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「君、オレの攻略対象なんだよね。これから覚悟しなよ」
「なんで私が対象者!?」
飛び上がる勢いで身を起こす。周りを見れば自分の部屋。物欲があまりない私らしい小ざっぱりした自室。
遊びにきた友達が女らしさゼロと呆れていた部屋のベッドに寝ていたらしい。カーテンの隙間からは朝日が憎らしいほど漏れていた。
「うっそ。いつ帰ってきたのよ?って、いつの間に寝たの!?」
記憶を探っても帰ってきた覚えも、家族との会話や夕食、お風呂といった日常行動すら覚えてなかった。
パジャマに着替えているし、ちゃんとお風呂に入って寝たみたいだけど……。
「もう!それもこれもアイツのせいだ!」
先日ギャルゲー親友ポジの男に言われたセリフ。私が攻略対象者って何!?
この世界はあの女が主人公の「乙女ゲーム」と、アイツの親友の男が主人公の「ギャルゲー」じゃなかったの!?
記憶を探ってもそれしか出てこないし、対象者を思い出しても自分は含まれていない――と思う。
前世の記憶な上に、適当にプレイしていたのが仇となって、あいまいな箇所が多い。
それに好きだった声優が多く起用されていた乙女ゲームならまだしも、コラボってる機能のためだけにプレイしていたギャルゲーは正直言って、主人公と出番が多かったその親友――あの男だ!――くらいしかハッキリ覚えていなかった。
メインヒロインが幼い頃に親の都合で別れた幼馴染で、その他が上級生と下級生だったことくらい。同級生枠では書記の妹ちゃん。
つまり、現在ギャルゲー主人公が猛烈アタックをかけているあの子。
名前は確か柚木夏美さん。隣のクラスだから名前くらいしか知らないけれど、おっとりとした雰囲気の大和撫子な子だ。
遠目で見た二人はほんわりとした良い雰囲気だったっけ。
「……それはいいけれど、問題はアイツのセリフよっ」
思い出しても腹立たしい!
絶対自分がイケメンだってこと利用して、顔を近づけて来たとしか思えない。
一瞬ドキっとした自分がバカみたいじゃない!
「ああ、もう!イライラする!悩んでもしょうがない!」
攻略対象者とか言うからには、アイツも転生者決定なのは確か。つまり詳しく知っているのもアイツ。
うじうじ考えても答えが出ないんなら、こっちから聞きに行くしかない。
脳裏にあの軽薄そうな男の顔が浮かび、私は思わず近くのクッションに右ストレートをかました。
※
大通りの通学路。朝の通勤通学の人が多くすれ違う道を、私はいつも通り歩いていた。私が通う公立高校はこの先にあるためだ。
公立小野田高等学校。どこにでもある普通校で、転生者だけが知っているギャルゲー及び乙女ゲームの舞台。
主人公たちは同い年の高校二年生。乙女ゲーム主人公は、この春転校してきた女の子で、ギャルゲー主人公はここで生まれ育った男の子。
女の子は親の仕事の都合で引っ越して来たという設定だったはず。
小さいころから引っ越しばかりで、親しい友達も作れず人見知りだった主人公は、小野田高校に転校したことで人生の転機を向かえる。
「……人見知りねぇ」
前を歩く乙女ゲーム主人公は設定とは真逆のビッチ感満載。
黒髪はダークブラウンに、色白を生かして薄化粧。厳しくない校則のためか、太ももが結構見えてるミニスカート風。
鞄を持つ手はすべすべな上、ちょこっと見える爪はコーティングでキラキラしていた。
説明書にあった主人公の絵と比べてみても、もはや別人に見える。
その主人公の隣には生徒会長。こちらは説明書と同じ黒髪で、少し着崩した制服。たしか自分に厳しく他人にも厳しいという性格だったはず。乙女ゲームだけあって精悍な顔つきのイケメン。
しかし、現在そんな生徒会長の横顔は精悍とはかけ離れたデレデレな表情と言ったら……。
「おはよう美紀ちゃん!」
「……」
「おはよう!」
「……」
「おはよう、美紀」
「っ!?呼び捨てしないで!」
朝から会うなんてついてるんだか、ついてないんだか。記憶云々はできれば人がいない所で聞きたい。
それに、こんな人目が多い所で親しく挨拶する間柄じゃないので、あえて無視していたのに、この男といったら!
後ろから近づき横に並んだかと思えば呼び捨てなんて!
「君があいさつ返してくれなかったからじゃん。それで、お返事は?」
「……はよ」
「うん、おはよう」
確かに挨拶した相手にムシした私が悪いけど、だからって呼び捨てな上に、み、み、耳元で囁くように言うなんて!
一瞬ドキっとした自分がいやだ!
渋々挨拶を返すと、安曇はなにがそんなに楽しいのかニコニコ笑っている。
なんでそんなに余裕なのよ。こっちは昨日のこともあって、朝から考えまくってたっていうのに。
横目でちらりと隣を見れば、ばっちりと目が合い慌てて顔を反らす。
って!なんで私が慌てなくちゃいけないの!?しかも顔を反らしたら、コイツを意識してるって思われるじゃん!
それに、コイツも私が転生者って気づいているのに、何も聞いてこないし。
むくむくと湧く苛立ちに、顔が険しくなっていくのを自覚しつつ、あえて安曇を無視することに決めた。
自分から聞きに行くと今朝決めたのにあっさりと覆し、私はそのまま無言で歩く。
朝のあの意気込みも、コイツに会った瞬間消え去ってしまったし。それにこの様子じゃ、聞いてもはぐらかすに決まってる。
決意も新たに歩く隣で、安曇は「ふーん」と言いながらも笑っていた。
本当にムカつくヤツ!