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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 2. The Doll Across The Horizon.
66/83

〈十五〉シャトーモアの奉迎

 螺子や撥条などの破片を周囲にまき散らしながら、自動人形ガンドシュタイフは完全にその機能を停止した。もはやそれは攻防ですらない、まさに一撃の決着であった。


 ……しかし、その代償は大きかった。俺は自動人形の残骸の傍らで蹲りながら、右手を押さえて悶絶する。


「痛ってぇ……!」


 凄まじい激痛に、俺の額には大量の脂汗が浮かんでいた。

 見ると、右手の人差し指がまるで粉砕骨折でもしたかのようにぐにゃぐにゃに折れ曲がっている。それに加えて、何故か手の甲には謎の灼熱感があった。どうやら火薬の爆発で火傷をしているらしい。おまけに、斬撃の瞬間に右腕全体に凄まじい振動が走り、右肘から先に奇妙な痺れが残っている。


 なるほど、これがゾイゼン店主の言っていた『常人には扱えない理由』というわけだ。


「……くそ、こんなもの、不死身の身体でも易々とは扱えないぞ」


 顔を顰めて、一人悪態をつく。しかしその一方で、先ほどの一撃が為した現状に細やかに感心する自分もいた。

 並みの鉄剣では、列車の中でキャビッジパッチと戦った時は文字通り刃が立たなかった。しかし、このピースメーカーは、わずか一撃でガンドシュタイフを真っ二つに両断したのだ。その圧倒的な威力は、さすがに無視できるものではない。


 俺の中の呪われた力——最愛の霊薬による不死の力が、やがて俺の右腕を正常な状態に回復していく。何度か手を握りしめて感覚を確認してから、俺は得物を腰の鞘に戻した。その柄に掌を当てて、俺は大きく溜息をついた。


 厄介な一振りだが、まさに俺にうってつけの相棒というわけだ。


 ——やれやれ、どうして俺の相棒はどいつもこいつも一癖ある奴らばかりなのだろう。


 半ばうんざりした気分で煙草をくわえ、紫煙をアルノルンの街並に向けて吹く。五分ほどして、鐘楼にバーダとイヴ、ヴィリティスの三人が姿を現した。


「随分と早いな」


 と、俺は少々面食らう。


「蒸気エレベータがあっただろう」バーダは呆れたように言った。「まさかおまえ、あの気が遠くなるような階段を昇ったのか?」

「……それもメモに書いておいて欲しかったぜ」


 俺は八つ当たりのように煙草の火を靴底で踏み消した。


「ともあれ、決着はついたようだな」


 そう言って、バーダは俺の傍らに視線をやる。そこには、かつてガンドシュタイフだった者の残骸が散らばっている。


「——すまなかった」


 と、そこで俺は深く頭を下げた。バーダが目を丸くする。


「何がだ?」

「不意打ちとはいえ、護衛を継続できなかった。その分は報酬から減らしてくれていい」

「……損な性格をしているよ、おまえは」バーダは再び呆れたように首を左右に振った。「構わん、今回の脅威の撃退で相殺だ」


 自分で言った手前ではあるが、俺はほっと胸を撫で下ろした。俺の懐事情はそれほど余裕があるわけではない。


 ふと目をやると、イヴがガンドシュタイフの残骸の傍らで膝をついていた。困惑と疑念、怒りと悲しみが入り混じり、その表情は複雑である。そういえば、この自動人形は彼女の教育係だったという話を思い出した。


「ガンドシュタイフ、どうして……」


 泣き出しそうな呟きと共に、イヴの指先が人形の割れた顔に触れる。まるでその静止した無表情の奥に、彼女の真意を求めるかのように。


 後方の扉が開いたのはそのときだった。突然、我々の前に黒いスーツを身に纏った五人組が現れる。一瞬、俺とヴィリティスが警戒したが、それを先導する二人組を見て俺は緊張を解いた。


「……よう、久しぶりだな」


 俺の自嘲めいた台詞に、金髪の男と黒髪の男は同時に首を竦めてみせる。


「思ったより早く再会できて嬉しいよ」


 と、ニコラス・テラーは苦笑し、


「まったく、私たちが居ないときに限って、劇的な展開があるねぇ」


 と、ジョナサン・ジャズフェラーは不満そうに口を真一文字に結んだ。


「私が人をやって呼びつけたんだ」と、バーダが親指で背後の残骸を指す。「誰よりも早く、この検体を入手するためにな」


「さすがはバーダロンだ。仕事が早くて助かるよ」と、そこでジョンの目が傍らの女騎士に止まる。「おや、そちらにいらっしゃるのはナイツ士長だね。これまた久しぶりだ」


「ああ、トラブルメーカーのジャズフェラーか」ヴィリティスは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。「貴兄が思いつきで大金を動かすたびに、我々政府はいつも奔走されているよ」


