〈十六〉修道院にて
ヴィリティスはその後、アルノルン中央病院で治療を受けた。命にこそ別状は無いものの、両腕を深く負傷しており、騎士団の任務への復帰はしばらくは出来そうに無い、ということだった。イヴが何度も涙ぐみながら謝罪を口にしていたが、ヴィリティスは気丈に「有給休暇を消費する良い口実が出来たよ」と笑っていた。
バーダは彼女の身体の心配こそしていたが、敢えて謝罪は口にしなかった。親友である自分が謝れば、きっとその女騎士は自分の不甲斐なさに自身を責め続けてしまう。それが分かっているのだろう。
そしてそれは俺に対しても同じだった。バーダは俺を責めることも、いつものように罵詈雑言の連打で貶すことも無かった。かつての俺であればそれに安堵の息を漏らしていただろう。しかし、今の俺はそれが彼女の思いやりからの行動であることを察することが出来てしまっている。故に、それが逆に俺自身を惨めな気分にさせた。
——あのとき、シャトーモアが本気で我々を殲滅しようとしていたら、俺はこいつを守ることが出来なかったと思う。
あの強さは異次元だった。これまで会った『牙持つ獣たち』すら足下に及ばず、或いは春先に戦ったペリノアよりも遙かに強い。あの悪夢のような速度を思い出す度に、俺の背筋が粟立った。殺気すら無く、目にも止まらぬ速度で襲ってくる相手では、いかに鋼鉄すら両断できる剣をもってしても無力だ。
正直——再び対峙した時の勝算がまるで無い。
シャトーモアとの一戦は、俺に暗渠に迷い込んだかのような絶望感を残していった。
ガンドシュタイフの残骸はあの人形に持ち去られてしまったので、ジョンとニックはあの後、当然ながら手ぶらで自分たちの拠点に戻ることになった。まさに骨折り損——いや、ジャズフェラー風に言えば、くたびれ儲けである。俺がその件を謝罪すると、ジョンは特に気にした風でもなく「仕方ないさ」と笑った。
「ああ、そうだ。西海岸のジャズフェラー財団には私の方から連絡しておこう。何か困ったことがあったらロアの支局を訊ねてくれ。何か力になれる筈だ」
去り際、ジョンは我々に対してそう申し出た。
「有り難いが……どうしてそこまでしてくれるんだ」と、俺は疑問を挟む。「バーダに自伝を書いて貰うための恩売りか?」
「ははは、私は確かに、自社の利益を最優先する人間だ。しかし、如何に私とはいえ、この世には値が付けられないものだってある」とジョンは苦笑と共に答える。「友情に損得勘定は通用しないさ。この三日ほどで、私は君たちを既に友人と考えていたが、それは理由にはならないかね?」
俺は思わず呆けてしまった。まさか一介の傭兵であるこの俺が、この国一番の金持ちの友人になれるとは思ってもみなかった。
「……何なら友人じゃなくて、大親友でもいいぜ」
俺がにやりと笑って見せると、ジョンも軽く笑った。バーダはジョンの手を握り、小さく頭を下げる。
「値千金の友情に感謝するよ、ジョナサン。自伝の件は——」と、一瞬の懊悩を挟み、彼女は諦めたように吐息をつく。「数年内には何とかしてみよう」
「おお? これはまさに、今回の旅の最大の成果だね」
「それじゃ、おまえも研究頑張れよ、ニック」
と、俺が眼鏡の青年の方に言葉を投げると、彼は上の空で何か考えごとをしていた。
「ニック?」
「え……ああ、君も気をつけてね、ソード」
どこか歯切れの悪い返事を残して、ニックはジョンに続いて去って行った。
残された俺とバーダ、イヴ、ヴィリティスの四人は、病院を出て当初の目的地だったアルノルン修道院に向かうことにした。ヴィリティスを騎士団の寮まで送ろうとしたのだが、彼女の皇都での借宿は修道院の寄宿舎ということだった。
「イクスラハ勤務になってから、借りていた寮の部屋は引き払ってしまったからね。出張のときはいつもローレンス修道女長にお願いして部屋を借りていたんだ」
