28 「な?」
「はぁ。」
風呂から上がって肩からタオルをぶら下げると、僕は思わずため息をついてしまう。
結局あの後夕飯では妹から凄まじい追及を受け、母からは「うんうん、そんなに否定しなくてもわかってるのよ」的な生暖かい眼差しを向けられた。どうして高校生男女が仲良くしているとすぐ交際を疑うのだろうか。僕にはその心情がいまいち理解できないでいる。
僕はいつも通り脱衣所でパジャマを着て自室に戻るために廊下を歩く。
琴音の強い押しに負けて朝日さんは今日琴音の部屋で一緒に寝ることになった。もう二人とも風呂を済ませていて、もう琴音の部屋で寝ているはずなので僕はいつも通り自室で寝るだけだ。
僕はいつも通り自分の部屋のドアを開けると――なぜか部屋の中に朝日さんと琴音がいた。
「なにしてるの?」
「あ、お兄ちゃん。なにって、お兄ちゃんの部屋を二人で漁ってただけだよ? あ、朝日ちゃんこれ知ってる?」
「はぁ。まぁいいけどさ」
特に見られて困るものもないし、好きに部屋を見てもらっても構わない。僕は仕方なくベッドに腰掛けると、部屋の中を好き勝手に漁る琴音と控えめながらも引き出しの中を見ている朝日さんをぼんやりと見る。
すると、二人がひそひそと何かやり取りをした後、朝日さんが少し顔を赤くしてこっちに近づいてくる。
「あ、逢音。」
「ん? なに?」
朝日さんは「あの、その――」と下を向いて指で髪を触って遊んだあと、意を決したように顔をあげる。
「もしよかったらなんだけど、その、な、な――」
「な?」
「な、ナスってなんであんな紫なんだろう。あ、ち、違うの、そうじゃなくて!」
手を横にすごい勢いで振りながらそう言う朝日さん。どうもどうやら何か言いにくいことがあるようだ。
今更何を言いにくそうにすることがあるのかと疑問に思うが、ここは朝日さんがなにか言うのをゆっくり待とう。誰にでも自分のペースというものがあるからね。こういうのは余裕を持って気長に待つのが一番いい。
「うん、慌てなくていいよ。」
「そ、そうだよね、うん。ちょっと待って。一回落ち着く。」
そう言ってゆっくり深呼吸を始める朝日さんと、それをもどかしそうに見つめる琴音。琴音は朝日さんが何を言いたいのか知っているようだが、ここで琴音に「朝日さん何言いたいかわかる?」と聞くのは野暮というものだろう。目の前で話そうとしている本人がいるのだから、少し待てばいいだけの話だしね。
「えっと、逢音にお願いがあって、その――名前で呼んでも、いい?
ほ、ほら、だいぶ仲良くなってきたからそろそろいいかな――じゃなくて、やっぱり名前で呼んだほうが距離感近く感じるし――でもなくて、あ、逢音って呼ぶと他人行儀な気がするし、わたしも逢音のこと名前で呼びたいし――って別にそういうことじゃなくて! い、いや名前で呼びたいって言うのは本当なんだけど、別に変な意味じゃないというか、その――そ、そう! 逢音って呼ぶと琴音ちゃんも逢音さんだから、紛らわしいっていうか――」
顔を真っ赤にしながらすごい勢いでまくしたてる朝日さん。もはや何を言っているのか半分も頭に入ってこない。ただでさえ話を聞くのはあまり得意ではないのに、こんなマシンガントークされたらもうパンクしてしまう。
だが、朝日さんからの要求は何となくわかった。そのうえで思う。
「別に好きに呼んでくれていいよ?」
今の呼び方に何かこだわりがあるわけではないし、朝日さんが好きなように呼べばいい。夕って呼ばれることも多いし別に夕と呼ばれても反応できる。だから、ほんと好きにしてくれていいのだ。
「え、い、いいの!?」
「むしろなんで駄目だと思ったの?」
「――なんとなく?」
まだ赤色が残っている顔を僅かに傾げながらそう言う朝日さん。全く理由になっていないが、なんとなくこれ以上聞いても理由は教えてくれなさそうな気がする。
「じゃ、じゃあ――夕、これからもよろしくね?」
朝日さんは赤い顔で、僕に近づきながら上目遣いでそう言ってくる。
名前で呼ばれた、それだけのことのはずだが意外とドキッとするものだ。よく考えてみたら仲のいい女子から名前で呼ばれるのは初めてかもしれない。しかも、それが美少女の朝日さんからとなれば、想定外のダメージを負うのも仕方ないと思う。そもそも今まで仲のいい女子がいなかったというのもあるかもしれないが。
「う、うん。よろしくね、朝日さん。」
僕は精一杯取り繕いながらそう言う。それにはにかんだ朝日さんは、僕のところから離れると何故か琴音の手を掴み引っ張って部屋から出ていく。二人の間に何か通じ合うものでもあったのだろうか。夕食の時はぎこちない感じがあったのにいつの間にか仲良くなったみたいで安心した。
「そうだ! お兄ちゃん、明日朝から朝日ちゃんと一緒に水族館行こうねって話になってたから、あんまり遅くまで起きてないようにね~。」
「わかったー。」
ドアから顔だけ覗かせてそう言った琴音は僕の返事を聞くとすぐに廊下へと消えていった。おそらく自分の部屋に戻って朝日さんと話をするのだろう。今も壁越しにうっすら話声が聞こえるし。
しかし、こう女子同士の会話を壁越しに聞いているのも何か悪いことをしている気分になる。別に聞き耳を立てているわけではないのだけれど、何故か頭に入ってきてしまうのだ。断片的に単語が聞こえるのもよくない。
僕は机の上に放り投げられていたイヤフォンをスマホに差し込み、動画を流しながらベッドに横になる。
まだ寝るにはだいぶ早い時間だが、こうしていれば時間つぶしになるだろう。
このあたりの話書くの難しいなぁ(遠い目)