 揶揄するように言うヴィリティスの表情は、心持ちうんざりした様子だった。過去に彼らの間に何が起きたのかは分からないが、ばつが悪そうにするジョンの表情を見ておおよその推察はつく。


 ジョンは苦笑し、ニックが申し訳無さそうに頭を下げた。


「様々とご迷惑をおかけしておりすみません」とニックは言う。「一応、弁解ですが、今回の一連の事件は我々に端を発するものではありませんので……」


「承知している。まったく、テラー博士も苦労人だな」


 女騎士の皮肉げな視線から逃れるように、ジョンは人形の残骸に歩み寄る。


「——それで、これが例のもう一体だね」と、ジョンは屈み込んでしげしげと観察した。「ふむ、これは一旦、我々ジャズフェラー財団が回収しよう。それは構わないかな、士長?」


「今日の私は非番だ」


 女騎士は端的に答えた。ヴィリティスは先ほどのバーダの話で梗概を知っている。政府機関に回収されて闇に葬られるのは親友の望むところではない、という判断だろうか。傍らでバーダロンが満足げに微笑していた。


 ジョンはそれを聞くなり、すぐさま部下らしき黒服五人に回収を促す。


「僕からも感謝するよ、フォレスター」ニックが言う。「これを調べれば、何か自動人形の秘密も分かるかもしれな……」


 その言葉尻を断ち切るかのように、それは起きた。


「————ごめんなさい、それは出来ません」


 唐突に、聞き知らぬ女の声が響く。


 戦慄が走り、一同が一斉に視線を向けた。しかし、先ほど声が聞こえた場所には、誰もいなかった。我々は目を疑う。


 そう——そこには、ガンドシュタイフの残骸すらも消えていたのである。


「この子は私どもが回収させていただきます」


 今度は我々の後方からである。声に踊らされるように、全員がほぼ同時に振り返った。


 鐘楼から望むアルノルンの街並——それを背景に立っていたのは、若い女だった。


 レースの付いたベージュ色のワンピースを身に纏い、肩口で綺麗に切り揃えられた金髪を風に遊ばせている。大人っぽい小綺麗な装いをしていたが、よく見れば少女と呼称しても過言ではないくらいの年齢にも見えた。その顔にはまるで型に嵌まった仮面のような微笑が貼り付き、そして何よりその顔立ちは——やはり、何処となくイヴに似ていた。


 女は傍らに帆布で出来た大きな袋を置いていた。袋の口から、人形の右手が一本突き出している。先ほど俺が撃破したガンドシュタイフのものである。


 馬鹿な、いったい、いつの間に? 


