〜目覚めた先〜
初投稿です。
どうぞよろしくお願いします。
1. プロローグ
ただ何も考えることなく、目を開けた。
いや、開いたと言った方が正しいだろう。
ここはどこだとか今何してたとかそんなことよりもまず、当たり前のように右手がおでこ左に伸びていく。
指先に当たったもの…髪ではなく固い。しかし人の肌ではない。そして少し冷たくて。
しかしそれが何かはすぐにわかる。指先から伝わる感覚に、少年が命よりも大切に思うものがあるとわかったその瞬間からこの少年の思考は始まる。
これは、黒いピンだった。2つの薄汚れたピンが、この少年にとっては命よりも大切なものだとわかっていた。
少し淡い水色がかったサラサラの綺麗な白髪。肌は白く、腕も足も男とは思えないほどスラリとしている。
容姿も整っており、誰もが惹かれてしまうような少年だ。
ただその瞳と頬だけは、人目をひくものがあった。
瞳は底のない深い深い闇を抱えて、頬は明らかに異様な火傷の跡が刻まれていた。
少年の名はユキ。それ以上の情報はユキにななかった。
目が覚めた、ということは、今まで寝ていたということだ。
この質感、ベットに違いはない。
つまりここで寝ていた、ということになるのは歴然。しかしここで大きな問題が発生した。
いつ寝たのか、そもそもここはどこなのか、さっぱりわからない。つまり、思い出せない。
酒でも飲んで倒れでもしたのだろうか…。いやしかし、ここが例えば自宅だとして自分の家がわからないとなるとその可能性は低い。それにユキは酒を飲んだことすらない。
ユキはそこで初めて体を起こした。
現状を理解するためだ。
左太ももに重みを感じた…。
…人が寝ている。
珍しい青と黒の混じったような色をした髪しかみえないが…、この人は誰だろう…そんな事を考えながらベッド横の棚には冷めきった恐らくお粥であろう食べ物が置いてあったことに気づく。
少年の太ももを枕に寝ているこの少年は、自分の看病でもしてくれていたのだろう。
「 …あの、起きてください。…僕…今何もわからなくて。」
とりあえず、この人を起こさなくては。
「 …あーーぅーー…ぁー起きたんだね〜… 」
少年は眠そうにそう言いながら体を起こした。
「 おはよ〜!調子はどう?大丈夫?君ね〜珍しかったから連れて来ちゃった☆ 」
寝起きとは思えないハイテンションで早口を繰り出す少年の言葉は理解できなかった。
「 …えと、調子は…いいです。でも、記憶が何もなくて、多分…記憶喪失…?みたいな感じで。…ぁでも、全部は忘れてなくて、名前とか、自分の事…少しだけなら覚えてます。」
とりあえず質問に答え、続けて「珍しい」について聞こうと思ったが。
「 そうなの⁉︎ えーっ外の世界のこと知りたかったのに〜!! ざーんねん。まっ、仕方ないね!どうせこの村に入っちゃったらどうせもう出られないんだし!あぁあと敬語じゃなくていいよ同い年みたいだからね!」
怒涛の勢いで次々と情報が追加されていく。
「 いや、あの…。もう少しわかりやすく説明してくだ……してほしいんだけど… 」
「 あっ、そうだったね!ごめんね〜人間なんて久々に見たからつい興奮しちゃって…。君ね、いきなり倒れてたんだよ。驚いたよーほんとに。この村に住んでる僕以外の人たちも怖がっちゃってさー。あっ、それよりあのね、僕はシャオン!ほら!見ての通り、猫さ。」
確かに、先程から頭から生えてる二つの猫耳と尻尾は気になっていたけれど、やっぱり人間じゃなかったらしい。
「 それは、生まれつき?それとも… 」
それとも…の後は、わからないが、一応可能性を考えてそれっぽく言ってるだけである。
「 んー。さぁね〜。悪いけど、人間にいい思い出はなくてさ。君が信用できるまで言えないってところかな 」
笑顔だったが、要するにユキにはまだ知る権利がないとハッキリ言っているわけだ。
「 …実はさ、この村、隔離されててね。僕たちってほら…人間じゃないでしょ?だからさ、僕らを危険に思ったこの国の政府どもが、山の奥の奥に小さな村を作って、食べ物は自分たちで栽培できるようにして、水も川で飲めるようにして、最低限の生活を出来るようにして…。そこまでして僕たちのような人間と動物の間の半人を隔離しようって考えたわけ。まぁ、ここに収監される前だって、暴力とか蔑みとかそんなんばっかだったし、そんなに変わらなかったけど…。でさ、いつだか知らないけど、僕たちを監視してる奴ら、みんな死んじゃったみたいで、出る方法も知らないまま、今もずっと閉じ込められたままなんだよね。…言ってる意味、わかる?人間くん 」
ニコニコと憎めないような笑顔。
しかしそこに見え隠れする、人間への怒り、殺意。
それをユキは確実に察知できた。
「 わかるよ。つまりシャオンは、出ることも入ることも出来ない村のはずなのに、僕が村の中で倒れていた意味がわからないんだね? 」
「 そうそう大正解〜☆いや〜物分かりが良くて助かるなぁ〜!うんうん! 」
見下すような嗤い。
今怪しい動きを少しでもすれば、一思いに殺してしまいそうなほどに恐ろしい嗤い方だ。
「 隔離に…動物の性質を持った人間…? …不思議な場所だ。でも、記憶がないだけで、もしかしたらこれが普通なのか…? 」
