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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 3. The Blood of The Harmless Bullet.
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〈序〉無実の血族

「光の街なんて無いのよ」


 歌うように告げる女の表情は寂しげだった。しかし、それを聴く男は、その声にどこか安堵のような響きを感じていた。ランタンの明かりに横顔を照らされながら、女は続ける。


「世界が一つの篝火になるなんてことは無い。すべての人が、自分だけの孤独な火を持っているだけ。街はたまたま、それが集まって輝いているように見えるだけなの」


 西向きのバルコニーから見下ろす世界は、延々と続く真夜中の荒野だけであった。そこには旅人や行商人の灯す焚き火すら無い。月すらも既に西に沈みかけ、夜明け前の殊更に深い暗闇だけがそこにあった。


 少なくとも二人には、そこに光は愚か、この先の未来すらも無いように見えた。


 荒野の岩のように黙して聞いていた男は、やがて口を開いた。


「それも、君の世界の本の言葉か?」


 女はそこで、見透かされたことを自嘲するかのように、少しだけ口の端を吊り上げてみせた。


「——ええ、そう。私の世界で、最も有名な賞を取った作家の言葉よ。尤も、彼は賞を欲しなかったそうだけど」


「その賞が彼を欲したというわけだね」と、男は言葉を静寂に溶かし込むように呟いた。「いつだって、最上の名声はそれを望まぬ者を選ぶね。きっとそれはどの時代も、どの世界も同じなんだろう」


 そう嘯く男の顔を、女はじっと見つめた。


「あなたも同じね」


 男は答えなかった。


「あなたも、世界に選ばれてしまった側の人間でしょう」

「それは君も同じじゃないか」

「私は自分で選んだのよ」

「ならば、私だってそうだよ」


 それはお互いに理解していた。此処に立つ自分は、これまでに幾度となくあった分岐を、自分の意志で選んできたが故の結果だということは。そしてそこには確かに、それ故の後悔も傷のように刻まれていた。

 女が真面目な声で問う。


「出逢わなければ良かったって思う?」


「もしそれを後悔するとすれば」と、男は首を横に振った。「きっとは私はそれと同じくらい、これまでの自分の選択を後悔しなければならないよ」


 お互いに今の立場でさえ無ければ、そこに憂いなど無かっただろう。親密な未来を夢見ることも出来ただろう。しかし、それは有り得ないのだ。その夢想の根元を辿ってしまうと、彼らは出逢うことすら出来なかった。


 女はしばしの沈黙の後、そっと男の胸に顔を埋めた。それは支えを求めるような、切実な抱擁だった。


「——あなたがやろうとしているのは、人々の胸の灯火を真に一つにしようとするようなもの。本当の光の街を造ろうとするものだわ」


「君はそれを愚かと思うか」


「いいえ、むしろ逆よ。この時代はまだ眠りに就いたまま。誰かがそれをそっと起こしてあげなくてはならない。そしてきっとそれが貴方なのよ」


 男はそこで、女の肩が震えていることに気づく。続いて、自身の胸元に熱量を感じた。彼が慈しむように背中に腕を回すと、女は堪えきれなくなったかのように吐き出した。


「私は違う。私の使命はむしろ逆、人々の孤独な灯火の一つ一つを、自らが吹き消していくようなもの……本当は私には、貴方の隣に立つ資格すら無いのよ」


 その嗚咽を聞きながら、男は悟る。この女には、もう自分以外に掴む手が無いのだと。故に、それは彼の決意をより強固なものへと変えた。

 彼は彼女の両肩を掴み、その涙で濡れた瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。


「三年待ってくれ」男は、鋼の意志と共に言う。「必ず、君をこの城から連れ出してみせる」


「そんな約束をしていいと思っているの?」女は男を突き放すように顔を逸らした。「その約束は、あなたにとっては呪いに等しいものだわ」


「構うものか」


 男は再び女を引き寄せ、そして、その耳元で告げた。


「君が最後に私の腕の中にいるのなら、呪いなどいくらでも受けよう」


 女の胸中に針が突き刺されるような感覚があった。それは甘美なものでもあり、そして痛みを伴うものでもあった。返す言葉の出ぬ女の口を、そっと男が奪う。


 月すらも沈んだ夜は、常世のあらゆる目からその二人の姿を隠していた。


 ◆ 


 ユナリア合衆教皇国の『前進する息吹』と称される国家成長の時代は——この恋から始まったのだ。


















【傭兵と小説家】

 -第3部-


The Blood of The Harmless Bullet.


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