酒場の面子と彼らの争い
「やどかりくん帰ってきましたよ、皆さん」
ルキ島の港町、酒場の入り口で声をあげたのは見習い水兵の7(な)番。
扉を開けると、海の匂いと酒臭い彼らが迎え入れてくれた。木曜深夜2時、今日は一週間に一度のメンテナンスの日。
彼らの休日はたった3時間しかない。
「よーす、7日ぶり」
彼は港で荷運びをしている青年アモン。目つきが悪いが心は純粋。黙っていればイケメンなのに残念な奴。この間カルカーノの女性宛てにラブレターを書いていた。今時リアルでもそんな可愛げのある奴いないと思う。
「アモン、彼女から返事預かってきたよ」
「まじか!いやまじ嬉しい」
そう言ってにやけながら茶色い封筒を切るアモン。鼻歌まで唄って自分の世界に浸っている。こうなったら誰の声も届かない。
ある人を探して酒場をきょろきょろ見回していると、七番がオレの求める答えを教えてくれた。
「リンさんなら奥ですよ」
木でできたカウンターを越えて、中へと入る。
「待ってたよー、かり」
リンはオレを見ると一度微笑んでまたいつもの仕事に向き直った。
落ち着いた雰囲気を持つ青年料理人のリン。彼の笑みは女性[GATE]ユーザーの7割を店の常連にするほどでもある。なにかフェロモンが出てるんだろう。多分。男のオレでさえも通ってる次第。
リンは厨房で他のNPCの為に珈琲を淹れていた。
オレは彼に頼まれていた食材をアイテムポーチから取り出す。
「ここ置いとくよ」
カルカーノの特産品。リンはルキ島の外を見たことがない。だからその代わりに、各地方の特産品を持ってきてくれとオレに頼んできた。
「いつもほんとありがとね、かり」
うっす、へ返事をして表へ出ようとしたらふいに声をかけられた。
「かりも珈琲飲んでみる?」
それを聞いて口の中に苦い何かが広がる感じがした。オレは珈琲が苦手だ。それを知って聞いてくるところ、こいつは遠まわしいじめっ子の素質があると思う。
「ミルクティーでお願いします」
そういうと、だと思ったよ。とリンは笑みを見せた。
「ぶれないねえ。たまには大人の味も飲んでみたらいいのに」
リンに淹れたての珈琲を4つ渡されたので、トレンチに乗せてついでに持っていく。客の中に船長のおっちゃんや先ほど草原で見た少女もいた。
「きみは、あのときの」
「・・・」
少女とは一度目があったが、直ぐに視線を逸らされた。彼女は人間を怖がっているみたいだった。その代わりに船長のおっちゃんが答えてくれた。
「そりゃあ、あんさんらプレーヤーが乱暴なことするからなあ」
「乱暴なこと?」
心当たりはあったが、オレが知っているのは先ほどの一件だけだ。だがおっちゃんの物言いはそれ以外にもまだあるような気がした。
「なんだ聞いてねえのか、やど坊は。最近、NPCを狙った犯罪が増えてるんだよ」
おっちゃんの言葉が終わると同時にドンと机を強く叩く音がした。音のした方を見ると、そこにはルキに住む一人の少年がいた。
「僕は人間が許せない」
少年の身体にも大きな怪我があった。彼の気持ちは分かる。だけど怒りの矛先に違和感を感じた。
「違う!皆が皆そんなことをする奴じゃない」
オレも声を上げる。NPCの話に人間が絡むべきじゃないだろうけど、言わずにはいられなかった。
「分かってます。やどかりさんはそんな人じゃない」
答えたのは7番だった。彼は一度口を噤んでから、また言葉を続けた。
「僕らNPCはダンジョンにいるモンスターと違って回復機能がありません。だから一週間に一度のメンテナンスまで待つしかありません。痛みは感じません。でも、現に彼らみたいに仕事に支障が出ているNPCもいます」
「それは・・・」
彼の言葉に返す言葉がなかった。この世界には人間同士でのマナーはあってもNPCを守るルールがない。上手く行かないもんだなと思った。
一週間後、少年はこのゲームから末梢された。『NPCが襲ってくる』と複数のバグが通報されたそうだ。
自分は小さいときから、世界には自分の知らない裏の世界が絶対あるって信じて今まで生きてきたんですけど、未だに見つけてないですね。某魔法学校からの招待状も10歳のとき来なかったですし。おすし。