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今があるのは、全て今日と言う日だから

作者: 雪降る夜

「雪が降ってますね」

薄暗い小さなサークル活動部屋。無造作に散らかった推理小説。昨日まで読みかけだった本に栞がはさまっている。どうも本を読む気にはなれなかった。同サークルの川崎かわさきに言われて、ふと窓を見ると、ちらちらと白い結晶が窓枠の上から下へと揺れ落ちていく。

「先輩は明日予定あるんですか?」

容姿端麗の後輩である川崎は少し勝ち誇った声色だ。どうせこいつには予定とやらがあるのだろう。もちろん俺には無い。

「無いよ……」

ため息を吐きながら窓際に立ち雪を眺める。

そうだ。俺には予定こそ無いが、川崎がこんなことを俺に聞いてくる心当たりはある。恐らく、同サークル唯一の女子、真木まきに関してのことだ。

彼女は俺の1つ下の同学部、文学部に所属している。ちなみに川崎は真木と同学年で、近頃よく二人でキャンパス内を歩いているところを目撃する。

「あ、そうだ川崎……ま」

「こんにちはー!」

推理小説同好会、と書かれた貼り紙のついた扉を開けて入ってきたのは、今俺の話に出てきた真木だ。薄暗いこの部屋にぱっと彩りが加わる。

「川崎くん、昨日言ってたイルミネーションってどこで見られるの?」

真木が割りと大きな声で川崎に話しかけた。

「あ、ちょっ……今日連れてってやるよ」

川崎が声を潜めている。そう言えば今日は12月24日だっけ……。生粋の仏教徒だった我が家はクリスマスと言えば年末が近いということもあり、色々と来年の気運がどうたらだの大掃除がどうかなどと、聖夜の夜にキリストの生誕を祝っている余裕などはなかったものだ。もちろん、大学に進学して我が家を離れた今も、他の人たちと同じようにクリスマスツリーの下で大切な人とのひとときを過ごすこともなく、マンションの自室でゆっくりと推理小説でも読んでいたっけ。

とまあ、こんな調子なものだから、今年だって、川崎が真木とイルミネーションとかいうキラキラした電飾を見に行こうだなんて誘っていたことなんて何も気にしていなかった。強いて言えば、あんなに続きが気になって仕方なかった推理小説を読む意欲が殊更無いことだけが気がかりだった。

今読んでいるのは、『月明かり』という題の推理小説。俺がこの本を読むこととなるきっかけは当時は推理小説ミーハーと思っていた真木の薦めによるものだった。

――先輩、この小説とても良いですよ、もし読んだことなかったら読んでください。

女性向けと言わんばかりに明るく彩られた表紙に初めはドン引きしていた。しかし、読み進める内に文体の繊細さ、ちらちらと見え隠れする話の核、被害者を取り巻く人間関係とその心情に引き込まれていく自分がいた。 そして、ミーハーだと思っていた真木に対する見る目も変わったのだ。

関係の無い話はさておき、今日は近所のショッピングセンターにでも寄って、たまには違うジャンルの本でも探してみようと思い、既に出掛けた川崎と真木の後、誰もいなくなって薄暗くなった部屋の明かりを消して、立ち去るのだった。


「屋上の広場にて、クリスマスツリーとイルミネーションの展示を行っております! 是非ご覧を!」

ショッピングセンターはカップルやファミリーがわいわいと並んで訪れていた。店員も年齢に会わないコスプレをして雰囲気作りに励む。川崎と真木も、今こうやって楽しそうに並んでいるのだろうか。また関係ない話をしてしまった。


立ち読みしても、良い本は見つからず、マンションへと帰途を辿る。河川敷に広がる地味なイルミネーションを微笑ましく眺めている。こういう不格好でもあじわい深い物もあるのだが、以前川崎とここを歩いてそのことに関して説明したとき、にやにやと小馬鹿にするかのように笑っているだけだった。そんなことを思い出しながら、一歩一歩、うっすらと白く染まる道を重いブーツで踏みしめて帰るのだった。


翌日、午後6時にサークル活動部屋に入ると、真木が何やら一人で紅茶を飲みながら『月明かり』を読んでいた。俺が読んでいたそれの、栞をはさんだままの状態だった。

「あれ? 真木……今日予定あるんじゃないの?」

「え?」

真木が少々腑の抜けた声を出す。

「ま、まああるにはありますが……」

「川崎は?」

「川崎くんなら……用があって外出してますよ」

あれ? 何かがおかしい。腑に落ちない何かを感じていた。真木の声もいつもと違って暗い。いつもはこの薄暗い部屋を明るくしてくれる、そんな存在のはずなのだが……

気づけば彼女は不満そうな顔に変わっていた。

「……何だか気分悪いんで、散歩付き合ってくれませんか?」

もしかして川崎と昨日何かあったのか……? 地雷を踏んだような気がして思わず萎縮して、声まで細くなっていた。


もう彼女の言うことに従うしかなく、雪がうっすらと積もった道を歩いていた。

「先輩は今日予定とか無かったですよね?」

「ああ、もちろんだよ」

何だか決めつけられているのが複雑な気分だ。何を話せば良いのだろう。むっとした顔をしていて表情が固い。気づけばあの河川敷に来ていたではないか。不格好に輝くイルミネーションが、今の自分の心を表しているようで、いつもなら趣深いと思っていたものさえ、何だかもどかしさを覚えさせる。


「先輩、川崎くんから何も聞いてないですか?」

何のことだ? 全く検討が付かない。

「よかった……川崎くんバカだから喋っちゃわないか心配だったんですよ」

雪が振るのが遅く感じる。いや、違う、これは……

「先輩、私、先輩のこと……」


あ、今全てを理解した。予定が無いことを知った川崎が勝ち誇った笑みを浮かべていたのも、昨日イルミネーションを見に行くと俺には聞こえないように言ったのも、さっき彼女に川崎の話をしたら不満そうだったのも、全てこのときのための――


「好きです。ずっと」

いい伏線だ。ゆっくり頷くと、彼女の冷たく赤くなった手を握る。

雪の降る速度は、また更に遅くなっていた。

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