早い
――クソッ、言わんこっちゃない!!
ドクは、木々の間をすっ飛びながら思う。しかし、今更どうしようもない。今はいち早くカツリキ隊長達と合流しなくてはならないのだ。救援を求める声が届いてから、すでに10分は経過している――。
・・・・
ドク達は当初の予定どおり、襲われた倉庫を確認した後に、二手に分かれた。
街道を境にして、山側をドク、海側をカツリキが担当する。陸竜同士は声による連携が可能であるし、地形を見る限り(森林地帯だが)平坦なので、いざというときに駆け付けることも容易だろう……。
しかし、襲撃現場を確認したドクに一抹の不安がよぎる。
当日、警備が手薄だったとはいえ、襲われた食品倉庫はやたらと堅牢だったのだ。
この倉庫を、ただの食料確保のために襲ったのだとしたら、敵の規模は「それなり」どころではない。
――嫌な予感がする……。
しかし、ドクはその感触を(噛み砕いてから)飲み込んだ。
言わないドクも悪いのだ。
・・・・
高速移動するシルバの顔が、ピクリと反応した。
ドクはそれを膝で察知する――敵が近い。
「ケンマは右側に展開しろ!アンガーは俺の後方、ワタリべは左だ!!」
ドクは短い命令を下すと、槍を右脇に抱えた。久しぶりの実戦に不安もあるが、集中訓練で鍛えた新フォーメーションを試すいい機会でもある。
「出るぞ!!」
ぽっかりと木々の開けた空間に出た。
目に飛び込んで来たのは、引き倒された竜と、必死に応戦するカツリキ。他の隊員は騎乗だが、網で捉えられ、持ち前の機動力が出せない状態。
盗賊の数は10人を超えている。馬に乗っている者もいるが、大部分が徒。意外とガッチリとした甲冑で武装している。
――兵士くずれか。
ドクは一筋縄ではいかない事を悟る。
しかし、奇襲は勢いが全て。ここは、作戦陸竜騎士隊十八番のジャンプ攻撃で突っ込む。
「シルバ!!」
「ガアアア」
巨体が、長い尻尾の反動を使って信じられない高さまで飛びあがる。敵に予備知識がなければ、目の前の竜騎士が突然消えたと思うだろう。
ドクとシルバの狙いは、騎上で網を引いている盗賊A。両手がふさがっているところへ、襲い掛かる空中からの槍と爪。あっけなく槍は盗賊の首元をえぐり、爪は馬の頸動脈をかき切った。
そのままシルバは馬と盗賊Aを地面に押し付ける。
「今だ!!」
ドクとシルバに注目が集まったところへ、左右から飛び込んでくる二頭の竜。鍛えられた兵士でも対応は難しい。さらに二人の盗賊(B・C)が戦闘不能になった。
しかし、もう一人、網を掴んだ盗賊Dが無傷のまま馬上にいる。捕まっているのは新人のコニタ――見殺しにするわけにはいかない。
「ドク!網を持っている輩を!!」
カツリキの声が響く。
ドクはうなづくが、従わない。もう、手は打っているからだ。
「あぐ?」
妙な声を発して、盗賊Dが落馬した。甲冑の隙間から、ぶっとい矢が生えている。放ったのは後方に控えていたアンガーで、乱戦には参加せず、戦場を回るように移動している。
竜の特性をドブに捨てるような配置だが、奇襲部隊の中に遠距離攻撃が入るメリットは大きいとドクは考えている。
まあ、普段から突っ込みがちなアンガーに弓を持たせたて、冷静な視点を養わせるという目的もあったりするのだが、それは別の話……。
「隊長、ライグリン(カツリキの竜)を!!」
ロープで引き倒されているライグリン。多少の負傷はしているだろうが、走れないほどではないだろう。しかし、カツリキは襲い掛かってくる盗賊Eをさばくのに精一杯で、ライグリンの救出へ向かえない。
「誰か、頼む!!」
カツリキの悲壮な声に、ドクは部下への命令で答える。
「ケンマ!ワタリべ!」
「了解!」
「はい!」
交差するように飛び出してきた二人が、反転し、ライグリンを拘束している盗賊F・G・Hへ向かう。繰り出すのは鋭い槍。盗賊達は、思わず持っていたロープを緩めた。
その一瞬の緩みが、プライドを傷付けられた竜にとっての十分な「力の隙間」になる。弾かれるように立ち上がったライグリンが、盗賊Fの頭をかみ砕いた。盗賊達の「ロープを離せ」「いや、掴め」「逃げろ」という叫び声が響く。良い感じに混乱が広がっている。
ドクは、今が撤退の好機と判断した。
「隊長!ドッキングポイント――いや、港まで戻って!!」
カツリキは了解する。
了解するが、対峙する盗賊Eの所為で竜に乗る事ができない。なかなかの手練れのようだ。
「アンガー!!」
ドクの声が響くよりも若干だが早く、木々の間から矢が飛んで来た。
矢は、完全武装した盗賊Eの肩ではじかれたが、隙を生むには十分の衝撃。好機を見逃さなかったカツリキの剣が兜を叩き、脳震盪を起こした盗賊Eは膝から崩れ落ちた。
「撤退!!」
カツリキが肉弾戦の興奮そのままに叫ぶと、各隊員は一斉に街道方向へと走りだした。
しかし、ドクは立ち止まる。
――だめだ!早い!!
乱戦になると、人の行動に「タメ」がなくなる。反射神経が要求される実戦においては、躊躇が死につながるのを本能が知っているのだ。
だからこそ、指揮者は下命するタイミングに神経を払わなくてはならない。正しい選択でも、タイミングが狂えば、間違いになる。今回の件でいえば、カツリキ本人に撤退の準備ができていないのに、下命してしまったことに原因がある。ほんの刹那の差なのだが、こういう場所が分水嶺だったりする。
敵に背を向けて、竜に跨ろうとするカツリキ。
仲間はすでに動き出している。
案の定、その隙をついてカツリキを襲う騎馬盗賊Iがいた。
ガチん――。
背中に走る、強烈な一撃。カツリキは崩れるように、膝をついた。
意識はしっかりしている。
何が起きたか、分からないほど愚鈍ではない。後悔を奥歯で噛みしめつつ、カツリキは再び剣の柄に手をかけた……。




