第一波
討伐隊は二隊編成だ。
第一部隊は、機動性重視の「おとり」担当。主力は、後方に控える重量級の第二部隊だ。大部隊というわけではないが、それなりの規模になっているので、狭い街道は「みっちり」感が滲む。
参謀本部の作戦では、第一部隊が先行して、マヤヅル手前のヌク川河口(部隊の展開が可能な程度の空地がある)を目指すことになっている。もし、盗賊団が先行する第一部隊におびき出されて戦闘になったら、第二部隊が後方から殲滅させる。おびき出されなくても、ヌク川河口を押さえておけば、その後の作戦は組立やすい。
ようするに、第二部隊を有効に戦場に投下させられるかどうかが、この作戦の鍵になる。身動きの取れない街道の途中で襲撃に遭うことだけは確実に避けなくてはならない。
しかし、なかなか机上どおりにいかないのが戦場である………。
第二部隊の中央付近で指揮をとっていたモリアだったが、先ほどから第一部隊との距離が近すぎることが気になっていた。
マヤヅルへ続くこの街道は、狭く、整備が行き届いていないことで有名である。路面に障害が多ければ、身体の大きい竜を引き連れている第二部隊の方が遅れていくのは必然。後詰の部隊としては、肝心な時に間に合わないという事態だけは避けたいという意識があるから、第二部隊の各隊長は意図的に行軍速度を上げていた。
一方の第一部隊は、「おとり部隊」も兼ねているため、行軍速度を意図的に下げていたのだ。思ったよりも路面が整備されているのも、その意識を強くさせた。
もちろん、偶然ではない……。
「おい、第一部隊との距離が近くないか?」
モリアが腹心であるミカミに尋ねたのは、ヌク川の河口まで半分ほどの地点に達した時だった。定期報告を受けた際に地図を確認したのだ。
「そういえば……近いかもしれませんね」
ミカミも首をひねる。
当初の予定なら、第一部隊はとっくにヌク川を見下ろせる高台まで移動しているはずだった。
「もうちょっと、第一部隊を急がせろよ。これじゃあ、攻められた時に袋のネズミになるぞ」
「分かりました。すぐに指示します」
「まったく、何にも考えないで動くから、こんなことになるんだ!」
モリアは苛立たしさを隠しもせず、声を荒げた。
ピリピリとした空気が部隊全体を覆う。こうなると、部下の注意は「敵」ではなく、「自隊の指揮者」へと向かう。
つまり、盗賊達の望む状況が整いつつある………。
【注釈】
第一部隊を構成している竜は、ドク達の乗るファルクムアグリコラよりも一回り大きい中型種(体長10~12メートル)で、植物食を主とした雑食性が多い。一般的に、竜と盟約を交わしている騎士と、サポートにあたる弓兵が二名で騎乗する。
第二部隊を構成している竜は、大型種で、すべて四足歩行(騎士+サポート弓兵3が基本)。全身を鎧の様な甲羅で防護している竜や、サイのような角を生やしている竜もいる。特筆するのはサイズよりも重量で、中型種の倍近くある種もいる。
ちなみに、モリアの愛竜は、アルチムビスという動く城を彷彿とさせる巨竜だ。
―――――――――
そのころ、盗賊達の一団は、街道へと向かう傾斜を突き進んでいた。
10人程度の小部隊で、全員が小さな炸裂筒を持っている。馬には乗っていないが、滑るように斜面を進んでいく。誰も無駄口をきかないのは、各々の作戦理解度が高いからだ。
やがて、先頭を走る男の手が、真っ直ぐに挙がった。万国共通の「停まれ」合図である。
盗賊達がいるのは、街道を見下ろす崖の上――登る事はできないが、駆け降りる事は(辛うじて)できる地点だ。眼下には、討伐隊の無防備な姿が見える。
まだ、気付かれてはいない。
男達はアイコンタクトだけで散開し、互いの距離が十分に取れたところで持っていた炸裂筒に火をつけ、一気に崖を駆け降りた。
パアアアアン!!
激しい炸裂音。
盗賊達が飛び込んだのは、第二部隊の先頭付近。音に驚いた巨竜が後ろ立ちになる。
「今だ!!攻め込め!!!」
「竜の足をぶった切れ!!」
「俺達の恐ろしさを思い知らせてやる!」
煙と、光によって、視界が制限される中、盗賊達の声が響く。
しかし、そこは現役の戦闘集団――騎士達はすみやかに迎撃態勢をとった。
パアアアアアン!
繰り返し響く炸裂音。
「いくぞ!!」
「そこだ!」
「よし、いいぞ!!」
盗賊達の声が激しくなる。しかし、実際には戦闘は行われていない。ただ、声がむなしく響いているだけだ。騎士達も、具体的なアクションが無いから動けないでいる。
後方のモリアへ、伝令係がすっ飛んで行った。
しかし、分かっている情報が少ないから、こういった報告にならざるをえない。
「先頭集団に盗賊が接触してきました。数は不明ですが、待ち伏せのようです!!」
モリアにしてみれば、危惧していた事が起きたという感覚だろう。
反射的に立ち上がると同時に、感情が溢れた――。
「だから距離をとれと言ったんだ!!!」
トップの怒声に、部下の緊張が一気に高まる。
「数はどうなんだ!?」
「ですから、現時点では……」
「多い、少ないぐらいは分かるだろうが!!」
「私は見ていないので……」
しょうがない。
しょうがないのだが、決断をする立場の人間からすれば、これでは困る。もちろん、待って情報を集めてもいいのだが、モリアは即断を常とした。
「もういい!!このまま前進して、蹴散らしてしまえ!!」
モリアの指示に対する部下の反応は、過敏ともいえるほど早かった。即座に笛が吹かれ、重厚な部隊が全速力で進む。
まるで、何かに追われているかのようだ。
先頭部隊を指揮していた第一重竜騎士隊長も、後方から響いてくる笛の音に、危機感を募らせた。このタイミングで突撃指令がかかるという事は、一気にヌク川まで走り抜けなければならない状況なのだろう。炸裂筒を投げつけて来るだけで、姿をくらました盗賊連中にかまっている場合ではないのだ。
「前進!各個の攻撃にこだわるな!前進だ!!」
すぐさま下命し、みずからも手綱を取る。第一重竜騎士隊長は、部下を鼓舞しながら先陣を切った。
しかし……
一抹の不安と、懸念が浮かぶ。
――はたして、襲われたのはどこの部隊だったのか?
盗賊たちの罠が、組み上がり始めている……。




