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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 2. The Doll Across The Horizon.
68/83

〈十七〉ゾウイ・ミラージュの仲介

 ゾウイと名乗った青年は、疑惑の目を向ける我々を前に愛想笑いを浮かべていた。しかし、一向に場の緊張感がやわらがないことに気づいたのか、やがて諦めたように俯いた。


「……まったくもう、無茶苦茶だよ。隠密が対象の前で名乗るなんて……」


 頭を抱えながら、青年はそんな独り言を漏らす。何処となく大仰に見えたが、そこには妙に真剣な切迫感のようなものが感じられた。


「監視役、と言ったな」 バーダが冴えの入った瞳で問う。「それはどういう意味だ?」


 ゾウイは「あー」と言葉を選ぶような懊悩を見せた後で、居住まいを正した。


「そのままの意味です。俺はこの旅の間中、ずっとあなた方を監視してました。それが俺の仕事なもんで」

「旅の間中、ずっとだと?」


 俺が疑念に眉を寄せるも、ゾウイはあっさりと頷いた。


「そうッス。イクスラハからハイカーゴ、そしてアルノルンまで、ずっとッス」

「そんな馬鹿な」


 思わず俺は吐き捨てていた。そんなことがあり得るだろうか。俺は元より、皇都に着くまでの間には、あのゴルド・ボードインもいたのだ。牙持つ獣並みの嗅覚を持つあの男が、監視に気づかない筈が無い。


「それが俺の技能ですんで。まぁ、さすがにあの金髪の傭兵さんには手こずりましたけどね。いやいや、真面目な話、いつバレるかとヒヤヒヤしてましたよ」


 ゾウイはそう言いながらも、その成果を誇るかのように胸を張っていた。


「変装か」


 バーダの質問に、何故かゾウイは深々と頭を下げた。そして顔を上げた瞬間に、俺はぎょっとしてしまった。彼の顔が、年老いた老婆の顔に変わっていたからだ。


「うぇへっへっへ、その通りでごぜぇやすよ、お嬢さん」


 驚くべきことに、その声色までもが老婆のものに変わっていた。バーダが嫌悪に顔を顰めるのを見て、ゾウイはくるりと身を翻した。再び現れたのは、先ほどの青年の顔である。


「あー、一応、弁解しときますけど、着替えとか入浴とか、そういった場面はあまり積極的には監視しないようにしてますからね」

「誰の命令だ」


 彼の戯けた調子など歯牙にも掛けず、バーダは再び質問の切っ先を突き刺す。ゾウイは大きく溜息をついた。


「たぶん、あなた方の想像してる人ですよ」


 俺とバーダの口から、期せずして同時に舌打ちが漏れた。


「——ハヴァンディアか」


 憎々しげな呟きは、バーダの口からである。ゾウイは頷いた。

「そりゃまぁ、おたくらは国家の重要な秘密を知っている方々ですんでね。だいたい、分かるでしょ、あの方がおたくらを簡単に放っておかないだろう、ってことぐらいは」


 やれやれ、列車の中での俺の予想が当たった、というわけだ。しかし、それが事実だと分かれば、こちらの対応も変わってくる。俺は腰の剣に右手を添えて一歩踏み出した。


「その話を聞いて、俺がどうするかは想像しなかったのか?」

「わっ、ちょ、ちょっと待ってくださいって!」慌てた様子で、ゾウイは両手を振って一歩退く。「俺はシーモアの兄貴とは全然違うんですって、戦闘能力とか本当に無いんですから!」


「やめろ、ソード」と、バーダが俺の目前に腕を差し込んで制した。「この男を屠ったところで、我々の立場が悪化するだけだ」


 しばし眼光でゾウイを突き刺した後、俺は舌打ちと共に敵意を収めた。よくよく考えればバーダの言う通りである。あの女——ハヴァンディアがその気になれば、我々をどうすることだって出来るだろう。この監視役の男を一時的に排除したところで、俺に騎士団員殺しの罪状が下されるだけだ。


 ゾウイは胸をなで下ろしながら、大きく安堵の吐息をついた。まったく、調子の狂う奴である。バーダも呆れた様子で小さく頭を振っていた。


「それで、その監視役の貴様が、どうして我々の前に姿を現したんだ?」

「命令なんですよ。うちの上司が、直接あなた方に話したいことがあるって」


 ゾウイの口にした文脈に、俺とバーダは二人とも眉を寄せた。


「直接って」俺はその疑問を口にする。「しかし、あの女は今、ロンド・ヴェルファスにいるんじゃなかったのか?」


「ええと、まぁ、口で話すよりも、実際に目で見て頂いた方が早いかと」


 そう言って、ゾウイは懐から何かを取り出した。それは拳大くらいの羅針盤によく似た機械だった。その表面には水晶のような半球が取り付けられている。ゾウイはそれを床に置いて一歩退いた。そして、自分の腕時計にちらりと目をやる。