 いや、それよりも、こいつはいつ、どのようにして此処に現れたんだ? 空でも飛んでこない限りこんな場所に突然現れるわけがない。


 突然の異常事態に言葉を失う我々に向けて、女は流暢に語り出した。


「ご挨拶も無しに申し訳ございません。私の名前はシャトーモア」と、彼女は慇懃に頭を垂れる。「既にお察しかと思いますが、私は人間ではございません」


「自動人形か……!」


 バーダの呟きで、一同が警戒に身を強ばらせる。


「はい。そして、ロアの人形図書館に勤める、図書館司書でございます」


 予期せず飛び込んできた情報に、その場の全員が愕然とする。あのバーダですら、驚愕に目を丸くしていた。


「人形図書館の、司書……?」


 訳が分からない、誰もがそんな顔を浮かべていた。人形図書館に司書がいることも、それが自動人形であることも、そして、それがこうして我々の前に現れたことも。


 その自動人形……シャトーモアは変わらず微笑したまま頷いた。しかしその顔には、まるで微笑の形のまま表情を変えられなくなったかのような、ある種の不自然さがあった。


「左様でございます。此度は館長命令でお伺いした次第です」


 新たな人物の登場に、バーダの片方の眉が上がる。


 館長——文脈からして、その人形図書館とやらの主なのだろう。俺はやれやれと頭を振った。もうこれ以上、事態を引っかき回すような連中には登場して欲しくないものだ。


 と、そこでシャトーモアは、イヴに視線を止める。


「あなたが例のセミ・オリジナルですね」


 聴き慣れぬ呼称に、イヴはバーダの陰で訝しげな表情を浮かべる。そんなイヴのもとへ、人形はゆっくりと歩み寄る。


「ここまでさぞかし大変な旅だったでしょう。もう安心です。本日はあなたをお迎えにあがりました」

「え……?」


 呆然とするイヴに向けて、シャトーモアは手を差し出す。


「館長があなたの到着を心待ちにしております。さあ、私と共に参りましょう」と、ちらりとイヴの傍らの例の旅行鞄に視線を送る。「そちらの荷物もご一緒に——」


 と、そこでバーダの右腕がそれを遮った。イヴを守るように手を水平に伸ばしながら、彼女はシャトーモアを睨みつける。


「断る」屹然と、バーダは言った。「イヴは我々と旅をしているのだ」


 彼我の明確な線を引く発言に、しかし、シャトーモアは変わらず穏やかな微笑を顔に貼り付けたままだ。そして、まるでわざとらしい演技のように、人形は小首を傾げる仕草を見せる。


「あなたは、どちらさまでしたでしょうか?」


 バーダの口元から、舌打ちが漏れる。 


「私を知らんとなると、図書館司書としては三流だな」と、バーダは皮肉げに口元を歪めた。「いずれにせよ、貴様の出迎えは不要だ、三流司書。イヴは我々と共に人形図書館に向かう。我々の邪魔をするな」


 そんな強烈な拒絶を前にしても、シャトーモアは表情を崩さない。元より感情など何一つ持ち合わせてないかのようにすら見える。


 シャトーモアの眼球が、細めた目蓋の奥でぎょろぎょろと動く。その視線は高速でその場の人間の顔を舐め回し、やがてイヴに止まって落ち着いた。


 俺とヴィリティスは全身を緊張させ、それぞれが腰の剣に利き手を添えていた。その間、俺と彼女は一瞬だけ視線を交わす。事が起きた場合の対応を、暗黙の内に共有するかのように。


 ——先ほど、我々はこいつの登場に気づくことが出来なかった。この化け物のポテンシャルは、正直言って得体が知れない。


 しかし、そんな我々の危惧に対して、思いの外あっさりとシャトーモアは引き下がった。


「……かしこまりました。出迎えは不要ということで理解しました」


 後ろ足にイヴから一歩退き、再び人形は頭を垂れる。俺と女騎士は思わず拍子抜けしてしまった。バーダが眉をひそめて問う。


「意外だな。てっきり強引にでも連れて行こうとするかと思っていたが」


「私に与えられた命令は、その方を無事に我らが図書館にお連れすることです。ハイカーゴ駅での事件を耳にして心配された館長が、わざわざ私を使いに寄越したのです。しかし、お見かけした限り、あなた方の中には武装した方がいらっしゃるようですので、『無事に』という部分は問題無いと判断いたしました。それに——」


 と、彼女は自分の右手が握る帆布の袋を軽々と掲げてみせる。


「危惧されていた最後の脅威は排除されたようですので」


 その中に収まっているのは、言うまでもなく俺が先ほど撃破したガンドシュタイフの残骸である。

 しかし、俺はその言葉に含まれたとある単語が気に掛かり、思わず繰り返していた。


「……最後の?」


「それはどういう意味だ」再び問いを投げたのはバーダである。「貴様たちは、イヴを襲撃させている犯人が分かっているのか?」


「そんなものは存在しない、というのが館長の見解です」シャトーモアは即答する。「今回の襲撃はすべて、キャビッジパッチとガンドシュタイフの独断、言うなれば暴走によるものと判断しています」


「自動人形の、暴走だと?」


 バーダを含め、我々は一様に唖然とする。イヴはシャトーモアの手にする袋に目をやりながら、困惑した様子で呟く。


「そんな、どうしてあの二人が……」

「それはこれから我々が調べます。彼女たちの記憶領域を解析すれば、原因も分かるかと」


 シャトーモアは即答する。


「その断定に随分と確信があるようだが」と、そこでバーダが反論した。「彼女たちは心を持たぬ機械だ。誰かが命令を下していた、という考え方の方が現実的ではないのか」


「非現実的です」再び人形の即答。「我々、自動人形は造物主様の命令にしか従いません」


「貴様らの構造を解析し、改造を施してもか?」


 切り返すようなバーダの問いに対して、シャトーモアは今度は少し沈黙を挟んだ。その回答を計算しているようにも見える。やがて、先ほどと同じトーンで人形は答える。


「その可能性については肯定します。しかし、現実的にこの世界に造物主様以外で我々の構造を操作できる人物は、想定されません」


「『未来王の手記(エジソンズレコード)』」

 バーダは唐突にその単語を口にする。

「貴様たちの設計図がそこに含まれていたとすれば、それを読む誰しもが『構造を操作できる人物』に想定できるんじゃないのか?」


 それはバーダがあの列車内で語った推理だ。ロンド・ヴェルファスで『未来王の手記(エジソンズレコード)』を盗んだ人物こそが、イヴの命を狙っている真犯人。それが我々のこれまでの認識だった。


 しかし——シャトーモアの口にした言葉は、それを打ち砕くものだった。


「非現実的です。本物の『未来王の手記(エジソンズレコード)』は人形図書館にて保管されております」


 予想だにしない回答に、一同が絶句する。


 ……本物の、だって?