「あら、私の別荘なら無償で貸すのに」
バーダが言うと、ヴィリティスは辟易したように首を左右に振った。
「あんな馬鹿でかい屋敷、一人じゃ落ち着かないよ」
この小説家の別荘とやらが果たしてどれくらいの規模なのか、俺は少し気になった。
アルノルン修道院は赤煉瓦造りの趣きある建物だった。皇都の中央、多くの塔が建ち並ぶ一画に小さく開かれたその敷地は、さながら森の中の小さな広場のようにも思える。礼拝堂の横には巨大な合歓木が植えられ、ささやかな中庭と修道女たちの寄宿舎がこじんまりと並んでいた。まさに清貧を絵に描いたような施設である。
此処が、この小説家と女騎士が幼少期を過ごした場所らしいが——しかし、よくもまぁ、こいつらがこんな退屈そうな場所で数年間も過ごせたものだ。
礼拝堂に入るなり、年老いた修道女が我々を出迎えてくれた。御年七〇はとうに越えているようだったが、その瞳は厳格そうな強い意志の光を放っている。どうやら、彼女がバーダたちの言うローレンス修道女長らしい。
「よく戻りましたね、シスター・ヴィリティス、そして……シスター・バーダロン」
バーダロンは珍しく、気まずそうに頭を掻いていた。
「ええと……お久しぶりです、ローレンス修道女長。あの、ヴィリティスは教皇庁の教えに従う役人ですので、あながち誤りとは言えないと思うのですが……今の私はシスターではなく——」
「この修道院を巣立っていった者は例外なく皆、とこしえに神の使者です。たとえあなたの今の仕事が何であれ、ね」
シスター・ローレンスのぴしゃりとした物言いに、バーダは顔をしかめて押し黙ってしまった。実に珍しい光景である。バーダは俺の存在に気を向けることすら出来ずに、狼狽していた。
修道女長は傷ついたヴィリティスに目をやり、表情を曇らせた。
「随分と手酷くやられたようですね」
「それほどでもありません」と、女騎士は涼しげに言う。「数年前、牙持つ獣たちの群れと対峙した時は、もっと酷い傷を負ったこともあります」
「ええ、覚えていますとも。あなたはあのとき三日三晩、生死の境を彷徨いました」修道女長は瞳を閉じて言う。「目を覚ますなり仕事に戻ろうとするあなたを制止するのに、どれだけ苦労したか」
と、今後はヴィリティスがばつの悪そうな表情を浮かべる。
俺を散々口先でやり込めてきた二人だが、どうやらこのシスターの前ではそうはいかないらしい。実に新鮮な光景である。
「先ほど病院から連絡を頂いて、騎士団の方には私の方から申し入れをしました。完治するまで我々があなたの面倒を見ます。良いですね、シスター・ヴィリティス」
「え、いえ……その、部屋と寝台だけお借り出来れば私は結構です。これまで通り食事は外で摂りますので……」
「駄目です。食事も我々と一緒に、同じものを食べて貰います」
女騎士の表情がこれほど嫌そうに歪むのを、俺は初めて目にした。そういえば、此処の食事のことについて彼女が
「同じ席には付きたくない」と言っていたことを思い出す。よほどの味なのだろう。
と、他人事のように思っていたところに、修道女長の視線がこちらを向いた。
「シスター・バーダロン、あなた方はいつまで皇都に?」
「ええ、私たちは明朝には発ちますので」
「ならば今夜はあなた方も泊まっていきなさい」
「は?」
バーダは、俺が聞いたことも無いような素っ頓狂な声を上げる。畳みかけるように、シスター・ローレンスは厳格な口調で告げる。
「修道院を去って数年、あなたが人気小説家という地位に甘んじて怠惰な暮らしをしていないかと心配しておりました。そろそろあなたも自身を省みて、清貧な暮らしの尊さを思い出さねばなりません」
「え、あ、いやいやいや! 私、忘れてませんよ、今だって充分に清い生活を送って……」
「泊まっていきなさい。良いですね?」
バーダの釈明は、修道女長の剣のように鋭い一瞥でその言葉尻を断ち切られる。バーダは唸りながら頷く他無かった。
