恋と裁判とチョコレート
2月14日、今日も一高校生である俺、清水はいつも通りに学校に行き、いつも通りに昼休みを過ごし、いつも通りに放課後を過ごしている。女子と会話することの無い、いつも通りの1日だったし、これからいつも通りに男友達の加島と帰るのだ。
「今日は2月14日だけど!?チョコなんて知らないし!?今日は祝日じゃないし!?全然めでたくないし!?」
「一つももらえなかったんだな。加島はかわいそうっだな」
「うるせえ!清水も貰えなかったくせに!」
「まあそうやね」
「へっ!もらえないなら買えばいいだけだし!?男だらけのチョコ祭り開いちゃうし!?逆転の発想だし!?竹下も呼ぼうぜ!?」
「落ち着けよ。しかし、男だけでチョコ祭りなんて、マッチョこーいな」
そんな掛詞を楽しみながら廊下を歩いていると、空き教室に人の気配を感じた。なんとなく覗いてみると、友達の竹下と、クラスのアイドルかなみちゃんがいた。二人は向かい合っていて、ちょっと顔を赤くし緊張した雰囲気で、まるで告白現場のようだった。割り込む勇気はなかったので、教室の扉の前で身を屈めて経緯を見守ることにした。
「あれ、中に居るの竹下と、かなみんじゃん。何やってんだろ」
「告白じゃねえの!?」
「まさか」
「竹下君っ!これ、受け取って!」
「あ、ありがとう、嬉しいよっ…!」
「へ、返事は今度でいいから…!」
「う、うん…」
なんだと!?クラスのマドンナかなみんが、悪友の竹下にチョコを渡し、返事を求めた…何の返事?そんなの決まっているけど?なんで竹下が…加島と目が合い、やるべきことを確認しあった。そう、抜け駆けした男への報復を…
「マジかよ、もらっちゃったぜ。へへへ」
「マジカヨ、じゃねええっ!」
そう絶叫しながら俺はピコピコハンマーで竹下を叩いてやった。加島は竹下を羽交い絞めにしてながら怒る。
「てんめぇ、!よくも俺たちのかなみんからチョコをもらいやがったなぁ!?」
「うわ!清水、加島!?な、なんだよ、放せよ、苦しいだろ!」
「おい加島!もっと首を絞めあろ!」
「だああぁ、やめろ!」
竹下が羽交い絞めに抵抗し暴れる。その反動で竹下のカバンが机から落ちた。そして、カバンから大量のかわいい包装のされた箱が散らばった…ていうことは…
「おまえ…かなみんだけでなくこんなにたくさん!ふざけんなっ!」
「爆ぜろリア充!」
俺は憎しみの限りをこめて、竹下をピコピコで殴り、竹下の気を失わせた。
俺と加島は、気絶させた竹下を暗い教室に連れ込み、椅子に縛り付けておいた。これから奴の復讐ショーが始まる。そう、チョコ裁判してやるのだ。奴に罪の意識を植え込むのだ。奴が自虐するまで追い詰めてやる。チョコを見るだけで拒否反応を起こすようにしてやる。そんな竹下の醜い未来を予想しているうちに、気絶していた竹下が目を覚ます。
「うっ…こ、ここは…」
「…起きたか。これより、チョコ略奪事件裁判を開廷します。加島検事、事件の詳細を説明してください。」
俺はピコピコハンマー叩いて注目させ、清水を促す。気持ちはさながら裁判長だ。
「は?何言ってんのお前ら」
「はい。我が国にはたくさんのチョコが生産されています。しかし!我々の手元にチョコはありません。つまり、誰かがチョコを搾取しているのです、そう、例えば竹下のようなモテ男がいるから、我々はチョコをもらえないのです!」
加島がかっこよく竹下を指さす。指差すのは弁護士のイメージだけども。
「はぁ?搾取?バカじゃねえのお前ら。…つきあってらんねえよ。」
加島は延々と、竹下の罪について述べていく。もう1時間は喋っただろう。そろそろ竹下にも罪の意識が芽生えてきたのではないか。
「…で、あるからして、竹下のチョコ搾取は極悪非道であります。」
「…まだ終わらないの?この茶番」
「竹下、あなたはモテすぎたのです。あなたはその罪を償わねばなりません」
「違うって、たまたま貰えただけだって」
「よって、竹下の秘蔵本を晒すことを求めます。すぐに竹下の家に行き、その秘密を暴きましょう。」
「ふざけんな!勝手に人の家に押し入ろうとするな!このチョコはただのお礼なんだよ!この前傘に入れてあげたお礼なんだよ!」
「貴様ぁ!そんなこともしていたのか!」
俺はあまりの怒りにピコピコハンマーで机ドンしてしまった。いや、これでは生ぬるい。もっと憎悪をあらわにしなければ!
「…これはもっと刑罰を重くしたほうがいいですね。そう、たとえばここに竹下のPCがありますね」
「うわ、バカやめろ!なんで持ってんだよ!」
「モテル男がますますモテ、モテないものはさらに搾り取られていく。そんな不公平は…世界は、間違っている!」
「知らねえよ!勝手にPCいじんなよ!」
しかし加島は気にせずパソコンに手をかける。いいぞいいぞ、奴の検索履歴を暴いてしまえ!奴の秘密を、性癖を、本質を曝け出してしまえ!そしてかなみんに嫌われてしまえ!これほどの絶望はあるまい!
それなのにどういうことか。竹下はこの絶望の中で、俺を睨みつけるように、力強い意思を持って見てくる…
「おい!……なぁ、思い出せよ清水!お前が初めて告白された時のことをよ。皆にからかわれて、結局破局したことがあったよな。」
「うるさい」
こいつ…なんで今、そんな昔のことを持ち出してくるんだ…俺の、一番触れてほしくないことに…
「皆お前のことをいじめてたよな。こんな裁判みたいなこともしてたし。」
「…知らん」
やめろ…それ以上言うな…
「お前をいじめてたやつに仕返しすることはかまわねえと思うぜ。だけど、今のお前はいじめる側に移っただけだろう!あの頃お前が一番嫌ってた人間だぞ!清水!」
清水「……」
そうさ…分かってたさ…俺のやっていることは、醜いことだって…過去の嫌な事から目を背けていることだって…この裁判はただのやつあたりなんだって…でも。そんなことにも向き合うには勇気が必要なわけで…1人で向き合うには、俺は弱すぎる人間なわけで…
「そんなこともあったのですね、清水君」
「……そうだな、こんなんじゃ、あいつらと同類だな。」
でも、今回みたいな、誰かのおかげで立ち向かえることも出来た…俺は、いい奴等に囲まれているのかもしれない。
「わかってくれたか清水!」
「では、もうこんな裁判を終わらせましょう」
ああ、なんと素晴らしき心地か。今なら、全てを受け入れられる気がする。
「うむ…判決を下そう…」
この気持ちを言い表すには立った一言でいいんだ。そう…
「有罪」
「はぁ!?なんでだよ!?お前感動してたじゃねえか!今までのいい流れを止めんなよ!」
「それとこれとは話が別なのですよ」
そう、俺の過去とかはどうでもいい。今問題なのは竹下の罪についてだ。
「刑罰は、裸で構内一周だ。そうすればかなみんの竹下に対する幻想をぶち壊せるだろう。」
「え、嫌だよ!ち、近づくな!」
「奴を裸にしてやるぞ!かかれーー!!」
「うおおおおおお!」
「や、やめろおおおお!」
こうして、清き清浄なる世界への粛清は1歩進んだ。