花
「誰にも気づかれなくても
私は此処で待ちましょう
いつか貴方が通りすがって
私を見つけてくれるのを
ほんの小さな季節はずれの
紫色の菫の花です
いつ踏みつぶされて
果ててしまうかも知れない花です
それでも私が咲いたのは
私を見つけてくれる貴方に出逢うため
まみえて微笑を交わし合うためです
その邂逅が一瞬でも
貴方には大したことではなくても
たった一度垣間見えることだけが私の倖せ
巡り逢えることがこの儚い命の意味なのです」
なんて、綺麗な空想を教室の窓から空を眺めて考えて、すっかり新緑の桜の樹をぼんやりと見つめて、普通の女の子の私は今日もまた、つまらない勉強に励むのです。名前ばっかり、春野菫子と乙女チックで、それ以外なんの変哲もない学生の私は、本当に菫の花になって誰かに摘まれて、押し花に、ドライフラワーに、ガラスに嵌め込まれた永遠になって、いつまでもうつくしく咲き続けることを夢見ています。
それが貴方の手だったら。私を摘み取るのが、貴方のその大きな右手だったら。
隣の席のよく話す男の子の横顔を盗み見て想像します。
愛するひとに摘み取られたら、それは幸福でしょうか。
きっと幸福。きっと、きっと、幸福なのだと思います。
視線に気づいてか、さっとこちらを振り向く目がありました。私は恥ずかしくなって、また窓の方へ向き直ります。頬杖をついて、何気なく、普段のふうを装います。
顔が火照った気がします。赤くなってはいないでしょうか。見られないように、彼の目を避けて、もっと遠くの空を、流れる雲を見つめました。遠くを見る間視界に入った、グラウンドの外の小道を歩く菫色の日傘が、日の光でか数秒だけ、ピンクの薔薇色に輝いて見えました。