……依頼人が此処に泊まって、護衛役が別の宿に泊まるということは有り得ない。
俺はこっそりとバーダに耳打ちする。
「……おい、まさか俺まで修道院に泊まれって言うのか?」
「……文脈からすれば、そうなるわね」
「……いや、何とかしろよ。俺は嫌だぞ」
「……うるさいわね、私だって嫌よ」
「……何だよ、借りてきた猫みたいに大人しくなりやがって。いつもの傲慢な調子はどうした?」
「……修道女長の前で勝手なこと言えるわけないでしょ。って、誰が傲慢よ」
小声でそんな言い争いを繰り広げる我々の真下で、幼い声が響いた。
「あの」
と、イヴがおずおずと修道女長に話しかけていた。
「私たちも、泊まって宜しいのでしょうか」
シスター・ローレンスは一瞬だけ訝しむような色を瞳に浮かべたが、先ほどと同様に厳然とした口調で答えた。
「神の家は等しくユナリアの民に開かれています」
「その、私はロンド人ですが……」
「この大地に立つ限りあなたはユナリアの民ですよ、お嬢さん。生まれが何処かというのは関係ありません。大事なのは、あなたが今、何処に立っているかなのです」
そう言って、ローレンス修道女長はイヴの頭に手を置く。その触れ方には、何処となく慈しみが込められているように見えた。しかし、その視線がじろりと俺の方に向けられたので、俺は思わずたじろいでしまった。
「あなたもバーダロンのお連れの方ですね」
「え……ああ、まぁ」
「少しお話があります。あちらの院長室へ」
と、彼女は俺の反応も待たずに踵を返し、奥の方にある部屋へと歩み去って行く。どうしたものか、と逡巡していると、バーダに肘で小突かれた。どうやら従った方が良いらしい。やれやれ、この女がこれほどまでに萎縮するとは、ここの修道女長とやらはよほどの傑物であるらしい。俺は観念して、シスター・ローレンスの後に続いた。
招かれた部屋は、院長室という大層な肩書きの割には殺風景な一室だった。調度品の類いは一切無く、粗末な帆布張りの応接ソファーと、年季の入ったオーク材の机が置かれているだけである。
「そちらにお掛けなさい」
促されるままに、俺はその乾パンのように硬いソファに腰掛けた。修道女長は俺の対面に腰掛け、すっと背筋を伸ばして真正面から俺の顔を覗き見た。何と言うか、居心地の悪さはこれまでの人生の中でも上位に食い込むレベルである。
「あなたのお名前は?」
「ソードだが。ああ、訳あって苗字は無い」
「そうですか。ソードさん——あなたは、バーダロンの良き人ですか?」
出し抜けに投げられた質問に、俺は鼻白む。文脈を理解した瞬間、俺はほぼ反射的に首を左右に振っていた。
「いや、俺はあいつの護衛役、ただの傭兵だ」
「あら、そうですか」
意外そうな声が修道女長の口から漏れる。不思議と、どこか先ほどよりも砕けた口調のように聞こえた。
「あの子が随分と楽しそうに話をしてましたので、てっきりそうかと思いました」
「楽しそう?」
先ほどの我々の小声でのやり取りのことを言っているのだろうか。俺にしてみれば、あの会話のどこに楽しげな部分があるのか全く分からない。
「バーダロンは見栄っ張りと言いますか、とにかく昔から自分を着飾ろうとしたがる子でしたから」
その言葉に、俺は大いに頷いていた。
「ああ、すげぇよく分かる」
「それが他人の前であんなに自分を露わにして話をしているのは、久々に見ました」
と、そこで初めて彼女はその口元を緩めた。顔に刻まれた皺が、優しげな弧を描く。
ヴィリティスが言っていたことを俺はふと思い出した。何でも、この老修道女はバーダの小説が刊行されるたびに目を通しているらしい。
第一印象は冷たく厳格そうな老女に見えたが、今の俺の目に映るのは、さながら娘の心配をする母親の如き姿であった。