「ロンド・ベルファスでトーマス・レメルソンの所有する『未来王の手記(エジソンズレコード)』なる物が盗難にあったという情報は我々も把握しております。しかし、それは贋作です。たとえそれを紐解いたとしても、我々の構造解析は不可能でしょう」


 まるで聖書の一節でも謳うかのように、人形はすらすらと答えた。


「そんな馬鹿な!」声を上げたのはニックであった。「あれが偽物だって……?」

「やれやれ……それじゃ我々は偽物の為に真珠海を渡ったというわけか」


 ジョンが戯けた様子で言うも、誰も笑う者はいなかった。


「——人形の独断、と言ったな?」


 そこで、バーダが鋭い視線をシャトーモアに突き刺す。


「造物主とやらに従うだけの貴様たちが、自らの意志で行動を起こすことなどあり得るのか?」

「想定の範囲外です。先ほども申し上げましたが、それをこれから調べるのです」


 そう言って、シャトーモアはガンドシュタイフの入った袋を軽々と掲げてみせる。バーダは苛立たしげに言う。


「……それも、貴様の主である『館長』とやらの命令か?」

「はい。可能であれば速やかに回収せよ、とのことでしたので」

「その『館長』は、今回の事件の全貌を把握しているのか?」

「それについてはお答えする許可が下りていません」

「『館長』とは何者だ?」

「それについてはお答えする許可が下りていません」

「イヴを人形図書館に呼びつける理由は何だ?」

「それについてはお答えする許可が下りていません」


 ぎり、とバーダが歯噛みする音が聞こえたような気がした。彼女は明らかに怒りを覚えていた。


「……では、我々がもしイヴを人形図書館に送り届けずに、このまま姿を眩ましたとしたらどうする?」


「追跡して全員を殺害し、対象を確保して図書館にお連れします」


 にっこりと微笑みながら、シャトーモアは即座に返した。

 バーダの怒りが頂点に達したのは、それがきっかけだった。


「——そんな勝手な理屈ばかりを、本気で押しつけられると思っているのか」


 途端、空気が再び一気に緊張する。しかし、それは俺とヴィリティスの望むところだった。示し合わせたように、傭兵と女騎士が剣を抜く涼やかな音が響く。


「——鼻持ちならねぇ鉄屑だぜ」

「——極めて同感だな」


 俺とヴィリティスがそんな軽口と共に剣を構えると、シャトーモアは手にした袋を一旦、床に置いた。微笑を崩さず、人形は言う。


「敵対意思を感知しました。推奨される行為ではありません。宜しいですか?」

「だそうだ、どうするよ?」 


 俺がにやりと笑いながら問うと、バーダはヴィリティスに視線を移した。


「私が気になっているのは、ユナリアの法的に問題が無いかどうかだけだ」


「……作家業に対する威力業務妨害、というのは成立するかな、ギリギリだが」女騎士が鼻を鳴らして答える。「そもそも、人形に対して人権を保護する必要性があるかどうかは、政府側の議論が必要だろう」


「生憎、今は議論の時間が無いな」


 バーダの言葉で、俺と女騎士は戦闘態勢に入った。迸る殺気を受けて、シャトーモアが掌を我々に見せるように下手に広げる。すると、皮膚を裂いてそこから細身の刃が飛び出した。

 やれやれ、自動人形というのはどいつもこいつも腕に物騒なものを仕込んでいるらしい。


 二刃の煌めきを見せつけるようにして、人形は慇懃に一礼する。


「かしこまりました。それでは、まず武装したそちらのお二人を殺害させていただきます」


「できるものなら——」「やってみやがれ!」


 女騎士と俺は吐き捨てるように言って、激走を開始する。敵一人に対して、こちらは二人。しかも、俺の剣が鉄の人形をぶった斬れるというのは、先ほどの一件で証明済みだ。


 双方から肉薄する二人の剣士に対して、しかしシャトーモアは微動だにせず、両手の双剣を広げたまま立ち尽くしていた。殺気は無い。


 ヴィリティスは疾走の勢いに乗せ、さながら雷光のようにレイピアの一閃を迸らせる。俺はピースメーカーのトリガーに指をかけたまま、上段から斬りかかった。来るべき衝撃に備えて全身に力を込め、引き金を引き絞る。


