26 「連れてきたよー。」
『う、うん。えっとね、家の鍵忘れて出かけちゃったみたいで、中に入れないの。』
「え?」
『あの、出かける前はお姉ちゃんが中にいたから、鍵閉めなくてよくて、鍵忘れちゃったの。お姉ちゃんも鍵持ってるから、ちゃんと鍵は閉まってると思うんだけど――』
そう言って口ごもる朝日さんの言葉を僕は脳内で整理する。
つまり、朝日さんが出かけるときに日向さんがいて、普段は鍵を閉めて出かける朝日さんが鍵を閉める必要がなかったから鍵を持つのを忘れてしまった。それで、朝日さんの口ぶりから察するに、すでに日向さんは出かけていて、どうにかしてエントランス内に入っても家の鍵が閉まっているはず。
簡潔に言うと、朝日さんは鍵を忘れて中に入れない状態、というわけだ。
「あの、日向さんは鍵を持ってるんだよね? 家に来て開けてもらえないか聞いてみたら?」
『お姉ちゃんは「これから、友達と北海道に二泊三日の旅行に行く」ってわたしが出かける前に言ってて、お父さんは今海外出張中で来週帰ってくるって、今朝お姉ちゃんが――』
「つまり、鍵は開かないってこと?」
『うん――』
それはかなり困った。年齢的に一人でホテルに泊まるのもできないし、さすがに外で寝泊まりするのもまずいだろう。
だとすると、とれる選択肢は――
「朝日さん、誰か家に泊めてくれそうな友達とか親戚はいないの?」
『親戚はみんな遠いところだし、友達は――逢音くらいしかいない』
詰んだ。
そうとしか言えない状況に、僕は頭を抱えるしかない。
というかもはや、これは僕がなんとかするしか道が残されていない気がする。
「なるほど。じゃあさ、僕の家に泊まる? 家族みんないると思うけど、それでもよければ。」
『でも、迷惑じゃない?』
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。まぁ、母さんに聞いてみるまでわからないけど、たぶん大丈夫だよ。
で、どうする? 僕の家に泊まる?」
『――なら、お願いしてもいい?』
「りょうかい。母さんに話してくるから、マンションの下で待ってて。」
『うん。』
朝日さんの返事を聞いた僕は電話を切ると、すぐに家の鍵を開けて中へ入る。「ただいまー」といいながら靴を脱ぎ、急いで母のもとへ向かう。
「あ、夕おかえり~。ねぇ、聞いて! 今日お父さんが出張だって言うの忘れててお肉四人分用意しちゃったの~。もう下ごしらえもしちゃって――」
「なら都合がよかったよ。ねぇ、お母さん、友達が家の鍵忘れて締め出されちゃって家に入れないから、うちに泊まってもらってもいい?」
「え? 友達? いいけど、親御さんとかは?」
「いろいろあって一人暮らししてるの。で、いいでしょ?」
「うん、いいわよ。でも、ちゃんと親御さんに連絡してね?」
「おーけー!」
それを聞いた僕は、急いで玄関に向かい靴を履き替えると、家を出てエレベーターに乗り込む。
下に降りると、もう朝日さんが待っていた。
「ごめん、少し時間かかった。」
「ううん。全然待ってないから大丈夫だよ。」
「あ、お母さんに聞いたけどいいってさ。」
「本当に? 迷惑じゃない?」
「大丈夫だよ。気にしたって、それしかないんだから仕方ない。」
「そうだけど――」
「ほら、行くよ。」
僕はそう言うと、朝日さんの手を引いてエレベーターに乗せる。とても申し訳なさそうにする朝日さんを引っ張って家まで連れていく。
「連れてきたよー。」
僕はそう言いながらドアを開けて家の中に入る。
「お、お邪魔します。」
すごく申し訳なさそうに朝日さんはそう言いながら家の中に入った。僕が靴箱の中から来客用のスリッパを出していると、リビングのほうのドアが開いて琴音が廊下に入ってくる。
「お兄ちゃん、誰か泊まりに来るって、ほん――」
琴音はそこまで言うと、スリッパに足を通した朝日さんを見てぴたりと固まる。口を何度かパクパクさせて固まった後、大きく息を吸い込み、叫んだ。
「か、かわいいっ!!!」
急な大声に驚く朝日さんのことは気にもせず、琴音はタタタと駆け寄ると、同じくらいの身長の朝日さんをぎゅっと抱きしめる。
「お兄ちゃん! この人誰!? すごくかわいいんだけど! どういう関係!? 家に泊まる人ってこの人!?」
「琴音、朝日さんがかわいいのには同意するけど、とりあえず落ち着いて。お母さんと一緒に説明するから。」
無駄にテンションの高い琴音を朝日さんから引き剥がすと、何故か顔を赤くしている朝日さんの手を引き、琴音の背中を押しながらリビングに入る。
「琴音? 今すごく大きな声が聞こえたんだけど、なにがあって――」
そこまで言ったところで、キッチンから顔を出したお母さんはぴたりとフリーズする。その視線は朝日さんにくぎ付けになっており、さっきの琴音と同じように口をパクパクさせている。
「お母さん、この人が今日泊まってもらうことになった倉井朝日さん。
朝日さん、こっちが僕のお母さんで、さっき抱き着いたほうが妹の琴音。」
僕がそう紹介すると、朝日さんは「お、お世話になります」と言いペコリと頭を下げた。
一方のお母さんはいまだに口をパクパクさせたまま動かない。ちなみに琴音は、僕にいろいろ質問したそうな顔をしている。
「か――」
お母さんはそう言うと、エプロンを外してタタタと朝日さんの傍まで駆け寄る。
「かわいいっ!!!」
さすが親子と言うべきか、琴音と全く同じように朝日さんに抱き着いたお母さんに、僕は嘆息した。だが、朝日さんからすればいきなり知らない女性に抱き着かれる状況は混乱以外の何物でもないだろう。
「お母さん、朝日さんビビってるから離してあげて。」
「あら! ごめんね! あまりにかわいくてついうっかり!」
「うん、なんの言い訳にもなってないよ。」
お母さんに僕はそうツッコミを入れると、とりあえず説明するためにみんなにテーブルについてもらう。
夕くんはたぶん父親似です




