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ワープとタイムスリップ

赤牟高校に初めて行った日の夜、僕は持ち帰ったウィルイデシスの和訳のコピーとノートパソコンを机の上に広げた。別に本当に人間の心が物体を動かすなんて思っていなかった。ただ単に、もしこの本に書いてあることが本当なら心はどれほどのエネルギーを生むのか、人間よりずっと強い心とやらがどこにあるの予想したかった。どうせ子供の遊びだ、僕が何を考えたって誰も文句は言うまい。


その日一通り読んでわかったことは、心の持つ性質は静電気よりもむしろ万有引力に似ているということだ。つまり引こうとすれば物は近づき、押そうとすれば遠ざかるということ。しかし心というのは一つの数字で表せるほど単純なものではなく、多くの性質が複雑に押し合い引き合い影響しあっている。もちろん心なんて科学的に測定できるものではない。だからこういう儀式をしたときの心はこういうものを動かせる、というように経験をもとにするしかない。そしてその経験則をまとめたのがこの魔導書ウィルイデシスというわけだ。


しかし、それで本当にいいのだろうか。そうやって法則性を探すことから逃げているから魔法が科学にならないまま放置されていたのではないのか。もちろん世の科学者はこんな本を見つけても世紀の大発見とは思わないだろう。しかし神も悪魔もいないと証明できない以上はいないと言えないように、心が生むエネルギーの存在だって証明できない以上は嘘とも真とも言えない。だから僕はもう少し魔術研究会と付き合うことにした。科学の代わりに魔術が世界を支配するという不可能に近くとも大きなプロジェクトに参加してみたいと思ったのだ。


「それで有部さん、先週の魔導書で何かわかったの?」


次の週も僕は赤牟高校に顔を出した。クリスとテルは砂漠で湖を見たかのように目を輝かせていているが、マーリンは平常運転で本を読んでいる。マーリンが本以外に興味を持つところを見てみたいものだ。


「まあ、あくまでも予想だが…イメージとしては、人は大量の糸を持っているんだ。」


「糸、ですか?」


「この魔導書では流れと書かれているものだ。この糸を引っ張ったり緩めたりすることで操り人形のように触れていない物体を操ることができる。」


「うーん…もし私があらゆるものに繋がっている糸の束を持っていたらその通りなんだろうけど、実際はそんなの持ってない。糸っていうのはどこにあって、どうすれば引っ張ったり緩めたりできるのか、それが1番大切じゃない?」


「例えば、電磁石は知ってるだろう?コイルに電流を流すとコイル自体が磁石と同じ働きをするっていうあれだ。電磁石は電流を大きくすれば磁力も大きくなるし、電流を小さくすれば磁力も小さくなる。それと同じような性質が心にもあれば、糸を引っ張ったり緩めたりしているのと同じだろ?」


「電磁石を使っても自分より右にある磁石を右や左に動かすことはできるけど、上に浮かせることはできないよ?まして悪魔を召喚したりはできないんじゃないかな。悪魔を物理的に引っ張ってくるわけでもないし…」


「そこのところは混乱させるから言わないでおいたんだが…この魔法の力は3次元よりも上の次元にも干渉する。つまり、原理的には時空を歪ませてワープやタイムスリップなんかもできる。莫大なエネルギーが必要になるが、ワープで悪魔を召喚するなら文句はないだろう?」


案の定クリスを混乱させてしまったようで、テルは随分前から理解するのを諦めて机に突っ伏している。学校の先生とはいつもこういう心境なのだろうか。意欲のある生徒でさえ適切な教え方をしなければ理解してもらうことは難しいのだ、そもそも意欲のない生徒でさえも勉強させる気にさせる教師とはどれだけすごいものなのか思い知らされた。


そんな中、マーリンが急に本を閉じ、カバンからレポート用紙1枚と糸1本を取り出し、レポート用紙に2つ穴を開けて糸の両端を穴に差し込んだ。


「神原先輩、それなんですか?」


「糸で物を引っ張る図。」


「そんなことはわかってるの、なんで今作ったのか聞いてるんだってば。」


マーリンは無言でそのレポート用紙の裏から糸を引っ張った。穴と穴の間がクシャっと折れ曲がりちょうど二つの穴が重なったのをクリスとテルに見せるとマーリンが再び口を開いた。


「この図にとって世界は紙の表面。だから糸を引っ張れば世界は歪む。」


「ああ、なんとなくわかった気がする。三次元の外にまで働く力だったらワープホールができちゃうんだ。」


マーリンは軽くうなづいた。テルはまだ何のことだかわかっていないようだったから、クリスは口数の少ないマーリンに変わって説明を始めた。


「私とテルが綱引きをしてるとするでしょ?」


「想像するとシュールですね。」


「あくまで想像だからね。それでもし私たちのいる世界が写真とか銀紙みたいにペラペラで糸が世界からはみ出すことができるなら、このレポート用紙みたいに世界が折れ曲がる。」


「俺たちのいる世界はペラペラじゃないですよね。実際は綱引きで世界が折れたなんて聞いたことありませんし…」


「1次元の糸は2次元の方向に曲げられるし、2次元の紙は3次元に曲げられる。それなら3次元の立体だって4次元の方向に曲がるでしょ?実際の糸は3次元からはみ出さないけど、この魔法が4次元にも働いたとしたら悪魔と私の心が引き合って空間を歪ませるかもしれないんだよ!」


クリスは僕が今日ここに来たとき以上に目を輝かせていたが、テルはまだ頭を抱えている。マーリンに至っては読書を再開してしまった。


「頭では理解できますけど、感覚としては掴めないですね…」


「この魔法が使えるようになれば感覚的にも分かるようになる。逆にこんな魔法が存在しないのならわかる必要もない。どっちにしても今感覚をつかむ必要はないんじゃないか?」


「それはそうなんですけど、1人だけわからないって疎外感あるんですよね…」


そんな個人的な不満を満たすために説明を続ける必要はない。この一週間で僕のできることはすべて終えたのだから、あとはこの3人に任せて研究結果を待つことにしよう。高校生と言ってもこれまで魔術を研究してきたのだ、今回の魔法も何かしら形にしてくれるだろう。

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