 ——しかし、その引き金が引かれることは無かった。


 俺と女騎士の剣は、空しくも空を切る。

 驚愕よりも先に、混乱があった。


 咄嗟に振り返ると、いつの間にかシャトーモアは我々の後方に立っていた。


 何が起きたのか分からない。

 まるで一瞬のうちに目の前からシャトーモアが消え、背後に突然現れたかのようだった。


 しかし——その疑問もやがて、次の衝撃によって霧散する。


 一瞬遅れて、俺とヴィリティスの両腕から鮮血が宙に花を咲かせた。苦痛の声が二人の口から漏れる。ヴィリティスはレイピアを地に落として膝から崩れ落ち、俺は辛うじて剣を杖に踏ん張った。


 馬鹿な、斬られただと? あの一瞬で? しかも、二人同時に?


「ソード! ヴィリティス!」


 バーダが叫ぶ。その目は驚きに見開かれていた。事実、有り得ない光景なのだ。騎士団の士長と手練れの傭兵が、一瞬にして二人同時に斬られることなど。


 自動人形、シャトーモアは我々を振り返り、変わらず機械の微笑を浮かべていた。その両手の刃には血飛沫一つ付いていない。それは斬撃の速度が、刀身に血が付くよりも速いものであったことを物語っていた。


「私の機体加速制御装置ハードウェア・アクセラレータはすべてのシリーズの中で最優です。人間の視覚で捉えることは不可能でしょう」


 残像すら俺の視覚は捉えてくれなかった。よく見ると、自動人形の身に纏うワンピースの所々に、まるで旋風に切られたような解れがあった。まさか、あまりの速度に空気と擦れて傷がついたとでも言うのだろうか。


「不要不急の殺生は避けるようにと命じられています」人形は静かな口調で告げる。「このまま継続すれば、あなた方は確実に死亡します。再度確認いたします。それでも続けますか?」


 ふざけるな、と俺が叫ぶ前に、少女の声が響いていた。


「やめてください!」


 目をやると、イヴが服の裾を強く握りしめながら俯いていた。顔を上げ、傷だらけの我々の姿を目にして、彼女は鎮痛そうに表情を歪めた。


「……私はちゃんと人形図書館に向かいます。だから、これ以上、その人たちを傷つけるのはやめてください」

「イヴ……」


 俺は歯噛みしながら呟き、傍らに目をやった。そこではヴィリティスが膝を折って小さな苦鳴を漏らしている。致命傷では無いにせよ、両腕から血が滴り、これ以上の戦闘続行が不可能であることは明らかである。


 冷静になって考える。不死身の身体を持つ俺とはいえ、さすがに一人でこれ以上続けても勝ち目は薄い。だが、それは俺にとってこの上ない屈辱である。


 ——つまり、あいつがその気になれば、俺は護衛としての役目を果たすことすら出来ないのだ。


「ソード、剣を納めろ」


 再び激昂しかけた俺を、バーダが諫める。目をやると、彼女もまた懊悩に表情を歪めていた。目の前の人形に対する怒りと、傷ついた親友に対する心配、そして現状からの危機回避をすべて天秤に乗せて下した、苦渋の決断であることが伝わってくる。


 俺は舌打ちと共に剣を鞘に収め、女騎士に肩を貸す。


「すまない、ソード……不覚だ」

「……こっちの台詞だ、くそ」


 互いに交わされる視線には、自分自身に対する憤りと不甲斐なさが秘められていた。

 それを見てシャトーモアは、演技めいた調子で満足そうに頷く。


「賢明なご判断かと思います」


 そう言って、奴はすたすたと無防備に俺と女騎士の方に歩み寄る。一瞥すら寄越さず我々とすれ違うと、そこに置いてあった大きな帆布の袋を拾い上げた。


「予定通り、こちらは我々が回収させていただきますね」


 一同から返される言葉は無い。誰もが憤りを抱きながら、何も言い返せずに口を噤んでいた。

 奴は我々を見渡して再び一礼し、告げる。


「それでは皆様、人形図書館にてお待ちしております。旅のご無事をお祈りしております」


 感情の籠もらぬ形骸だけの言葉を残して、自動人形シャトーモアは大鐘楼からそのまま飛び降り、アルノルンの屋根屋根を蹴って遙か彼方へと消え去っていった。

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