の幕は上がったばかりだ……。
「だからさ、入れようとしている刺青は、こう、よく竜騎士の連中がやってる下品なヤツじゃないんだって。背中と踵にちょっと、特別な文様を入れるだけなんだよ。服を着なければバレない箇所だし、ガラも悪くならない」
先行はドク。
なぜかアウェーの扱いだが、相手が妻ならしょうがない。
そして、すぐに始まるリンダのターン。不機嫌という圧力が、言葉に力を与えている。
「いやね、ドクの体の事だし、ずっと研究してきた成果でもあるんだから、いいんだよ。いいんだけど、入れる意味がイマイチよく分からないの。エネルギーを取り出すってどういうことなの?」
《注釈》
女性が発する言葉には、重要な欠落があったりする。この場合においても「いいんだよ」という言葉の影には「私の気持ちを無視して、それでもやりたいのなら」という、悪質な脅迫を含んでいる。
「ちょっと、面倒くさい話になるかもしれないけど、いい?」
「……ちゃんと説明してくれるなら……」
まるで、普段はちゃんと説明をしていないかのような言い回し。ドクは「心外だ」と言いたいところをぐっとこらえた。
「え~と、俺が竜の力の根源について調べていたのは知ってるよね」
「……竜騎士の歴史についてじゃなかったっけ?」
「……それは副次的なもの。本筋は、竜の力の根源を調べてたんだ」
「そこからかよ!!」なんて、イライラしてはいけない。
丁寧に、慎重にいかなければ、わずかな幅しかない可能性という橋は、容易に崩れてしまうだろう。ドクは、根気よく言葉をつなぐ。
「竜は小型種であっても、他の動物とは比べ物にならないぐらい大きな力を出すことがある。もちろん、このことは有名な話だから、研究者たちも理論を展開させていて、今のところは『竜の脳内にアドレナリン以上の強力なホルモンを発する器官がある』という説が有力視されている。でもさ、あの力を目の当たりにしちゃうと、どうも、おかしい。理屈は通っているが、現実的じゃあないんだ。だって、すごい力なんだぞ?あれが、単にホルモンの働きによるものだとは、ちょっと納得できないんだよ」
「調べ始めたきっかけは(何度も)聞いたから知っているわ。個人の技量を上げるよりも、騎士団全体のレベルアップを図れば、生存確率はもっと上がるってヤツでしょう?」
「そのとおり(建前ですが……)。竜の力の根源を理解すれば、その力を皆が利用できる。皆が利用できれば、竜騎士の力はもっと上がって、もしかしたら他国への抑止力になるかもしれない」
「うん。その考えは立派だと思うけど、力を利用するって、イマイチわからないの。要するに不思議パワーを竜が持っていて、それを竜騎士が使えるようにするってことなんだよね?」
「ま、まあ、大まかにはそんな感じ。でも、竜が使っているのは不思議パワーでもなんでもなくて、我々も生きていくのに使っているモノ。ただ、竜の一部の種は、それに直接アクセスできるってこと」
「きんにく?」
「筋肉だけだったら、色んな人がこんなに悩まないよ。竜が直接アクセスできるのは、実は『エネルギー』そのもの。身体を構成する形而下的なものは、全て代弁者にすぎない」
言ってみて、ドク自身も不安になるほど眉唾な話。まあ、そもそも、すぐに理解してもらえるとは思っていない。
「何のことか、さっぱりですが?」
「うん。俺も最初、仮説を立てた時は自分でもさっぱりだった。でも、間違い無いんだよ。彼等は身体に蓄えているエネルギーを、筋力の上限なしで表現できる。彼等によって、体の大きさなんてものはシャレ程度のものなのかもしれない」
「好きなだけ力が出せるってこと?そんなことが――」
「気持ちは分かるけど本当。シルバに協力してもらって、何度も実験したんだ。研究者達は竜を使った実験はできなかったけど、竜騎士ならいくらでもできる。役得やね」
ドクが冗談を言っているわけじゃない事は、リンダにもすぐに分かった。軽く言ってはいるが、苦労してきた事は誰よりも知っている。
「シルバの感覚だと、身体の中に力を貯めておくタンクみたいなモノがあって、そこから必要な時に取り出す感じらしい(もちろん、言葉をかわしたけじゃないけど)。そうすると、体が軽くなるような感覚になって、普段よりも力強く動けるんだって。まあ、シルバ本人もよく分かってなかったんだけどね」
「そうなんだ……でも、そんなもんだよね。自分の体でも、分からないことがいっぱいあるし」
「そう。本人が感覚的に行っていることを、第三者でも分かるように説明するって、すげえ難しいんだよ。でも、それを一個づつ解明していくと、感覚が論理的になって、より洗練されていく。実際に、シルバも俺の実験に付き合うようになって、明らかに体の使い方が上手になってきたんだ」
「そんなことがあるんだ……」
「種全体が敬遠してきた毒も、システムが解明できたから毛嫌いすることもなくなったしね。生物としてはどうかと思うけど、騎士としてはレベルアップだよ」
「自分の毒を嫌う?」
「『自身の体から出てくる、よく分からない、危険なモノ』ってイメージだったみたいだね。よく分からないから嫌うのは人間も一緒だよ――ああ、でも、敬遠していた理由はそれだけじゃなくて、単純に命を奪うためだけの能力というのもあったらしい。毒で倒した相手は、本人でも食べられないからね」
「自分でも食べられない毒を使ってるの?」
「そうだよ。彼等の毒の正体は、自身の血液に近いものなんだけど、そこに例のエネルギー操作能力が加わる。ただし、作用は全くの逆で――」
「相手のエネルギーを奪う……嘘でしょう……」
「嘘じゃないよん。彼等の毒はそもそも臓器を壊すものじゃないから、どんな生物でも均等に働いちゃう。毒の効果は長くないけど、エネルギーを分解してる最中に食べたら、自分も凍死だ」
「凍死!?」
「そうだよ。エネルギーが枯渇し、体温が低下、多臓器不全を起こして死に至る――いわゆる凍死です」
「そ、そうなんだ……」
「竜は人間より強いし、知恵も回る。他の動物とは違い、竜側の協力なくしては研究は進んでいかないのが現状なんだ。研究者たちは、出窓から一生懸命に彼等の世界を想像するしかない。おそらく、たぶん、竜騎士という立場で、竜を研究できる俺は、本当に幸運なんだと思う」
ドクのくったくのない笑顔。
つられて、リンダも笑顔になってしまう。
「本当に、この話をしているドクは幸せそう」
「うん。研究を続けている途中、こんな事して意味あんのかなぁ?なんて思ってたけど、今は本当に楽しいし、嬉しい。シルバにも近付けた気がする」
「そっか~。私も、ドクが嬉しそうにしてるのが、楽しい」
本音である。
しかし、女の本音は二つある。
「でも、刺青を入れる理由は、まだ話してないよね?」
甘くはない。
笑顔のまま、リンダは話の続きを促した。




