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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 2. The Doll Across The Horizon.
60/83

〈九〉ゴールデンリングを君の手に  [前篇]

「さて、どこから回るとするかな」


 一〇分後、我々は全員、ホームサイト・シーイング・ホテルを出て、ハイカーゴの大通りの入り口に立っていた。目の前には、年に一度の大祭を楽しむ大群衆が雑踏を為している。今まさに、我々はあの中に入っていこうとしているのだ。


 バーダは先ほどホテルのロビーで貰った簡易な地図に、万年筆で何かを書き込んでいる。そんな彼女に、俺はげんなりしながら苦言を呈す。


「おいおい——狙われてるっていうのに、こんな呑気なことしてていいのかよ」


 とてもじゃないが、並みの神経ではこんな状況下で祭りを楽しもうという気分にはなれない筈である。


「ああ、仕事はしっかりやれよ、傭兵」


 しかし、当のバーダは何処吹く風といった様子だ。この女の神経の図太さは筋金入りである。俺は一応、念押ししておく。


「あのな、さっきも言ったが、今の俺は丸腰なんだぞ」

「——それでも、守ってくれるんでしょ?」


 バーダが俺の顔を覗きこみ、小声で言いながら悪戯っぽく笑った。虚を突かれて、俺は一瞬呆けてしまう。意外である。思ったより不機嫌ではなさそうだ。返す言葉に迷う俺を見て、バーダはどこか満足そうに微笑を浮かべている。


「安心しろ、私とて戦力不足を蔑ろにして観光を楽しむほど軽率ではない」と、彼女は俺の隣に視線をやる。「だから傭兵をもう一人雇ったんだ。アルノルンに着くまでの間だがな」


 だからこいつが一緒にいるのかよ、と、俺はさらに辟易した気分でそいつを見やる。見慣れた金髪の男が、見慣れたにやにや顔を浮かべていた。


「ま、そういうことだ」とゴルドは俺の肩に手を回してくる。「安心して俺を頼ってくれていいぞ」


 俺はその腕を振り払いながら悪態をついた。こんな男の厄介になるのは屈辱的な気分である。俺は苛立ちを口調に込めて言う。


「てめぇはそれでいいのかよ。仕事の先約があるんじゃなかったのか?」

「俺の仕事はアルノルンに着いてからだ。そこまでの道中で小遣い稼ぎが出来るのなら、別に断る理由は無いだろ、なァ、作家先生?」

「ああ、双方に益のある、極めて効率的な案件だ」


「バーダ、こんな奴に投資するよりだったら、俺に新しい剣を買ってくれ。その方がずっと安上がりだぞ」

「何よ、それくらいあんたが買えばいいじゃないの」

「今は持ち合わせが無いんだよ」

「計画的に使わないからよ」

「これは職務上、必要な経費ってやつじゃねぇのか」

「分かったわよ、アルノルンに着いたら買ってあげるわよ」

「その間は俺は手ぶらかよ」

「うるさいわね、あそこには私の馴染みの鍛冶屋があるのよ。安くしてくれるかもしれないでしょ」

「分かったよ、仕方ねぇな。絶対だぞ」

「はいはい。だから、今はこれで我慢しなさい」


 と、手渡されたのは小さな果物ナイフである。苦虫を噛みながら、俺は渋々それをベルトに差し込んだ。仕方ない、無いよりはマシである。

 そんな我々のやりとりを見ながら、ニックが苦笑していた。


「何だか、玩具をねだる子供と母親みたいだね」


「誰が子供だ」

「誰が母親よ」


 俺とバーダが口々に憤慨すると、ニックはまた可笑しそうに笑った。


「いやはや、しかしさすがに凄い人だねぇ」ジョンは人混みの方を見やりながら目を輝かせる。「経済効果も推して計るべし。さすがは年に一度のハイカーゴの大火祭だ」


 ハイカーゴは皇国時代に大火災により甚大な被害を被った街だが、その後の復興の速度は目を見張るものがあったという。この祭りはその復興を祝して、一世紀近くも昔から開催されている歴史ある催しであるらしい。