「——アトラを亡くしてから、立ち直れるかどうか心配しておりました」
しかし、次の瞬間には彼女の瞳に哀切の色が宿る。
「あの子は二度も大切な人たちを失っています。一度目はご両親、そして二度目は親友……我々修道院は、傷つき打ちひしがれていたあの子に、何もしてあげられなかった」
「そんなことねぇよ」
と、予想外にも俺は反射的に答えていた。自分らしくもないな、と思う反面、このまま勢いに任せて口を開いてしまう自分がいた。
「あいつは言ってたぜ。この修道院時代の話で、いくつでも小説が書けるってな」
春先の旅、あの月の無い夜の焚き火の前で、バーダが語った話を思い出す。修道院時代の不良シスターたちの小さな冒険の話を、彼女は幸せそうに語っていた。
だからこそ、俺は誇張でも世辞でもなく、ただ事実のみを言う。
「——小説家バーダロン・フォレスターは、間違い無くこの場所があったから生まれたんだ」
老修道女は口を真っ直ぐに結び、俺の顔を真剣な表情で見つめていた。しばしの沈黙の後、彼女はにっこりと微笑んだ。それは長い人生を歩んだ者だけが浮かべることの出来る、慈しみに満ちた微笑だった。
「やはり、あなたはバーダロンの良き人ですね」
「いや、だからそんなんじゃ……」
「あら、恋沙汰の意味ではありませんよ」
老女の含みのある笑みの前に、俺は押し黙った。なるほど、なかなかやる婆さんだ。バーダが手こずるわけである。
「あの子は我が儘ですが、根は優しい子です」
「優しい、ね……」
皮肉げに口を歪める俺に向けて、シスター・ローレンスは小さく頭を下げた。
「だから、あの子を宜しく頼みますよ、ソードさん」
俺はそっぽを向いて鼻を鳴らしながらも、三秒ほど後に、小さく一度だけ頷いたのだった。
院長室から出ると、バーダとヴィリティスは礼拝堂の椅子に座って憂鬱そうに俯いていた。よほどこの修道院で一夜を過ごすのが嫌らしい。俺の姿を認めると、彼女は立ち上がって耳打ちするように訊ねた。
「何の話をされた? 余計なことは喋ってないだろうな?」
「俺も此処に泊まれとさ」と、俺は適当に話をはぐらかす。「バーダの家に泊まりたいんだ、と言ったんだがな」
それは割と本音でもあった。ユナリアで一番売れている作家の豪邸が果たしてどのようなものなのか、俺は気になっていた。しかし、そんな俺の言葉に、予想外にもバーダは戸惑った様子だった。俺は首を傾げる。
「どうした?」
「……え、いや、別に」
俺から視線を外しながら、バーダはそう答えた。頭上に疑問符を浮かべる俺の横で、何故かヴィリティスが意味深に笑いを噛み殺しているように見えた。
斯くして、我々は皇都での一夜を修道院で過ごすことになったのだった。
——その男が修道院を訊ねてきたのは、その夜だった。
◆
小さな修道院ではあったが、思ったよりも多くの修道女たちが生活を送っていたらしい。夕食時になって食堂を訪れてみると、四〇人近くの修道女たちが席について何やら両手を合わせていた。十代にも満たないであろう幼子から、修道女長と同年代と思しき老シスターまで、実に様々である。
肝心の食卓に並んでいるのは、見るからに硬そうなパンがひとつと、色素の薄いスープだけだった。俺は隣に腰掛けたヴィリティスに耳打ちする。
「……何だか傷の治りが遅くなりそうなメシだな」
「……だから嫌だったのだ」
うんざりしたように言う女騎士に同情しながら、仕方なくスプーンを手に取ったそのときだった。一人の若い修道女が食堂に入ってきて、俺とバーダを呼んだ。
「お食事時に申し訳ございません。お二人を訪ねてきた方がいらっしゃいまして」
「こんな時間にですか。なんて無作法な」
シスター・ローレンスが気難しげに眉を寄せる。若い修道女は弁解するように答えた。
「それが、騎士団の方だそうでして……何でも、急ぎの用件があるとかで」
「騎士団?」
