29「減るものじゃないしね。」
家から電車を乗り継いで数駅先にある水族館。
そこで僕と朝日さん、それに琴音も加えた三人は、水槽を見て回っていた。
ちなみに朝日さんが昨日着ていた服は母が勝手に洗濯してしまったから、今は代わりに琴音の服を着ている。
そのためいつも着ている服とは若干雰囲気が違く、新鮮な気分だ。
「お兄ちゃんと朝日ちゃん! こっちこっち!」
「うん、今行くよ。ほら、朝日さんも。」
「ちょっと待って。」
水槽の中を泳ぐ熱帯魚の展示を見ていた僕と熱心に写真を撮っていた城田さんは、先に行っていた琴音に催促されて移動する。
もっとゆっくり見たいのだけれど、琴音はせっかちだから仕方ない。
「朝日さん、すごく写真撮るね。」
「うん。絵の資料にしようかと思って。」
そう言い、また一枚パシャリと写真を撮る朝日さん。
そのカメラの先には小さな魚の群れが水槽の中を狭そうに泳いでいて、キラキラと光を反射する鱗の美しさに僕は感嘆の息を漏らした。
魚たちに夢中になっていると、隣からパシャリと音がして、反射的にそちらのほうを向く。
すると、何故か朝日さんが僕のほうにスマホのカメラを向けていた。
「朝日さん?」
「あ、えっと――水槽を見てる人の写真も欲しいなって、思って。」
「なるほど。勝手に他の人の写真撮るわけにはいかないもんね。」
「うん。勝手に撮ってごめんね。」
「別にいいよ。というか、僕なら好きに撮っちゃっていいよ。男の人の資料手に入れるの大変でしょ?」
ネットとかを探せばそれらしい構図は見つかるかもしれないが、やはり自分で使いたい資料を自分で撮れるに越したことはないだろう。
良い感じの写真を探すのはなかなか大変なものだ。僕も絵の練習をしていたころ、いい資料がなくて困った経験があるからわかる。
「え、い、いいの!?」
「うん。減るものじゃないしね。」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく撮るね。」
そう言って僕にカメラを向ける朝日さん。
パシャパシャと写真を撮られているうちになんだか恥ずかしくなってきて、思わず目を逸らしてしまう。
「ほら、お兄ちゃんも朝日ちゃんも、イチャイチャしてないで次行くよ!」
「別にイチャイチャしてない。ね、朝日さん。」
「う、うん。」
別にイチャイチャはしてない。
そもそも付き合っているわけではないし、ただ朝日さんの使う資料を撮っていただけだ。
「ふーん、ならそういうことにしといてあげる。
いいから行こ!」
「はいはい。ほら、朝日さん行こ。」
朝日さんは頷くと、てくてくと歩き続ける。
それを見てついてくると判断したのか、琴音は小走りで一人先に行ってしまう。
僕は朝日さんと並んで、ゆっくりと琴音の後を追って歩き出す。
「ごめんね、琴音がせっかちで。もっとゆっくりしたいでしょ?」
「うーん。でもこれはこれで楽しいかも。一人だとじっくり見すぎて疲れちゃうから、これくらいポンポン次に行くほうがいい。
それに、逢音――じゃなかった。ゆ、夕と一緒の時は、わたしのペースに合わせてくれるから、こういうの新鮮でいい。」
「僕もゆっくり見て回りたいタイプだからね。」
それはそうとして、わざわざ言い直すくらいなら苗字のまま呼べばいいのにと思ってしまう。
まぁ朝日さんの自由なので口に出すことはしないが。
「あ、あの魚綺麗。」
朝日さんはそう言うと、僕の手を引いて一つの水槽に向かう。
そこにはクマノミの仲間がイソギンチャクや珊瑚とかと一緒に展示されており、色鮮やかだった。
たしかにこれは綺麗だ。今まで見た中で一番これが好きかもしれない。
大型の魚は大型の魚でテンションは上がるのだけれど、こういう小さな空間に調和するように配置されているのは見ていて気持ちがいいと感じる。
と、そんなことを考えていると、真後ろからカシャっとスマホのシャッターを切る音がした。
そちらを見てみると、琴音がスマホを横向きにして僕らのほうにカメラを向けていた。
勝手に撮られたことに文句を言おうと口を開きかけるが、言葉を発するよりも先に、
「イチャイチャ写真撮った~」
と言って僕らに見せてくる。
その写真に写っていたのは、想像通り僕らだった。
僕と朝日さんは仲良く手を繋いでいて、二人そろって開いた手を水槽のガラスに付けて食い入るように同じ水槽を除いている。
なるほど、たしかにこれを「カップルの写真」と言われて見せられたら納得してしまうかもしれない。
だが僕らは付き合っているわけではないし、それを琴音も知っているはずなので、これはただの琴音の悪ふざけだった。
「あのな――」
僕が文句を言おうとした瞬間、繋がっていた手が離れて、朝日さんが両手を琴音のスマホに伸ばした。
朝日さんはその写真を食い入るように見つめた後、琴音にスマホを返す。
「お願い、この写真ちょうだい。」
何かが気に入ったのだろう。朝日さんはそう言って両手で琴音の手を握る。
琴音は一瞬きょとんとしていたが、すぐに笑いだすとうんうんと頷いた。
「あはは、もともとそのつもりだったからいいよー!
ちょっと待ってね~。」
琴音は笑いながらそう言うと、手早くスマホを操作する。
すぐに朝日さんのスマホにメッセージがきたことを知らせる通知が鳴り、朝日さんは送られてきたそれを確認して頬を緩ませた。
「ありがとう。」
「いやー、朝日ちゃんがよろこんでくれてよかったよ~。」
そんな風に仲良さげな会話をする二人に、改めて妹のコミュ力の高さを痛感する。
昨日も思ったが、いつの間にか「朝日さん」から「朝日ちゃん」呼びに変わっているし。
そのコミュ力を少し僕にも分けてほしい、そう思うしかなかった。




