シルバと……
結果、ドク達の戦闘が全体の戦況にどんな影響を及ぼしたのか、よく分からない。しかし、盗賊達が撤退したことにより竜騎士団が(辛くも)勝利した事だけは全ての人間に認知された。
そんな状態だから、作戦竜騎士隊に「勲章」が与えられるなんてことはありえない。その栄誉にあずかったのは、第一部隊を率いて障害物の除去にあたっていた突竜騎士隊長だった。敵に襲われながらも、任務をまっとうしようとした姿勢が評価されたらしい。
こんなもんである……。
作戦竜騎士隊は凱旋パレードにも参加せず、森を通る最短ルートで竜騎士団本部に着いた。本隊はこれから街を練り歩いて功績を住民に印象付けなければならないが、隠密部隊にその義理はない……。
夕方、本部に着くなり、各々が竜の手入れを始める。礼節を重んじる部隊は解散式なんぞを行うが、作陸にその悪習はない。ドクも、シルバを連れて厩舎に向かった。
竜用の厩舎は軍事施設の例に違わず武骨な外観をしているが、四面は解放され、閉塞感はない。生物を収容する施設とは思えないほど清潔に保たれており、地面はウッドチップが敷き詰められている。大型の竜も収容できるように設計されているため、通路や屋根は信じられないサイズ感だ。灯された蝋燭の炎が、優しい。
「お世話になります」
入口にいる厩舎管理の職員に声をかけると、「おつかれさん」という労いの言葉とともにブラシなどの手入道具を渡してもらえる。
「おう、ドクか。大変だったみたいだな」
「カミヤさんはあいかわらず、耳が早い」
厩舎は、引退した竜騎士の再就職先だったりするのだ。
「さっき、作戦翼竜騎士隊が伝令から帰ってきて教えてくれたんだよ。まあ、竜騎士やってりゃあ、こんな戦いもあるさ、しっかり竜の手入れをしてやれよ」
「分かりました。あ、お湯を少し貰いたいんですが――」
「はいよ。これで足りるかい?」
「ええ、十分です。ありがとうございます」
ドクは、中型竜用のピットへシルバを誘導した。
基本的に竜は放し飼い(飼っていると定義すればの話だが……)なので、厩舎は竜の手入用の施設だ。今はまだ本隊が帰署していないので、内部は閑散としている。ちょっと、大きめのモノを使ってもバチは当たるまい。
「さあ、始めよう」
するりと装具を外すドク。出来るだけ窮屈ではない鞍などを選んでいるが、流石に外すと気持ちがいいらしい。シルバが、ブルブルと身体を揺すりながら伸びをする。
「けっこう汚れてるな」
羽毛を見ると、血や泥で汚れている。放っておくと皮膚病になることもあるので、毛並はキレイにしておきたいところだ。
「ちょっと熱いぞ~」
大きめのブラシをお湯に浸しながら、羽毛の目立った汚れを落としていく。個体によっては水を嫌う竜もいるが、シルバは嫌がらない。綺麗好きなのだ。
身体に残った滴をぬぐってあげたら、次はブラッシング。ファルクムアグリコラは首の裏に手が届かないので、ここを入念にとかしてあげると、とても喜ぶ。
「こら、あんまり動くな。ブラシがやりにくい」
シルバは体をドクに預けながらも、首をひねって甘えてくる。コツコツ突いてくるのが、地味に痛い。しかし、今回の戦闘において功労者は間違いなくシルバだ。ここは好きにさせておく。
「ほれ、右手を上げてくれ」
比較的上半身に羽毛が密集しているので、脇は入念にブラッシングをしておく必要がある。太い血管も走っているので、血流も良くなり一石二鳥。大きな風切羽根の間は、手で直接ゴミを掻き出す。
ちなみに、汗の溜まりやすい箇所は濡れタオルで拭うのだが、シルバは尻尾の下に入られるのを極端に嫌がる(といっても、暴れるというわけではないが……)。
妙な話だが、なんとなく、恥ずかしがっているのだと思われるので、ドクはいつも何気ない雰囲気でソコを拭う。
なんか、ちょっと、変な空気が流れる……。
気を取り直して、爪の手入れである。
ファルクムアグリコラの足爪は、スパイクであり、ナイフであり、剣である。特に、例の毒を使用した後は爪が痛みやすいため、お湯で汚れを落としてから、はちみつ製のクリームを塗布するのだが、これが結構緊張する。「農夫(死神)の鎌」とはよく言ったもので、人差し指から延びるその爪の禍々しさは、熟練した竜騎士でも迂闊には触れないものだからだ。
ドクも細心の注意を払って、足元へかがむ。教本などでは、絶対にかがんではいけないと書いてあるが、そもそも、毒を使用した後の手入れなど教本は想定していないから、ここでは無視させてもらう。
竜の足の指は4本だ。
1本は退化して小さく、三本で力強く地面を蹴り込む。その3本の内、最も内側にある指に「農夫の鎌」が付いている。爪はアクリル質というより炭素繊維のようで、鈍い光を放っている。
ドクはお湯をたっぷりと染み込ませたタオルで、丁寧に「鎌」を拭う。触ると、不自然に冷たいのは毒を使用した証拠。タオルに残る黒い汚れは、効力を無くした毒の痕跡である。
次はクリームの塗布。
指先でたっぷりとクリームを取って、擦り込むように塗っていく。目ではよく分からい毒の通り道も、指先でなぞると、小さな溝を感じる事ができる。その溝に「溜まり」が出来ないように薄く延ばすのがコツ。
危険だが、どこかエロチックな行為で、おそらくリンダが見たら嫉妬するかもしれない。
ドクはできるだけスムーズに作業を終了した。
さて――である。
これから、第一作戦陸竜騎士団は休暇となる。よっぽどの事態が発生しない限り、招集はかからないだろう。
それに気が付いているのか、シルバは鼻づらをドクに擦りつけてくる。ドクはそれを抱え込む様に受け止め、優しくなでる。作業の終わった同僚達が次々と厩舎を引き上げていく中、ドクとシルバは、しばらく互いの体温を感じ合っていた……。