バーダが呟いて、ヴィリティスの方を見やる。女騎士は同じく胡乱な顔で首を左右に振った。彼女にも心当たりは無いらしい。
「それで、その人は名前を名乗っていたの?」
バーダの問いに、修道女は頷いた。
「ええ……ミラージュ、という方でございました」
俺とバーダがほぼ同時に椅子から腰を浮かせる。周囲の修道女たちはそんな俺たちを驚いた様子で見ていた。しかし、彼女たちよりも驚愕していたのは我々だろう。
ミラージュと名乗る騎士団員に、心当たりは一人しかいない。
聖女ハヴァンディアの右腕にして、第零騎士団長。あの春先の事件で苦渋を吞まされた、シーモア・ミラージュ団長である。
俺とバーダは顔を見合わせると、無言でお互いに頷きあった。
「シスター・ローレンス」とバーダは真剣な顔で申し出る。「晩餐を離席することをお許しください」
その深刻な声色から何かを読み取ったのか、修道女長は小さな溜息を共に頷いた。
「……私も付いていこう」
と、立ち上がるヴィリティスをバーダが制止する。
「呼ばれたのは私とこの男だけのようだ」
「しかし——」
「我々だけ、というのに、きっと何か意味があるのだろう」
ヴィリティスはしばし押し黙った後で、溜息と共に引き下がった。
「それで、その客人はどちらに?」
「礼拝堂でお待ちです」
若きシスターの回答を聞くなり、俺とバーダはすぐさま食堂を後にし、足早に礼拝堂に向かった。道中、俺はバーダに問いを投げる。
「いったいどういう意図だ、このタイミングで第零騎士団が俺たちに接触してくるなんてよ」
「詳細は分からんが、十中八九、例の自動人形絡みだろう」
「まさか、またあの聖女が絡んで来るんじゃ無いだろうな。これ以上、事態がややこしくなるのは勘弁して欲しいぜ」
「聖女ハヴァンディアは今はロンド・ヴェルファスへ外遊中の筈だ。しかし、ミラージュ団長もそれに同行しているものとばかり思っていたが……」
釈然としない様子で、バーダは礼拝堂の扉を押し開く。時刻は十九時を過ぎ、初夏の宵闇が礼拝堂の窓から忍び込んでいた。壁のランプには明かりが灯り、礼拝堂の置くに佇む一人の人影をうっすらと浮きだたせている。
俺は念のため、腰の剣に意識を向けながらゆっくりと歩を進める。バーダは俺の一歩後に付いて来た。
やがて、その人影が我々の存在に気づき、落ち着いた様子で振り返った。しかし、露わになったその顔は、我々が見知った人物のものではなかった。
「——ああ、良かった。来てくれなかったらどうしようかと思ってましたよ」
と、その男は心底から安堵したように、開口一番に言った。
若い男である。年齢としては、おそらく俺よりも年下、下手をしたら十代と言っても通用するかもしれない。身に纏っているのは騎士団の制服らしかったが、しかしその色は純白ではなく真逆の漆黒であった。まるで色素が抜け落ちたかのような灰色の髪を縦横無尽に飛び跳ねさせ、その瞳は暗闇でもはっきりと分かるような深紅の色をたたえている。そして何より、その顔立ちは美青年と称して良いほどに整っていた。
俺とバーダは思わずたじろいでしまった。言うまでもなく、初めて会う人物である。すぐさま俺は警戒と同時に腰の得物に手を添える。それを見た目の前の青年が、慌てた様子で両の掌を見せてきた。
「ちょ、ちょっと待って、待ってください! 俺に敵意はありませんって!」
「——貴様は誰だ?」
バーダが剣のように鋭い視線を男に突き刺す。それを受けて、彼は額を袖で拭った。いちいち、仕草が芝居がかっているように見える。
「ああ、こうやって名乗らなきゃいけないこと事態、本当はおかしい話なんだけどなぁ……」
独り言のように呟きながら、その青年は大きく溜息をついた。
「俺はあなた方の監視役、第零騎士団士長のゾウイ・ミラージュです。ええと、わかりやすく言えば……あなた方が春先にやり合った、シーモア・ミラージュ団長の弟ですよ」