「そろそろ時間なんで、繋がる筈です」

「おい、いったい何をしようと——」


 と、俺が一歩詰め寄ろうとした、そのときだった。

 突然、足下に置かれた装置が翡翠色の淡い光を放ち始める。すると次の瞬間、その光は我々の目の前で形を取り始めた。


 たじろぐ俺とバーダの前に現れたのは、ぼんやりとした人影だった。やがてそれは徐々に輪郭が整えられ、瞬きを数度挟む間に我々の眼前にはっきりと顕現する。


「——お久しぶりですね、フォレスター先生、そしてソードさん」


 俺とバーダは唖然としながら、その人物の声を耳にする。それはまさに魔法の如き事象であった。


「お元気でしたか?」


 そう言って、聖女ハヴァンディアはにっこりと微笑んだ。


 ◆


 摩訶不思議と言ってもいい現象であった。何も無い空間に、突如としているはずの無い人物が現れたのである。しかも、何千マイルも離れた異国にいる筈の人物が、だ。


 我々の前に姿を現した聖女は、どことなく身体が透き通っているように見えた。


「——およそ一ヶ月ぶりのご尊顔だが、あまり拝みたくはない顔だな」


 バーダが吐き捨てるように言うも、聖女の表情は余裕ある微笑のまま変わらなかった。それが癇に障ったのだろう、バーダは密かに舌打ちを漏らす。


「それも、貴様らの未来の科学技術というやつか」


 バーダの質問に対して、聖女ハヴァンディアは頷きを返した。


「ええ、ルクシオン・ドライヴァ通信です。先日ようやく復元できました。残念ながらタキオン粒子をこの時代で検出するのはほぼ不可能ですので、あくまで粒子と仕組みを擬似的に定義したものになります。仮定の上に仮定を重ねたような代物ですが、このように地球の反対側程度であれば問題無く通信できます。もっとも、これは本来タキオン粒子が担うべき機能を私個人の能力で補完していますので、使える人間は限られますが」


 まるで聖書の文言のようにすらすらと説明する聖女。当然ながら俺には何を言っているのかさっぱりわからなかった。バーダも難解な用語の連発に顔を顰めている。


「こんなものをラムベル博士が目にしたら、自棄になって研究を辞めかねないな」


 バーダの言葉に、ハヴァンディアは年相応の少女らしくクスクスと笑った。


「ラムベル博士にはどうかご内密に。この世界にテレグラムが生まれないと、歴史の針が進みませんので」

「その針を根本から折ろうとしている奴が何を言う」


 バーダは非難の目で聖女を睨んだ。


「……それで」と、バーダは諦めの吐息と共に言う。「わざわざそんな大層な通信方法まで使って、おまけに監視役の正体を明かしてまで、いったい私たちに何の用だ?」


 その質問がきっかけだったのか、急にハヴァンディアの表情に冷たい冴えが宿った。


「少し——いえ、かなり深刻な問題が発生しました。この正暦世界の根幹を揺るがしかねない事態です」


 聖女の口調は落ち着いてこそいたが、その声色には妙に切迫したものが感じられた。


「また『この世界の危機』ってやつか」


 冗談めかした俺の言葉に、しかし聖女は大真面目な顔で頷いた。


「笑い話にしたいところですが、残念ながらそれも難しいかと」

「それはつまり」とバーダが口を挟む。「我々が現在進行系で巻き込まれている、自動人形たちの件に関連しているということか?」


「ええ。厳密に言えば、その根源——『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』についてです」


 長くなりそうな語り出しだった。どうしたものかと逡巡している内に、バーダは断りもなく礼拝堂の椅子にどっかりと腰を落としていた。目の前の人物は名実ともに聖人君主であるが、そんなものは関係無いらしい。俺もその隣に腰を下ろし、背もたれに身を預けて足を組んだ。


 そんな我々二人に構わず、聖女は語り始める。


「レメルソン博士が持つ『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』が偽物——というより、我々が警戒するほどのものではない、というのは実は最初から分かっていました」


