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10 「酷くない。はーやーくー。」



「あの、倉井さん、僕らは何処へ向かっているの?」


 僕はふと気になったので聞いてみる。実際、一度通った道を引き返すというのはとても非効率的な感じがするし、面倒だと感じる。別に今日しなくてもいいじゃん。でも、もし再試があるなら今日から勉強したほうがいいか。いや、テストの点数はもっと前からわかってたんだし、その段階で勉強を始めるべきだろう。


「学校。教室を借りるのが一番。」

「確かにね。」


 さすがに、年頃の男女がどちらかの家に行くというのは無しだし、図書館と言うのも意外と勉強しにくかったりするものだ。だとすれば教室で勉強するのが一番かもしれない。

 ただ困った点が一つある。それは、僕が教室を出るときに「用事がある」と言ってしまったこと。どう言い訳して教室に帰ろうかなぁ。誰も教室に残っていないことを願うか。みんなもう部活に行っているだろうし。行っているといいなぁ。

 そんなことを考えながら手を引かれるまま歩いていくと、再び学校に到着する。

 意外にも廊下に人は少なく、何の問題もなく教室に着くことができた。教室の中に誰もいなかったのは幸いと言うべきだろう。誰かがいてからかわれるのは嫌だったからね。そういうのって面倒だし。


「勉強とは言うけど、何を勉強するの?」


 僕は自分の席に着きながら、倉井さんにそう尋ねる。すると、僕の予想外の言葉が返ってきた。


「ほぼ全部。」

「え?」

「だから、ほぼ全部。」


 その言葉に、僕は一瞬思考が停止する。

 え?ほぼ全部?聞き間違いじゃないよね?せめて、一教科くらいは得意科目があるでしょ?


「えっと、じゃあまずはテストの結果を見せてくれる?」

「う、わ、わかった。」


 僕がそう言うと、彼女は苦虫をかみつぶしたような顔をした後、ゆっくりと嫌そうに頷いて自分の鞄に手を入れる。

 何位ぐらいなのだろうか。そんなに低くはないと思いたいが、先程の彼女の顔を見るにあまり期待はしないほうがよさそうだ。せめて僕が『勉強を教えるなんて言わなきゃよかった』と言わなくて済むような点数ならいいな。悪い予感がするけど。


「はい、見たらすぐに返して。」


 倉井さんはファイルから出したそれを、さっさと見ろというような様子で渡してくる。成績を見るのがちょっと不安になってきたけど、何ができないのかがわからないといけないので仕方なく見る。

 ああ、うん。勉強を教えるなんて言わなきゃよかったな。

 思わずそう言ってしまいそうな結果だった。


「百六十二位かぁ。」

「く、口に出さない!」

「ああ、ごめん。でも、口に出さずにはいられなくて。」


 確かに彼女の言うとおり、全体的に点数が低いが、特にひどいのが赤点の数学1と英語。これは酷い。赤点は赤点でも、ぎりぎりで赤点という生易しいものじゃない。全くできていないというレベルだ。両手で数えられる点数って初めて見た。よくこの高校に合格できたね、倉井さん。

 僕は何も言わずに試験結果を返すと、代わりに別のものを見せてもらうことにする。


「数学1と英語の解答用紙と問題用紙見せて?」

「そ、それは駄目っ!ひ、人様に見せられない!」

「だったら僕は教えられない。」

「うぐっ。酷い。」


 酷いなんて心外だ。僕はただどんなところが、どれくらい、どんな感じで出来ていないのかがわからないと教えられないから聞いたのに。そもそもそんなに成績が悪い人を次のテストまでに二十位に入れるだけに鍛えなければいけないなんて、条件が厳しすぎる。人の学力は一気に上がんないんだよ。期末試験まで一か月と少し。どう考えても無茶なものをどうにかしようというのだから、出せるものは全部出してもらわなければいけない。何かを得たいのならそれだけの対価が必要なのだよ。


「酷くない。はーやーくー。」

「し、仕方ない、仕方ないから、怒らないで。」

「いや、あの順位見て怒らない僕が今更怒らないでしょ。」


 その言葉に納得したのか、倉井さんは先程試験結果を出したファイルから数学1と英語の解答用紙と問題用紙を出す。それを僕に渡すときに一瞬戸惑いがあったのか、渡そうかどうか迷う動作をするが、結局観念したらしく大人しく僕に渡してくれた。

 明らかに勘で書いているであろう解答の数々に、訳の分からない計算。文法とかガン無視の英文は『悲惨』としか言いようがない。


「ああ、うん。中学数学からしようか。」

「それくらいはできるはず!」

「解の公式は?」

「え、えっと、4πr?」

「それ球の表面積だし、rに二乗をつけないと。やっぱり中学からだね。」

「うぅ……」


 悔しい、といったようにうなだれる倉井さん。というか、その数学力でよくこの学校入ったな。この学校そんなに偏差値低い学校だったかなぁ?


「おかしい、受験の時は覚えてたのに。」

「受験終わってからの短時間で忘れちゃったんだね。仕方ないとは言わないけど。」


 僕はそう言うと何処から説明したものかと頭を悩ませる。とりあえず、どこら辺までできてないのか知らないと話にならないな。

 鞄からルーズリーフを一枚出し、そこにサラサラっと適当な問題を書いてから倉井さんに渡す。とりあえず問題を解いてもらって何が駄目なのか分析しよう。


「制限時間は十分。まずは全部解いてみて。」

「わかった。」


 倉井さんはそう言うと、筆箱からペンを出して問題を解き始める。その間に僕は別の分野の問題を準備しておく。明日からはパソコンで問題作るにしても、今日一日問題を解かせられないのは惜しい。

 何をそこまで熱心にすることがあるのか一瞬自分で疑問に思うが、すぐに自分なりの答えは出た。というか簡単な話で、一度引き受けたからにはちゃんと最後までやり遂げたいのだ。というか、中途半端にしてクリアできないとか時間の無駄だし、なんで『一つの朝焼け』って名前を使ってるのか気になるし。



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