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魔術研究会のレポート

「先日書店でお会いした者です。どのような意図で僕に魔術研究会なるものの連絡先を教えたのかは存じませんが、何か有益な議論ができるのではと思い連絡致しました。もしお役に立てることがあれば御連絡下さい。」


高校の同好会へのメールにしては硬すぎるとは思ったが、これだけ書けば本当に有益な議論ができる同好会でないと僕を呼ぶことはないだろう。昨日あった彼女を見る限り、それなりに真面目に活動しているのだろうけれど。


その次の日返信が来た。


「ご連絡ありがとうございます、赤牟高校魔術研究会です。土日祝の午後1時から5時までの間、本校4階多目的教室へいつでもお越しください。魔術師を揃えてお待ちしております。」


この文面を見て気がついたが、僕は物理学は多少心得ていても化学は高校の範囲しか知らない。もし同好会の中に大学生向けの化学の学術書を読んでいる人がいたとすれば、僕は化学でその人には敵わない。魔術は化学の前身である分野がとても広い。つまり研究するのに化学を知らないのはあまりにも場違いなのだ。しかし彼らとの言う魔術師とは本当に科学の前身である魔術を研究する魔術師なのだろうか。こうも胡散臭い文面を見せられると、ただのオカルト研究会、よくて手品同好会なのではないかと疑ってしまう自分もいる。確かに昨日の彼女は本物の魔術師を目指しているのだろうが、その心持ちをしているのが彼女一人とも限らない。そんな不安を抱えつつ、その週の土曜日に赤牟高校へ足を運んだ。そこで出迎えてくれたのは3人、その内1人は昨日書店で会った彼女だった。


「店員さん、ようこそ魔術研究会へ!」


「僕は有部ありべしゅう。ここまで来て店員さんはないだろう。」


「じゃあ有部さん。私は3年の浜戸はまどクリス。改めてよろしく。」


クリス、第一印象を裏切らない名前だ。顔立ちが西洋人に近いと思っていたが、名前からするとハーフだろう。キリスト教、ユダヤ教、密教、道教など様々な宗教に興味を持ち、書店でそういった本を買っているらしい。部室の一角は書店で見覚えのある本がならんでいた。部室の反対側を見ると魔導書と思しきものと束ねられたレポート用紙が並んでいる。ソロモンの鍵、大奥義書、ネクロノミコン、ウィルイデシス…他にも多く並んでいるが何語で書いているのかさえわからない。おそらく魔術が信じられていた時代に書かれた魔導書を翻訳したものだ。そしてレポート用紙を見てみると、日本語に魔導書の一部を翻訳したものだと言うことがわかった。


「こっちの本棚は私のだけど、あの魔導書は全部マーリンのだよ。」


「マーリンっていうのは…?」


神原かんばら茉莉まり、2年。」


さっきからこちらには目もくれずに分厚い本を読んでいる、マーリンと呼ばれた少女がそっけなく自分の名前を言った。他人に興味がなさそうで、本の中の世界に住んでいるという表現が似合っている文学少女という印象を受ける。魔導書を多く所持しており、それを翻訳するような語学力が並外れて優れているのだろう。こちらはクリスとは別の意味で魔術への熱意を感じる。


「あと、そっちの本棚はテル、狩村かりむらてるの本ね。」


「1年の狩村です、よろしくお願いします。恥ずかしながら、難しい本ばかりでどれも最後まで読めていないんですけどね。」


そこにいた唯一の男子生徒である少年が口を開く。テルの本に目をやると、そこには手品や催眠術、錯視などに関する本が並んでいた。僕が想像していた魔術とは違うが、卑弥呼がやっていた魔術とは現代で言えばこういうものだったのだろう。


