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45 「でも、やはりそれは嫌だった。」



 僕が話したのを聞いて倉井さんは少しぽかんとしたが、次の瞬間には楽しそうに「くくっ」と笑った。ああ、どちらかと言うと日向さんが笑った顔に似てるな。


「くくっ、君は本当に面白いな!そうか、そういう考え方もあるか!というか、君からすればそう考えるのが自然なのか!君、本当にうちの事務所に来ないかね?高校生でそこまで考えられる人材はそこまでいない!」


 急にテンションが上がった倉井さんに、今度は僕がぽかんとする番になった。というか、このテンションの上がり方、なんとなく日向さんに似てるな。なるほど、日向さんは父に似てて、朝日さんが母に似てるのか。


「逢音君、確かに君から見た私は娘のことを思っていないように見えるのかもしれないが、そんなことはない。むしろ、自分なりに思っているつもりだ。だからこそ、君に頼んだんだ!というか、そんなこと全く思いつかなかった!」

「えっと、ということは――」

「ああ、君の深読みしすぎだ。私は、単純に『星空深夜』という人間から信頼を得た君なら大丈夫だと思っただけなんだから!」


 は、ははは。って、かなり恥ずかしいな!深読みした挙句間違ってるとかかなり恥ずかしいパターンじゃん!

 ああ、本当におうちに帰りたい。僕おうちに帰る。


「あはは!そう恥ずかしがることはない!君は、間違いなく頭がよく回る。むしろ、私でも思いつかなかった方法を思いついたことで称賛されるべきだ!」

「いえ――というか、娘を思っている人の前であんな朝日さんを使う(・・)ような憶測を話してしまって申し訳ないです。」

「いや、いいんだ。確かに君からすれば私がなにを言ってもそういう人に見えてしまうだろう。現に私は自分が不安だからという理由で朝日を転校させようとしているわけだしな。」


 倉井さんは高かったテンションをもとに戻す。一気に場の空気が変わったことで、僕は思わずびくっと反応してしまう。こんなに速く切り替えられるとか、さっきのハイテンションが嘘のようだよ。


「逢音君。私は不安なんだよ。」

「不安?」

「ああ。そうだ。私は朝日や日向を失うこと、傷つくことを異常に怖がっている。その自覚はあるが、それでも直すことができていない。」


 真面目なトーンで話しだしたのは、そんな倉井さんの話。今までは朝日さんのことについての相談(?)だったが、今の話は朝日さんの話ではなく倉井さんの話だ。


「今から三年ほど前か?朝日がまだ中学一年生のときだ。私は妻を失った。それがもうトラウマになっているのだろうな。自分の見えないところに大事なものがあるのが異常に怖くなってしまったんだ。」


 「なるほど」とも「へー」とも言い難い、真面目な倉井さんの話。正直、高校一年生の僕が聞くべき話なのかは分からないが、ここまで聞いてしまった以上は最後まで聞くべきだと思うし、僕も気になる。


「だから、朝日さんが一人暮らしをするのが嫌だったんですね。」

「ああ。ただ、朝日だけじゃなく日向にも説得されては突っぱねることは難しかった。私が行かせたかった学校より夜光高校のほうが偏差値が高く将来があるのは事実だし、そこが家からは遠く通うのはとてもじゃないが無理だとわかっていたからな。だから私は仕方なく認めざるを得なかった。」

「でも、やはりそれは嫌だった。」

「そうだ。だから私は連れ戻せるように『成績が悪ければ転校させる』と条件を付けた。まぁ、そんなことをするから朝日に嫌われて一人暮らしを望むようになってしまったんだろうな。」


 どうもどうやら倉井さんは、朝日さんが「夜光高校のほうが偏差値がいいから行きたかった」のではなく「一人暮らしをしたかっただけ」というのをわかっているようだ。いや、わかっているからこそ、わざと『成績』という朝日さんが夜光高校を選んだ建前の理由を使って条件を出したのか。「頭がいいから行きたい」という理由を出した以上、「成績が悪いと転校させる」という条件を突っぱねるのは難しいだろうから。


「倉井さん。僕の勝手な予想ですが、倉井さんが思うほど、倉井さんは朝日さんに嫌われていないと思います。倉井さん、とりあえずコーヒー飲んでみてください。」


 僕はそう言いながら、倉井さんの前に置いてあるコーヒーを飲むことを勧める。すると、倉井さんは首を傾げながらもカップを手に取り、もう冷めてしまっているコーヒーを一口飲んで驚いた顔をした。



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