第二波
盗賊達の狙いは、もう完全に露見していた。
しかし、それを防ぐ術は、どこにもない。
ただただ、騎士と竜が、ずるずると削られていく。
作戦というほど、大した計画じゃない。第一部隊と第二部隊をがッチンコさせて、動けなくなった第一部隊を襲うというシンプルなもの。しかし、効果は絶大―― 第一部隊は障害物の除去をしながら交戦せざるを得ないから、襲撃側はやりたい放題になる。
そもそも、盗賊団の狙いは、機動力のある第一部隊だった。
登山道も整備されていない山では、馬でも小柄で力強い種でなければ戦闘はできない。大型の竜では、そもそも、移動すらままならないのだ。
それでも、参謀本部が重竜騎士隊を投下させたのは、効率的な運用さえすれば、十分に効果が見込まれると見越したからだ。事実、作戦どおりに進めば、こんな惨事を見ることはなかっただろう。
モリアの「第一部隊は、少しづつ第二部隊の間に入れ!!」という命令が飛んだ。防御力の高い第二部隊に、第一部隊を混ぜ込んでしまおうという考えらしい。
しかし、当の第一部隊からしてみれば「無茶を言うな」と叫びたくなる。戦闘に置いて、一番難しいのは撤退戦なのだ。「障害物を除去」しながら、「交戦」しつつ「下がれ」など、どんなに優秀な戦士でもできっこない……。
一方の盗賊達は、今度こそ、その凶暴性を発揮している。
礼式や、主義から解放された武力は、純粋な暴力以外の何ものでもない。振るわれる武器は、武術の倫理を超えて襲ってくる。
「誰一人、生かして返すな!!」
リーダーの声が響いたが、言われるまでもない。
絶対的な戦力で劣る盗賊達は、ここで正規軍をいかに削るかで、今後の身の振り方が変わるのだ。文字通り、生き残りをかけた戦いであり、要するに、タブーへの「躊躇」というものがない。
森の中から放たれる毒矢が、次々と竜の背に突き刺さる。街道で足止めを食らっている討伐隊に、それを避ける場所はない。
とうとう、中型種の竜が倒れた。口から泡を吹き、手足が痙攣している。
「殲滅しろ!!」
次々と流れ込んでくる盗賊達。
各隊長は、対処療法しか指示出来ない。モリア団長も、それは十分に理解していた。
援軍はない。
後退もできない。
街道には身を隠す場所もない。
最悪のシナリオが、モリアの脳裏に浮かぶ。
ここで、討伐隊が全滅してしまえば、インドミナの防衛力は極端に低下していまう。虎視眈々と竜の生息地を狙う各国が、そのチャンスを見逃すわけはない。そうなれば、モリアの名は、歴史に刻まれることになるだろう……。
「笛を吹け!!」
モリアは、誰に言うでもなく、声を発した。数人が反応したが、次の指令を待つだけ。ここで「どのような指示の笛を吹きますか?」と聞いたら、雷が落ちることを、この状況でも恐れているのだ。
「緊急信号だ!!早くしろ!!!」
部下たちは何も考えず、了解した。
周囲に部隊がいない状況下で、緊急信号を発しても、何の意味がある?しかし、反対意見はない。数人が目いっぱいの音量で、緊急信号を発した。
長く響く、耳障りな音が、山にこだまして周囲に広がる。モリアにしてみれば、「苦肉の策」というよりは、「イタチの最後っ屁」に近い。
――誰か――何か――に引っかかるかもしれない。
めちゃくちゃ他力本願だが、それだけ追い込まれているということ。
しかし、戦場では、何ら意味を持たない行動が、潮目を変える事があったりする。モリアは意図せずそれをやってのけた。騎士達が、近くに増援部隊がいると勘違いしたのだ。
罠にはまり落ちていく部隊と、僅かな希望にすがりあがく部隊とでは、まったくもって全然違う。盗賊の一名が討たれたのを皮切りに、戦況が転がり始めた。
そこへ、さらなるモリアの指示が飛ぶ。
「竜を捨てて、各々が目の前の敵を討て」
盲点だった。
竜騎士は、竜に乗ってこそ竜騎士。竜から離れてしまえば、ただの兵士。その意識というか、プライドというか、そういった概念が脳に埋め込まれてしまっているから、ずっと騎乗で応戦していた。
しかし、それを取り払えば、竜は勝手に動き回る。大型竜が街道しか通れないのは、人にコントロールされている行軍の状態だからだ。
乱戦になった。
竜はくびきから解放されて、崖や木々の隙間を、走り回っている。大型種の背を利用して、街道から脱出を図った中型種も、1頭だけじゃない。
騎士達は、突如暴れ出した竜の隙間を抜けて、次々と盗賊に襲い掛かる。乱戦は盗賊達の領域だが、盛り返した強みからか、旗色は悪くない。
「このまま、一気に制圧しろ!!」
モリアが激を飛ばす。
いやいや、そうは言っても、竜騎士唯一のストロングポイントを捨てたのだ。そうそう、戦況が好転するわけもない。好意的に見ても、ようやく拮抗しはじめたといったところか。
要するに、何かのきっかけで、どちらにでも転がり落ちうる状況ということ。指揮者たちの判断ミスは許されない。
そのころ、ドク達作戦竜騎士隊は、オオムロ山の稜線をゆるゆると下っていた。討伐隊本隊が直面している状況を考えれば、「呑気に」と形容してもいい。
いちおう、部隊のルートは参謀本部の作戦通りだが、前回の失敗もあるから、ビビッて積極的な索敵は行っていない。作戦竜騎士隊長カツリキの理想としては、敵と遭遇することなく威力偵察を終了し、本隊が決戦を行う(予定)ヌク川へ到着したいのだ。
さぼってこそいないが、捜す事を放棄した偵察に意味があるかと問われれば……ない。
だから、ドクはイライラしている。
先ほどからカツリキに進言する案が、ことごとく潰されているから、というのもある。もちろん、ドクにもカツリキの思いは透けていた。これ以上の減点が、カツリキの未来を閉ざすことも想像できる。
しかし、ここでの事実上の作戦放棄は、部隊に致命傷を与えかねない。参謀本部は功を焦っているあまり、少し大胆な作戦を提案してきている。敵の動きを読み違えれば、崩壊する危険性もあった。
――敵はすでに動いているかもしれない。
その意識が、ドクにはある。
ここまで敵と接触できていないということは、当初の予想よりも、盗賊団の初動が早かった可能性がある。先ほど、その危険性を本隊へ報告する事を提案したが、「いや、いいよ」という、理由の予測もつかない返事が返ってきた……。
談笑まで聞こえる部隊の中で、ドクだけが焦っている。「もしかしたら……」という感覚が、モリアの罵声と共によみがえってくる。
本隊からの緊急信号が聞こえてきたのは、ちょうど、そんなタイミングだった。
ドクは「しまった!!」と思い、カツリキは「何があった!?」と想像を巡らせた。この差が、小隊内のギクシャクを生む原因だという事を、二人は知らない。




