44 「中学時代の知り合いです。」
「私も日向もここからは遠いところに住んでいるから、いつでも様子を見に来れるわけじゃない。だから近くに住んでる君に頼んでいるんだ。非常に不本意だがな。」
「いや、頼むと言われましても、具体的になにを――」
別に朝日さんと仲良くすることに関してはなんの異論もない。だけど、頼むとか言われてもなにをすればいいのかわかんないから安易にはいとも言い難いんだよね。言ったことには責任持ちたいからこそ慎重であるべきだと思うんだよ。
「うむ、できればでいいのだが、朝日を外に連れ出したり、ちゃんとご飯を食べているか見てくれないか?」
「それくらいならいいですけど。でも、それって朝日さんが拒否したら駄目なのでは?」
「いや、君なら恐らく大丈夫だろう。朝日は一度内側に入れたものは大事にするタイプだからな。」
なんか、倉井さんからの信用があるのが違和感しかない。こんなに信用されることなにかしたかな?朝日さんと日向さんを信頼してるからこそなのかもしれないけど、それはそれで違和感がある。
そこまで信頼していて僕のことまで理解するような人が、娘である日向さんに「お父さん頭固いからそういうの許してくれなそう」と言われるだろうか。許さないということは、相手に対する信用がないということとほぼ等しい。
例えば、相手が言わなくても遅くなる前に帰ってくると信じていれば門限など設けないし、テストでいい点を取ると信用していれば悪い点を取った時の罰則など決めない。だから、許さないということはそれだけ信用がないということになるのだ。
しかも、日向さんが「朝日さんの成績が悪かった」と報告していないにも関わらず朝日さんの成績を自ら調べるなど、日向さんに対する信用もいまいちないように思える。
だから、僕がなぜここまで信用されているのかがわからない。
「倉井さん、朝日さんさえよければ朝日さんと仲良くするのに文句はないですし、むしろ喜ばしいと思いますが、なぜ僕をそこまで信用してくれるんですか?朝日さんと日向さんが認めたから、ではないですよね?」
わからないことは、気になったことは知りたい。そう思うのはただの好奇心だ。倉井さんは僕に少し鋭い視線を向けてくるが、僕は目を逸らしたりはしない。
二人を静寂が包むが、それを破ったのは倉井さんの溜息。
「はぁ。本人から『ばれると思うけどなるべく言わないでください』と言われていたのだがな。
君と会った後、朝日の成績のことを報告しなかった日向を電話越しに叱っていたとき、ちょうどうちの事務所所属のアーティストが通りかかってな。怒っている私が珍しかったのか、彼はなにがあったのか聞いてきたんだ。彼はうちの事務所に最も貢献してくれているから無下にもできないと全部話したのだが、その時に彼が『ああ、夕君なら信頼してください。彼は昔の知り合いです』と言ってきたんでな。」
「そ、その人って――」
「『星空深夜』だ。知り合いだろう?」
「ええ。中学時代の知り合いです。」
僕が絵を描き始めたきっかけで、絵を描かなくなったきっかけでもある彼は、きっとそう表現するのが正しい。彼は今元気にしているのだろうか。いや、元気ではあるか。この前もラノベを買ったばかりだ。
「やはりそうか。私が君を信用しているのはそれだからだ。彼が信じる君のことを、私も信用してみようと思った。」
その言葉を聞いて、僕は少し考える。本当にそれだけだろうか。本当に、そうなのだろうか。もし違うとすれば、僕によくするメリットはなんだ。いや、違うか。赤の他人である僕からの信用がいくらあったところで直接的なメリットはない。だから、きっと――
「『星空深夜』は、そのうち事務所を抜けるかもしれない。今はまだ未成年だから独立しないにしても、いつか独立する可能性がある。だったら、彼が言った数少ない知り合いである僕を加入させたい。すると、僕ごと引き抜かれない限り『星空深夜』がやめないかもしれない。いや、そうか。僕ごと引き抜かれる可能性もあるか。ああ、だから朝日さん?朝日さんと僕がくっつけば、僕は事務所を離れない?結果的に、『星空深夜』も事務所に残ってくれる可能性が高い?
ああ、そっか。だからあのとき僕を事務所に誘ったのか。」
僕はわざと言葉に出しながら、そんな憶測を話す。これぐらいの理由じゃないと、今回の話の意味が分からない。でも、だとするとすごく胸糞が悪い話になってくる。だって、朝日さんを使うのだから。




