いや、ムカついたから
要人。狙われる事は多発。その度に雇っている護衛は何十人といて、どれだけ死んでいっただろうか。
「出雲安輝!」
だが、私の今回の護衛は一味違う。たった一人でも、一騎当千の力を持つ者。
「!な、なんだ!?」
「この男は……」
奇襲をかけた者達にも、動揺が走った。
疾風の拳士が彼等の背後をとったのだから。
まだ若いが、かの悪名高い、鵜飼組の幹部、”用心棒”の地位に着くもの。
その両手は
「呼ばれてきたが……」
素手。
手ぶら。
拳銃を持つ暗殺者達とは違い、その格好は警護者と言えば納得がいきそうなものだ。
「鵜飼組の若頭、山寺光一の弟子!そして、鵜飼組の”用心棒”!全て拳のみで戦い、奴の繰り出す拳技は風の如く、突き抜け、切り裂くという!”超人”に相応しい身体能力を持つ!!貴様等に敵うわけがない!」
「ぐっ」
標的を諦めるのではなく、生き残るためにも、その出雲と対峙する事となる。
正面で彼と向かい合う。
体技と武器のリーチの差があるが、出雲は軽いステップを踏む。臨戦態勢だ。
「拳銃か」
ボクシングに近いフットワーク。
リズムを刻んで様子を伺う出雲の余裕が、この戦場の結果を伝えていただろう。
対して、対峙した者の焦りの表情、震える手付き。
「あああぁぁっ!」
「ああ!」
パァンッ
弾丸の軌道は予測通り。ステップは間合いをコントロールするだけでなく、自らの姿勢を柔軟に動かすためのもの。
蛇のように出雲の体は唸って動く、群れなす蝙蝠の如く拳は乱打へ、獲物を仕留める1つ1つの一撃は蟷螂の捕食のよう残酷に。
シュワアァッ
されど。
去り際は静かに、やられたというのを報せない。
「見事!」
殴られた者達は意識を狩られる。
「相手の意識を断つ、それがボクシングのキレる拳とされる。素手でその域に達し、なおかつ連打で打ち込む。軽やかな足捌きも相まって、相手は対峙しただけで、意識を失われるという!」
ドタァァッ
出雲が対峙した者達とすり抜ける瞬間に、2人の相手は眠るように倒れた。
「これほどの護衛がついておれば、私は殺されまい!安息の時間だ!」
しかし、
バギイイィッッ
「はうぅぅっ……!?」
「…………」
要人には水っ腹を……
「ぐおぉぉっ!な、な、なぜ私が殴られる!?一体いつ!?通り過ぎた瞬間か!?どーいう事だ!?出雲安輝!?」
「……いや」
「そうか!私を気絶させとけば、動かずに護りやすいという事か!はぅ!しかし、これほどの腹痛。私の経験になし!見事に鳩尾を良き角度と、絶妙な威力で殴り、意識を断てずに苦しみだけを残すとは!かような事もできうるとは、私が想像していた拳士の上を行く!はおぉっ、痛い痛い……!動けぬ!吐くぞ。私は、私吐くぞ!!人生初めて、殴られて吐くぞ!いいのか!?ヤバイぞ!ホントにヤバイぞ!それでも訊こう!なぜ、こんなことを!?」
拳士の技術を、身を持って讃えてしまう解説。自分のピンチも含めて、これほど賞賛と混乱が混じった状況はない。出雲はなんと言うだろう?
「ムカついたから」
「な、な、なにぃぃっ!?ムカついた!?何に!?待遇か!?私の解説にか!?褒めたこと!?はっ!よく考えれば、護るならば苦しませるなんて可笑しき事!出雲!貴様、私を裏切って……本当は処分する暗殺者だったのか!不覚!不覚である!!しかし、これほどの拳士に殺されたのなら、私の命はそれほど価値あることか!騙まし討ちも含めれば、私とはそれほどの男!そうだろう!出雲!もう一度訊く!私がお前にやられる理由は、もっと上の権力者達からの……」
「いや、ムカついたから」
「だから何に!?」
シンプルにそれでいいだろう。理由を並べる必要はない。
「契約上。依頼者の命は俺が護る。だが、不愉快な時は依頼者でも俺は影響がない程度に殴る。ペラペラ喋るから命を狙われるんだろ?自覚しろ、プロ意識」