 そこでバーダが口を挟む。


「その根拠は?」

「私が直接、実物を確認しましたので」


「実物を? しかし、どうやって……」そんなバーダの疑問の言葉は、自身の閃きで遮られた。「そうか、おまえは今、ロンド・ヴェルファスにいるんだったな」


 目の前の聖女の像が不敵に微笑み、首肯した。


「私はクリスティアーノ・オークションに出品される予定だった実物を、この目で確認いたしました。今回の外遊の中でたまたまゲストで招かれてましたので、無理言って出品前の品物を見せて頂いたのです」


 そこから連想される展開が、俺の口をついて出る。


「ってことは、まさかあれをオークションから盗んだ犯人は……」

「いや、それは違うな、ソード」とバーダが俺の言葉の先を制する。「偽物だと判断した時点で、こいつらがそれを盗む理由が無い」


 理解が一拍遅れて追いつき、俺は言葉を飲み込んだ。聖女が続ける。


「その通りです。私が実物を目にしたのはオークションの前日、まさにそれが盗難に会う直前です」そこで聖女は、犯人を揶揄するような笑みを浮かべた。「会場からそれを盗み出したのが何者なのかは我々は存じ上げませんし、何よりどうでも良いことです。あれを手にしたところで、何ができるわけでもございませんし。まぁ、読み物としては面白いかもしれませんが」


 それは聖女の微笑みというよりは魔女の冷笑だった。十代の少女に似つかわしくない酷薄な表情に、俺はやれやれと首を振った。そんな俺に構わず、彼女は続ける。


「その手記は革張りの分厚いノートブックで、中にはフォノグラフや発熱電球の理論などが手書きで記されていました。この時代にとっては確かに最新鋭の技術でありましたが、それが未来からもたらされた、というにはいささかレトロすぎるものでした」


「その手記の中に自動人形に関する記述は無かった、ということか?」


 バーダの質問に、ハヴァンディアは首を左右に振る。


「ありません。先程も申し上げましたが、あくまでもこのノートには『この時代にとっての最先端技術』のみが記載されていました」

「……ふむ、言い換えれば『敢えてこの時代に合わせた技術』のみが選別されていた、ということかな」


「さすがはフォレスター先生」バーダの補足に、聖女が満足そうに頷く。「我々もそう結論づけていました。これは何者かから伝聞された情報を、レメルソン博士が断片的にまとめたものだと。何より、筆跡も彼のものでしたからね」


 バーダがそこに切り込んだ。


「ところが、日中のシャトーモアの発言で事態が変わった、と」


 聖女は重々しく頷く。


「ええ。『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』のオリジナルが人形図書館に存在する——もしそれが本当だとしたら、我々は看過することができません」


「でもよ」と、今度は俺が口を挟む。「それにしたって、本物かどうか分からないだろ。あんたらがそこまで深刻に考えるのは、少しばかり大げさじゃないか?」


「そうも言ってられない存在が、実際に我々の前に三度も現れたからだろう」


 俺の反論に答えたのはバーダである。対して、ハヴァンディアはゆっくりと頷いた。


「ええ。それがまさに自動人形の存在です」と、聖女は右手の指を三本立てる。「キャビッジパッチ、ガンドシュタイフ、シャトーモア——これらのアンドロイドは、この世界にとって歴史の階段を一足飛びに駆け上がるようなもの、明らかなオーバーテクノロジーです」


「なるほど」と、バーダが納得したように頷く。「つまりは彼女たちの存在自体が、本物の『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』の実存証明というわけか」


「それに、あのアンドロイドたちは伝聞された知識だけで実現可能な存在ではありません。彼らの創造にはもっと高度な演算処理装置が必要です。莫大な計算を瞬時にこなすことが出来るコンピュータがね」


「コン……何だって?」


 聞き慣れぬ単語に俺が首を傾げると、聖女の像が苦笑を浮かべた。


「失礼、分かりやすく説明しますと、トランジスタ——いえ、この時代ですと真空管ですね。そのさらに先にある技術成果です。人間の活動を補助する、機械仕掛けの補助頭脳のようなものとお考えください」


 俺の頭には、研究者が機械の箱に熱心に質問を投げかける漠然としたイメージが浮かんだ。やれやれ、全く分かりやすくない説明である。


 バーダが眉を寄せながら質問を投げる。


「そのコンピュータとやらの製造技術の知識も、真の『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』には記されている、ということか?」


 それに対して、ハヴァンディアは曖昧に首を振った。


「あのアンドロイドたちの原理もそうですが、それらの膨大な知識を手記に纏めるとしたら、おそらく数十冊程度のノートブックでは足りません。もっと大容量の記憶媒体が必要です。なのでおそらく、本物の『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』は手記の形状ではないと思われます」