「なるほど、宗教、魔導書、心理学か。それで、何か研究の成果は出たのか?」


「それは…ぼちぼちかな。一応そこの棚にまとめてあるけど、どれもぱっとしないんだよね。」


指さされた棚を開くと、単行本程度の厚みのあるレポート用紙の束がぎっしりと入っていた。中身に目を通してみると、魔導書に書かれている魔法を再現する実験レポートのようだった。おそらくマーリンが翻訳したものをテルが手品の知識を使って原理を導き、クリスが儀式的なものの解釈をしているのだろう。高校生にしては上手にまとめられているから、これだけのものがあれば部誌を出すことだってできるに違いない。それなのにクリスが納得のいっていない理由が僕には分からなかった。


「…どこがパッとしないんだい?」


「だってこれ、魔法なんてくだらないって言ってるようなものじゃない?私は神や悪魔を召喚する魔法を使いたいのに、空間を歪ませるとか、何もないところから光を出すとか役に立たない魔法ばっかり。」


「浜戸先輩、無茶言わないでくださいよ。そんなの催眠術で思い込ませる以外にどうしろって言うんですか!」


レポート用紙を見ると、錯視を使って空間を歪ませる実験と蛍光塗料を使って光を出す実験が書かれているページを見つけた。確かにこれでは神秘の欠片もない。しかし原理を追求するというのは神秘のベールを剥がしてしまうことと同義だ、ある程度は仕方が無い。


「魔法を科学で擬似的に再現するのは魔法によっては容易いかもしれない。でもこの前書店に来た時クリスは僕に言っただろ、科学で説明できない魔法があって、それを説明できれば科学を超える、とね。それは見つかった?」


「それが見つかってたら不満はないんだよねー…あっ」


クリスが何かを思い出したかのようにマーリンに目を向ける。マーリンはクリスの視線に気がつくと読んでいた本に栞を挟んだ。


「例の魔法、訳し終わった。」


そう言うとマーリンは床に置いた鞄からレポート用紙の束を取り出すと、机の上に置いた。表紙にはウィルイデシス17-9と書かれている。おそらくウィルイデシスという魔導書の17章9節を訳したのだろう。


「お疲れ様。実はこれを有部さんに見てもらいたかったんだよね。」


「ウィルイデシスの17章…ああ、神原先輩でも訳すのに苦労してるっていうあれですか。日本語見ても何を言ってるのかわからないんですよ。」


ウィルイデシスの和訳をマーリンから受け取り目を通す。その前書きは古代の哲学のような、根拠のない空想のような、不思議な言葉だった。


『この世は流れで出来ている。生まれ老い死ぬ流れがあるように、決して逆らえない流れがこの世を張り巡らせている。その流れの始まりと終わりは同質のもので、人の心と同じものである。この質が一般に心と呼ばれるものだ。この世には人の心よりもずっと強い流れを作る心が遍在していて、人はその流れを利用して物体を触れずに操ることができるはずなのだ。それさえできれば流れに逆らうことさえ難くないだろう。』


「どこかで似たようなものを見た気かするな…」


「えっ、有部さんって魔導書読むの?」


「違う、そもそも俺はここに来るまで魔術なんて微塵も興味がなかったんだからな。」


テルがそのクリスの言葉を聞いて目を丸くする。


「じゃあ先輩はなんで有部さん連れてきたんです?そもそも有部さんって何者なんですか…?」


「有部さんはね、私がよく行ってる本屋さんの店員なの。好きな本はプリンキピアって言うから自然科学の視点が足りてないうちの同好会には必要だって思ってね。」


自然科学…そうか、わかった。この世に張り巡らされた流れ、ベクトル場の考え方に似ている。その始まりと終わりに同質のものがあるということは、電場でいうところの電荷が心に当たるのだろう。つまり静電気のような力が心にも備わっていて、それを使って物体を操ることができるということだろうか、力の小さな磁石でも力の大きい磁石とならくっつくことができるように。


「マーリン、この本の翻訳はこの節全部終わってるんだよな?」


マーリンは相も変わらず読んでいた本から目を話さなかったが、小さく縦に首を振った。クリスとテルは呆気に取られたような顔で僕を見ると、示し合わせたようにお互いを見てくすりと笑った。僕はそれほど期待されていなかったのだろうが、心のどこかで期待していた部分はあったのかもしれない。


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