表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

魔導書プリンキピア

科学と魔術は比べられる。しかし科学すべてを把握している人のいないこの時代で、根拠のないエセ科学が信じられているこの時代で、科学は魔術と何が違うのだろう。

学問に王道なしとは言うが、学ぶに遅いということはないとも言う。科学に強い興味を持った僕は大学の理学部に入った。そこでの講義は高校の授業なんかよりずっと面白くて、それまでこれと言った夢のない僕が将来は学者になりたいと考えるほどだった。しかしそれも長くは続かない。両親が交通事故で亡くなり学費を払えなくなって、やむなく大学をやめて近所の小さな書店で働いている。もちろん大学の教科書を見て勉強はしていたし科学をもっと知りたいという感情は今も尽きてはいない。しかし、科学は公理という教えを守り世の中を考える宗教なのだろうか。そう僕が考えているのは、それから4年たった今の僕が自暴自棄になっているからにほかならない。


自暴自棄になったのは大学をやめたときの悔しさが原因ではない。僕は以前から量子力学での観測問題をクオリアで説明しようとしていた。しかし昨日、かつての大学の友人が、それも僕以上に科学を愛していた友人が僕の考えを笑った。真剣に聞いて反論してくれれば僕はそれを生かして新しく考えていただろうが、彼はクオリアの概念を観測問題の説明に使うと聞いただけで内容も聞かずに僕を馬鹿にして内容を聞こうとしなかったのだ。だから平日の昼はいつもはレジの前でもこっそり学術書を読んでいたが、今日はとてもそんな気には慣れなかった。


「こんにちはー」


ドアの開く音と共に、明るい女性の声が店に響いた。


「いらっしゃいませ。」


店員に挨拶をするのを見る限りよくこの店を使っているようだったが、4年間ここで働いている僕でもその顔を知らなかった。迷うことなくオカルトのコーナーに足を運んだ彼女に少し声をかけてみることにした。


「あの、よくこの店にはいらっしゃるんですか?」


「え?…ああ、いつもは高校の帰りに寄ってるんだけどね、今日は午前授業だったから」


「なるほど、道理で見ないお客さんだと思いましたよ」


どうやら神秘的なものが好きらしく、オカルト、宗教、心理学などの本を手にとっては値段を見て棚に戻していた。オカルトも何やら専門家が研究に研究を重ねて書いていそうな本ばかり手にとっていて、そこらの都市伝説や学校の怪談のような話には目もくれない。彼女のような人が宗教の開祖になり、死後の世界で弟子同士の争いに頭を抱えるのだろうか。そんなことを考えて眺めていると、今度は彼女が僕に話しかけてきた。


「店員さんは、どんな本が好きなの?」


正直、僕は本が好きなわけではない。単に科学が好きでそれを学ぶための手段に過ぎない。しかしその過程で好きになる本もある。


「プリンキピアって知ってます?」


「自然哲学の数学的諸原理」


「え?」


女子高生の口から聞くような言葉ではない。プリンキピアの日本語訳を知らないわけではなかったが、そこまでさらっと思い出すような題名でもない。


「最後の魔術師、ニュートンが書いた力学の本でしょ?」


「ニュートンを最後の魔術師と呼ぶかは置いておいて、その通りです。」


彼女はそれを聞いて何かもの申したげにレジに歩み寄った。確かにニュートンは最後の魔術師と呼ばれている。というのも、今の科学は魔術を元に作られているのだ。錬金術は化学、数秘術は数学、占星術は天文学というように。ニュートンはそういう意味で最後の魔術師であるが、僕はそれでもニュートンを最初の科学者と呼びたいのだ。


「店員さん、あなたはもう魔術の時代は終わったと思う?」


てっきりニュートンを最後の魔術師と呼ばないことに腹を立てたのかと思っていたから僕は呆気にとられた。


「魔術が科学に取って代わられたのは、もちろん理論体系が曖昧だったから。でも過去の魔術には科学では説明できないこともあるのは確か。もし魔術の理論体系を明確にしたら、それは今の科学を超えると思わない?」


「お客さんに意見するのはなんですが…いや、ここからは議論だ、意見は述べよう。魔術の敗因は理論体系の曖昧さではなく、その神秘性。魔術は科学とは違って流派の外に研究結果を明かさなかった。師匠から弟子へ伝わるだけだから魔術が一般市民にとって不思議な力でいられる。しかし、流派の中だけの研究と全世界の研究、どちらが優れているかなんて明白だ。」


「確かに魔術も理論体系がはっきりしていたかもしれないね。でも科学が魔術より優れているのはこのまま科学が進歩したらの話でしょ?プリンキピアが発行されたのは17世紀、紀元前から実験を繰り返した魔術をせいぜい400年しかない科学が追い抜かすのは、いくら研究してる人の人数が多くても無理だと思わない?」


言われてみればそうだ。魔術を元にしているとはいえ体系化を始めたのはたった400年前。魔術がそのまま科学になっているものも多いから、実質は魔術の方が優れている面もあるのかもしれない。2000年以上実験を続けているんだ、今の科学で説明できない現象が起こっても不思議ではない。


「なるほど、魔術の時代は終わっていない。これから魔術書に載っている実験から目ぼしいものを見つけて理論化する、素晴らしい。しかしそれは科学者たちがすでにしているのだから科学の時代が終わり魔術の時代が再来、ということにはならないのではないか?」


「どんなに魔術をしても科学に飲み込まれる、要は科学と明確な線引きができればいいんでしょ?」


彼女は得意そうにそう言うと、レジに一冊の本とメモを置いた。メモには「魔術研究会」の文字とメールアドレスが書いてあり、本は般若心経の解説書だった。それが意味することは、そのときの僕にはまだわからなかった。

理屈っぽいSFを書きたかったので書いてみました。理屈の部分は雰囲気だけ感じてくれればと思います。もし理屈を深く読んでおかしい点を見つけたら、教えてくれると嬉しいです。おかしいまま物語を進めてしまうかもしれませんが。


登場人物に名前をつけたのが久しぶりなので、かなり適当なネーミングです。有部秀は物理学者の名前から、浜戸クリスは預言者の名前から拝借したりしています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