 バーダが眉を寄せる。


「手記の形状ではない?」


「はい。それは確実に我々の世界、我々の時代から直接的に持ち込まれたものの筈です。そして、そんな歴史線移動にも耐えうるような物理的な記憶媒体は、一つしか考えられません」


 そこで、聖女は何かのしるしのように指を一本立てて見せる。


「超剛性大容量演算記憶媒体(スーパーリジディティ・カリキュレーション・リムーバブルメディア)——おそらくはそれが、本物の『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』の正体です」


 ◆


「さっぱり分からん」


 俺はお手上げの仕草と共に、椅子の背もたれにのしかかった。しかし、そんな俺とは対照的に、バーダは真剣な眼差しで聖女の話を聞いていた。まさか、ここまでの話を理解できているというのだろうか。


「それで、その超剛性大容量演算記憶媒体(スーパーリジディティ・カリキュレーション・リムーバブルメディア)とやらは、いったいどのような外見をしているんだ?」


 すらすらとその単語を口にするバーダに俺は仰天する。どうやら俺とは脳の構造が違うらしい。

 像の中のハヴァンディアは首を左右に振る。


「一概には言えませんが、箱の形をしていたり、宝珠の形をしていたり、形態は様々です。間違い無く言えるのは、手に持って運べる程度のサイズだということ。経験上、人間の拳と同じ程度か、それよりも少し小さいくらいでしょうか」


 それを聞いて、バーダは力の抜けたような吐息を漏らした。


「それだけの情報では見つけるのは難しいな」

「ですが、我々は何としてもそれを見つけて確保せねばならないのです」


 確固とした口調で言うハヴァンディアに、それを胡乱に睨むバーダ。

 バーダは静かな口調で言う。


「……人形図書館についての情報、特にシャトーモアが言っていた『館長』とやらの情報は、貴様らも何も掴んでいないのか?」


 聖女は首を小さく左右に振る。


「残念ながら。元々は資産家のエリオット・ギンズバーグ氏の所有する建物であり、氏の死後は州が管理するようになった、という程度の情報です。過去の新聞を紐解けば分かるような情報ですね」


「ギンズバーグ氏の生前の交友関係から、怪しい人物は?」

「資産家ですよ? 交友関係を調べれば調べるほど、怪しい人物は湯水の如く湧いてきます」


 失笑する聖女に、だろうな、とバーダは溜息をついた。


「では、レメルソン博士本人であれば、何か情報を持っているんじゃないか? そちらの線は?」

「もちろん、早急に手を回しました。ですが——当のレメルソン博士本人は、十日ほど前から行方不明です」


 ——何だって?


 予想外の情報に、俺とバーダは言葉を吞む。


「驚くのも無理はありません。これはまだ我々政府しか知らない情報ですし」


「レメルソン博士の関係者は?」


「何も知らないようです。博士には血縁関係もありません。唯一のご家族であった奥さんと娘さんは、十二年前のアルノルン事変の際に亡くなってますので」


「ちょ、ちょっと待て」俺は咄嗟に声を出した。「博士には昔、娘がいたのか?」


「ええ。これも一般的にはあまり知られていない情報です。レメルソン博士が特許王として名が広がり始めたのはあの事件の後ですので。妻はアマンダ・レメルソン、享年三七歳。娘はノーラ・レメルソン、享年一四歳……」


「写真は?」


 バーダが椅子から腰を上げ、ハヴァンディアの台詞を遮るようにして言った。


「その家族の写真だ。貴様たちのことだ、どうせ手に入れているんだろう」


 しかし、バーダのその要望に対して、ハヴァンディアは口を噤んだ。何かを思索しているような、意味深な沈黙であった。


「——ええ、あります。しかし、それをお見せするには条件があります」


「ああ、『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』だろう?」と、バーダは顔を顰めながら即答する。「おまえがわざわざ私たちにこうして連絡を取っている、そもそもの狙いがそれだ。私たちに、その回収を頼みたい、違うか?」


 ハヴァンディアは無表情のまま我々を見つめていたが、やがて諦めたように吐息をついた。


「お見通し、というわけですか」


「いや、ちょっと待て、なんでだ」と、俺の口から率直な疑問が漏れる。「そんなもの、いつもみたいに第零騎士団とやらを使えばいいだろ。なんでわざわざ俺たちに頼む?」


「——団員にも限りがあるのだよ、ソード君」


 と、唐突に聞き覚えのある声が響いた。すると突然、ハヴァンディアの虚像の隣に、もう一人の男の姿が現れた。冷たい精密機器のような微笑を浮かべて、彼は俺とバーダに一礼する。


