19 「あ、じゃあ僕はこの辺で」
驚きのあまり呆然と倉井さんを見つめる朝日さんと、若干居心地悪そうにする倉井さん。その空間は、一言で言えば『気まずい』だった。というか、いよいよ僕の居づらい感じに――
なぜ僕が倉井家全員集合した中に居なきゃいけないんだ。どうしたらいいかわかんないよ。
「あ、じゃあ僕はこの辺で――」
「わ、私も急用が――」
そう言い逃げ出そうとする僕と日向さんだが、そううまくいくわけもなかった。僕は朝日さんに、日向さんは倉井さんにそれぞれ肩を掴まれて逃げの手を封じられてしまう。
「日向、今日はせっかく朝日の誕生日なんだ。もうちょっとゆっくりしていけ。」
意訳:この空気にしておいてお前だけ逃げるとか許さない。
「逢音、まだパーティーは終わってない。ほら、ケーキもある。人も増えたし。」
意訳:いや、お父さんと二人っきりとか無理!逢音!帰らないで!
とまぁ、意訳に関しては僕の想像なんだけど、あながち間違ってない気がする。朝日さんは僕に縋るような目を向けてくるしね。とはいっても、気まずい空気は僕も遠慮したいところ。どうやって逃げようかな。
「ほら、せっかく朝日さんのお父さんも来てくれたんだしさ。たまには家族水入らずの時間を、ね?」
席を立って帰ろうとする僕の手を掴む朝日さんにそう言って、僕は脱出を試みる。この言い方だと日向さんを捧げることになるけど、仕方ないよね。
そんな気持ちで軽く日向さんを見ると、驚いたような目で僕を見ていた。その目は「ちょ!信じられない!逃げようとしてる!?」的なことを言いそうな目である。まぁ、そんな目をされても僕が逃げることには変わりないんだけどね。家族の話は家族でしてください。
「あ、逢音!?」
焦ったように僕の名前を呼ぶ朝日さんだけど、咄嗟に反論が出てこないのかわたわたと慌てるだけで終わる。よし、これなら僕の脱出は無事成功しそうだ。あともう一押し。
「それに――」
「いや、気を使わなくて大丈夫だよ、逢音君!」
僕が言葉を紡ごうとした瞬間、割り込んできた元気な声。言わずもがな、日向さんである。その目からは「逃がさない」という強い意志が見て取れ、思わず背筋が凍った。
「逢音君は私たち倉井一家全員知ってるし、朝日のことであれだけ協力してくれたんだもん。全然いてくれていいよ!」
「いや、でも――」
「それに!」
どうにかして反論をしなくてはと思うものの、なにかを言う前に日向さんが次のことを話してくるので割り込めない。
「ほら、私たちっていろいろあったから、正直家族だけで話すのって気まずいんだよね。だから、ここは事情を知ってる逢音君にも同席してほしいなって。それに、まだ渡してないじゃん。だから、パーティーが終わるまでは残ってよ。」
僕が『渡していない』とは、おそらくプレゼントのことだろう。だったら、今すぐ渡せば――と思うけど、それをすると日向さんが考えているであろう『プレゼントを渡す計画』が台無しになりかねない。そうなった場合、今日の主役である朝日さんにも迷惑がかかるし。
それに、『家族で過ごすのが気まずい』と言われてしまうと、朝日さんの件については完全に部外者とは言えない――というか、首を突っ込んでしまった僕は断りにくい。さて、困ったことになった。どうにか穏便に逃げれないかな。無理そうだけど。
「――朝日さんと倉井さんもそれでよければ。」
せめてもの抵抗としてそう言う僕。朝日さんは恐らく「いいよ」って言うけど、倉井さんが首を横に振ってくれることに期待するしかない。ほら、倉井さんも家族水入らずで過ごしたいだろうしさ。
「む、むしろお願い!」
「ああ。逢音君にはお世話になったからな。むしろ楽しんでいってくれ。」
朝日さんと倉井さんの、「家族だけとか無理!」という本音が透けて見えるその言葉に、僕はあっけなく敗北した。恨みを込めてこうなった元凶を睨むと、露骨に目を逸らされた。絶対許さない。あとで仕返ししてやる。
「じゃあ――よろしくお願いします。」
もはや退路のない状況に、僕は溜息を吐いてから先程と同じ席に座った。すると、あからさまに三人はほっとしたような息を吐いて席に着く。今度は、朝日さんの正面に倉井さんが、僕の正面に日向さんが座った。
そして――静寂が部屋を包む。
これはかなり気まずい。びっくりするくらい気まずい。いやもう、さっきの比じゃないよ、これは。
「ほ、ほら、お父さん。お腹空いてるでしょ?少し冷めちゃってるけど、どんどん食べて!」
「あ、ああ。」
パク、パク。シーン。
擬音で表現するとそんな感じになるような状況で、僕はどうするのが正解なのだろうか。だれでもいいから教えてくれないかなぁ――
僕なら、こんな状況は嫌ですね……
たぶん、天井のシミを数えて現実逃避します(なお、入居して半年も経ってないため、朝日さんの部屋の天井には恐らくシミがない)




