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47 「嫌なら別に――」



「逢音、今日じゃないと忘れそうだから。」

「え?なにを?」

「対価。」


 その一言で、僕はなぜ自分が朝日さんに勉強を教え始めたのかを思い出す。そういえば忘れてた。あんまり忘れることってないんだけど、今回は忘れてしまていたみたい。倉井さんに気を取られすぎたな。


「ああ、そうだったね。」

「うん。だから、今話す。だから、少し待って。」


 朝日さんはそう言うと、スマホの画面を操作する。そして、目を閉じて深呼吸した後に、なにかを思い出すように話し始めた。


「わたしが中学一年生の頃、お母さんが死んだの。」


 ぎゅっと服を握りながら話始める朝日さん。


「朝日さん、嫌なら別に――」

「大丈夫。だから、聞いて。」


 「嫌なら話さなくてもいいよ」そう言おうとしたのを朝日さんは遮って、僕を力強く見つめる。僕がこくりと頷くと、朝日さんは続きを話し始める。


「そのときから、お父さんは日に日に痩せていったし、お姉ちゃんはそんなお父さんとわたしを元気づけようと、無理に明るくなっていった。わたしはただ落ち込むことしかできなくて、毎日つらかった。学校にも行きたくなかったけど、お父さんをこれ以上心配させたくなかったし、学校の先生もクラスメートも心配するからちゃんと行った。クラスのみんなはいつも通り接してくれて、それが嬉しかった。

 そんなのが二か月ぐらい続いたときかな?クラスメートの一人がこっそりスマホとイヤフォンを持ってきて、わたしにいろんな『好きなモノ』を見せてくれたの。それはたぶん、ただ好きなものを共有したかっただけなんだろうけど、わたしはその中の一枚の絵にとても惹かれたの。

 理由はわからないけど、完全に一目惚れだった。とっても細かく書き込まれてるところとか、いろいろ想像できる色使いとか、タイトルとか。それを描いたのが、『一つの夕焼け』って人だったの。」


 朝日さんはそう言うと、ふぅっと一つ息を吐く。一方の僕は、なにも言うことができなかった。なにも言うべきじゃないと思ったから。


「それから一年くらいかな。ずっとその人の絵を追っかけてた。お父さんいない所でSNSを始めて、フォローして、新しい絵が出るたびにいいねして、楽しんで、目に焼き付けた。それが楽しくて、嬉しかった。でも、ある日突然その人は絵を描くことも、なにか文字を投稿することもなくなったの。なにかがあったのかわかんないし、その人の都合もあると思う。でも、それは寂しかった。

 ただ、なんとなく、その人に感謝の気持ちが出てきて、それが日に日に大きくなっていったの。わたしを楽しませてくれたのはその人で、元気づけてくれたのはその人で、その人がいたからわたしは救われた。だから、わたしもその人みたいに誰かを楽しませたい、元気にしたいって思ったの。その人みたいにしてみたかった。」


 ああ、だからファミレスの帰りに「いつか、誰かを楽しませたいから、わたしが楽しかったものを、真似して描く」って言ってたのか。

 朝日さんはぎゅっと服を握っていた手をふっと解いて、言葉を続ける。


「だから、だからね、少しでもわたしの『好きな人』に近い名前を使おうと思ったの。だから、『一つの朝焼け』なの。わたしが、朝日って名前だから、これしかないって思ってた。」

「そっか。だから、その名前なんだね。」

「うん。だからこの名前は、とっても意味があるものなの。」


 そう言い切ってしまえる朝日さんが眩しく見える。誰かの為に描きたいという姿も、そのまっすぐさも、全部。僕には

なかったもの、持っていないものばかりだった。

 ふと、朝日って名前はこの人にピッタリだと思った。明るくて、眩しくて、綺麗で。ピッタリだと思った。


「――話してくれて、ありがとう。」


 僕は、心からそう思える。


「うん。わたしも、誰かに話してみたかったから。こちらこそ、ありがとう。」


 朝日さんはそう言うと、僕のことをチラリと見た後で目を背けてしまう。


「どうかした?」


 僕がそう尋ねると、朝日さんはびくっと震える。どうしたのか疑問に思いつつ返事を待っていると、さっきよりも小さい声で朝日さんは話始めた。


「逢音。もしよかったらなんだけど、夏休み中、遊びに誘っていい?」

「ん?僕に予定ない日だったら別にいいよ。でも、なんで急に?」

「一人だと、出かけにくい。」

「ああ、確かにそうかもね。一人だと出かけなくてもいいかなぁとか思っちゃうし、カラオケとか少し入りづらいもんね。」

「――カラオケ、行ったことないかも。」

「え?本当に?」


 小さな声でそう呟いた朝日さんに僕は驚いてしまう。すると、朝日さんはこくりと頷く。僕は割と家族と行ったりするんだけど、朝日さんの家はそうじゃなかったのだろうか。というか、高校一年生でカラオケに行ったことない人ってどれくらいいるんだろう。


「じゃあ、夏休み中に行ってみる?あ、でも二人で密室って言うのも――」

「ん?でも、カラオケって監視カメラとかあるんでしょ?なにかで読んだ。」

「ま、たいていそうだけどね。」

「それに、今大丈夫だから問題ない。」


 朝日さんに言われて僕も気が付く。そうじゃん、今女の子の部屋で一人っきりじゃん。カラオケが密室だのどうのこうの言うことないじゃん。やっぱり、さっき倉井さんと話した疲れが残っているのだろうか。どうも本調子じゃないみたいだ。


「そりゃあそうだね。よし、じゃあ行こうか。」

「うん。いつにする?」

「僕は別にいつでもいいけど。朝日さんに合わせるよ。」

「じゃあ、あとで連絡する。」

「わかった。」


 朝日さんの言葉に僕は頷きながらそう言う。すると、話題がなくなって二人の間を静寂が包む。さっきまで結構話してたから忘れてたけど、普段はこんなもんだよね。むしろさっきみたいに会話が続くほうが稀で、これが僕たちのいつも通りだ。




これで、一章は終わりになります


明日は登場人物紹介を投稿しようと思いますが、その時にこれからの更新についても話そうと思います

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