「久方ぶりに拝謁仕る。まずは、直接お目にかかれず挨拶をする非礼を詫びよう」

「シーモア・ミラージュ……!」


 俺は舌打ちと共にその名を口にする。第零騎士団長、シーモア・ミラージュ。春先の一件で我々と旅の一時を共にしたこともある、曲者である。奴は大仰な仕草で、至極残念そうに首を左右に振った。


「我々、第零騎士団は春先の一件で精鋭を六人も失っていてね。人員不足は深刻な問題なのだ」


 奴の皮肉に満ち満ちた台詞に、俺の神経が逆撫でされたような気がした。あのとき、奴の配下六人を斬ったのは他ならぬ俺とゴルドの野郎である。


「……それはてめぇが仕向けたことだろう、この部下殺しが」


 俺は嫌悪の視線と共にそう吐き捨てる。しかし、シーモアは何処吹く風といった様子で、余裕たっぷりに答えた。


「だが少なくとも、我々はソード君を殺人罪、公務執行妨害で捉えることも可能だ。何なら、マルムスティーン枢機卿暗殺の大罪もおまけで付けてあげることも出来る」


「俺を脅迫するつもりかよ」


「取引だよ。時間の使い方の問題さ。我々に従わねば、君が本来そちらのお嬢さんの護衛に費やすべき時間を、牢獄の中で浪費することになる」と、そこで戯けるようにシーモアは首を竦める。「罪状的には極刑が適当だろうが、君にそれは通用しないだろうからね」


「てめぇ……!」


「やめろ、ソード」怒りが沸点に到達する前に、バーダが俺を制した。「買う価値も無い、安い挑発だ」


 俺とは対照的に、彼女は落ち着き払った様子であった。バーダはハヴァンディアに向き直り、咳払いを一つ挟んだ。


「——いいだろう。その『取引』とやらに応じてやる。人形図書館に保管されている『未来王の手記(エジソンズ・レコード)』、私が見つけ出して貴様らにくれてやろう」


「バーダ、しかし……」


「ただし、条件がある」と、バーダは俺の言葉を遮って続ける。「今後、貴様らが知り得る情報はすべて私に教えろ。でなければ、我々も貴様らの望みに答えられない」


 聖女はにっこりと微笑み、頷いた。


「もちろん、そのつもりです。あなた方を手駒として使わせていただくわけですので、あなた方のパフォーマンスは最優先で確保させていただきます。それが結果的に我々の為にもなりますので」


「手駒、という表現はいささか気に食わんが……」と、バーダは舌打ちを漏らす。「まぁ、いい。情報の共同戦線というわけだ」


「しかし、共同と言うからには」と、聖女は瞳を妖しく輝かせる。「それは一方通行では成り立たない、それはご理解しておりますね」


 バーダはつまらなそうに鼻を鳴らして、手をひらひらと振った。


「分かっている。ジャズフェラーの研究所でキャビッジパッチの残骸から何か分かったら、それも教えてやる」


 ————え?


 突然の意味不明な発言に俺が眉を顰める、その一瞬前に、バーダは俺の足を軽く蹴った。理解不能だが、彼女が今の俺に求める反応は分かった。俺は咄嗟に無表情を装う。


「それは心強い限りです」


 ハヴァンディアは疑問を抱く素振りすら見せず、満足そうに頷いていた。そこですかさず、バーダが話題を最初の軌道に戻す。


「合意が得られたところで、最初の話に戻そう。レメルソン博士の家族の写真だ」

「ええ、分かっています。これです」


 と、ハヴァンディアとシーモアの虚像が揺らいで消え去る。そしてそこに代わりに現れたのは、一枚の写真だった。とある夫婦とその娘が豪奢なソファに並んで腰掛けている。その顔に浮かんでいるのは、穏やかで幸福そうな表情だった。


 そこに写っているとある人物の顔を見て、俺は思わず「あっ」と声を漏らしそうになった。そんな俺の傍らで、バーダがぽつりと呟いた。


「——やはりな」


 若かりし日のレメルソン博士とその細君、そしてその二人に挟まれて微笑みを浮かべている少女。


 ——それは紛れもなく、イヴと全く同じ顔をした少女だった。

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― 新着の感想 ―
機械人形たちの技術は、執筆当時はおろか、 数年後の今(生成AI)でも会話は無理だろう。
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