「 さーね!わかんないけど、でも記憶がないんじゃ出る方法も知らなさそうだね。君に利用価値はないけど、殺すのは可哀想だから生かしておいてあげる。…でも、あんまり僕たちをバカにしてると殺しちゃうから、気をつけてね?ふふっ! 」
シャオン。
猫と人間の半人の少年。
きっと過去に、深い闇があるのだろう。
しかしーーー。
「 大丈夫だよ。僕は殺されない。…それじゃ、よろしくね?シャオン。」
ユキは知っていた…殺意を。
怖がらないユキを見てシャオンは驚いただろう…が、眉ひとつ動かさず、シャオンは返した。
「 うん!せいぜい頑張って☆ よろしくね、ユ〜キくん☆ 」
■ □ ■ □
「 …じゃーまず、君が記憶喪失なのはわかったから、自分の覚えてる範囲でいいから君のこと詳しく教えてくれる?少しでも君に危険がないなら村のみんなに合わせられるからね。」
シャオンはもう一度椅子に座りなおし、腕を組んでそう話を持ちかけた。
「 …。わかった。だけど、僕のことを教えるかわりにもっと村のことや村人たちのことも教えて欲しい。」
ユキは自分に被さっていた毛布をどけて、もし仮にシャオンが何をしてきても対処できるようにベットを腰掛けがわりにして座り直した。
シャオンは考えた結果、首を縦に振った。
「 いーよ。でもま、君の返答次第だけどー 」
適当そうにあくびをしながらいうシャオン。こんなにのんきな仕草をしていながら、一体どれだけ自分のことを偽っているのか…ユキには皆目見当もつかない。
「 じゃあまずは、僕のことだね。…記憶喪失…って言っても、シャオンもさっきからチラチラ見てるけどこの頬の火傷…これのことは覚えてる。そして、この…黒いピンのことも。」
ソッと左頬の火傷に触れた。
触れた瞬間、薄れていた感覚が蘇り始める。
身体中が燃え盛るような痛みに襲われ、言い表せないような恐怖に溢れかえる。
イタイ…クルシイ。
「 ぐ…ぅッ、はぁ…っ、はぁ…ッ 」
ただ頬に触れただけなのに。
ただの火傷の跡ではない…。おかしな話だ。
記憶がなくても、この頬のことはたった少し覚えていた。
誰につけられたのか。なぜこんな傷が。
そんなことはわかりもしないが、ただこの頬の火傷がユキの何かを束縛していることを鮮明に理解していた。
痛くて痛くて、泣いて喚いても肉の焦げる匂いが鼻から離れてくれなくて。
「 …これが、この頬の火傷について覚えてることだ。…この火傷だけには、触れないでほしい… 」
思い出したくないことを、無理に引きずり出されてまで思い出したくない…。
「 なぁるほどね。確かに顔にある傷だったし気にはなったけど、どうやら結構ユキの人生に関係してそうだねぇ〜 」
確かに普通ではない火傷の跡と、尋常じゃないユキの反応にシャオンは嘘ではないことを悟る。
「 で、そのピンは?言っちゃ悪いけど、だいぶ汚れてるね。」
シャオンのいうとおり、ユキの左の前髪を止めている2つの黒いピンは、お世辞でも綺麗とは言えない。
ピンに触れるユキ。
頬に触った時は身体中が締め付けられるような感覚さえしたと言うのに、このピンに触るとほっこりと心が温まるのがわかる。
「 …このピンは…、多分、命より大切なものだ。起きる時も、何も考える前にこのピンがあるかどうかを確認したし…。でも、誰にもらったかは覚えてないんだ。きっと、心の底から大切に思う人からのプレゼントだったはずだよ。」
指先には無機物の温かみのない冷たい感覚しかないが、それでもユキの心は何よりも強くこれを喜んでいた。
「 火傷に汚れたピン…。ユキ、君は人間にしては想像をはるかに超えた人生を歩んできたみたいだね。…なるほどねぇ… 」
ユキの話を一通り聴き終え、シャオンはユキの瞳のその奥をじっと見つめた。
誰もが唾をも飲む深い深い闇。
底知れぬ闇を抱える事を物語っているユキの瞳に光などはない。
その瞳が見たであろう惨劇をユキは知らない。知りたくないと、無意識にその記憶の存在を否定しているのだろう。
シャオンはその瞳の闇と、ユキ自身に…初めて人間に興味を持った。
「 そっか…。人間ってさ、みんな傲慢で、自分のことしか考えてなくて、ホント、どんなやつもクソみたいな奴しかいなくて、殺してやりたいくらい大っ嫌いだ。でも、ユキみたいな目をした人間は初めて見たよ。僕が見てきた限りでは、人間の目って汚くて、いつも人を見下してて、僕たちを嗤っていたから…少し驚いたよ。」
しかしシャオンは人間を恨んでいることは変わりないようだ。
だが、少しでもシャオンに安心を与えられたことがユキには嬉しかった。
……でも。
「 …シャオン。君は人間が大嫌いだって、言ったね。」
突然、空気がガラリと変わったのがシャオンにも分かったのだろう。
シャオンは少し警戒した。悲しいような、恐ろしいような、そんなユキの気配を感じ取ったから。
「 …言った。それが…なんだと言うの? 」
先ほどとは明らかに違うこの小屋の空気が、シャオンの心拍数を徐々に上げていく。
なんで…こんな心臓が荒ぶるんだ。
こんな人間、怖くない。
人間なんて、一瞬で噛みちぎれる。
一瞬で裂くことだって。
そんな、まさか。そんなはずはない。
だって、ユキには動物の耳がない。凶暴な爪も、牙も。そんな華奢な腕や脚じゃ、獣じみた速さで走ることも殴ることもできないだろう?
そうだ。ユキは人間だ。
なのに、なのになんで。
こんなにも、ユキが恐いーーーーー?
どうでしたでしょうか。
次回を是非お楽しみに。