「まるでイクスラハの独立祭並みだな」


 俺も感心しながら、露店が建ち並ぶ通りを見渡した。食べ物や民芸品はもちろん、大道芸人たちの姿も見える。道行く人々はどいつもこいつも幸せそうに見えた。


「先月の祭りは見て回れなかったから、我々にとってもこれは埋め合わせだよ」


 そう言うバーダもどこか気を緩めた様子である。そういえば、春先の独立祭のときは例の事件で我々は国境沿いまで出払っていたのだった。イクスラハに帰ってきた頃には、祭りはとっくに終わってしまっていたのだ。


「……あの、フォレスターさん」イヴが恐る恐ると言った様子で訊ねる。「本当に、いいんでしょうか、こんなことをしていて……」


「バーダロンでいいわよ、イヴ」と、バーダは彼女の頭をぽんぽんと軽く撫でる。「いいのよ。どうせ列車は明朝まで動かないし、それまであのホテルの一室に閉じこもっているのも勿体ないでしょ、せっかくのお祭りなんだし。だいたい、部屋の中で聞く祭りの音ほど、自分を惨めにさせるものなんて無いわ」


「でも……」


「例の鞄のことなら心配いらないよ」とジョンが得意げに言う。「我がホテルのセキュリティはユナリアでも随一だからね」


 あの大きな旅行鞄は、あのホテルの金庫室に預けてきた。支配人曰く「象が一〇頭突撃してきても安全」な金庫室だそうである。試したことがあるのか、という疑問は口に出さないでおいた。


「だからね、ほら、あなたは楽しまなきゃ駄目よ。五年間も屋敷に閉じ込められてたんだから、その分取り返さないと」


 と、バーダはイヴの手を引いて歩き出す。イヴはそれに振り回されるかのように、たどたどしい足取りで彼女に付いていく。


「あ、あの……」


「笑いなさい、イヴ」バーダが振り返って、強気に笑って見せる。「人はね、心臓が動いているだけじゃ、生きてるなんて言わないのよ」


  ◆


「アイスクリームだ、ソード」


 バーダが瞳を輝かせて指さしたのは、色彩豊かなパラソルを掲げた露店の一画である。そこには若い女子供が大行列を為していた。待ち時間を考えると、見ているだけでうんざりしてきそうだ。


「ああ、そうだな」


 俺の投げやりな返答を無視して、バーダはイヴを振り返りにっこり笑った。


「イヴは食べたことある?」

「あ、いえ、ああいうのは、屋敷の食卓には出ませんでしたから……」

「食卓に出るものじゃないからね。あれはああやって外で道を歩きながら食べるものよ」


 と、バーダは道行く少年少女たちを指さした。彼らは友人たちと談笑しながら、何段にも重なったアイスクリームを幸せそうに舐めている。


「そうなんですか?」

「そしてアイスクリームは絶対に裏切らない、女性の味方よ」

「なるほど」


 どういう理屈か分からんが、イヴはバーダの話に感心した様子である。と、今度はバーダが俺を振り返り、冷徹な顔で言った。


「ということだ、ソード」

「どういうことだ、バーダ」


 平坦な声で返すと、さらに平坦な声が帰ってきた。


「並べ、命令だ」

「暴君か、てめぇは」

「依頼主だ」

「分かってるよ」


 しかし、護衛である傭兵にする命令じゃないだろうに。頭を掻きながら、再度その行列を見やる。傭兵の男があそこに並ぶというだけでも、だいぶ気分が落ち込んでくる。俺は愛想笑いをかすかに口元に浮かべて振り返った。


「なぁ、バーダ。さすがに俺があそこに並ぶのはおかしくないか。おまえとイヴならちょうど姉妹みたいに見えるし——」

「そんな時間は無い。私とイヴは今から向こうの大道芸人の演目を見るのだ」


 ばっさりと切り捨て、バーダは詳細にメモが書き込まれた地図を、まるで何かの論拠のように俺に見せつけてくる。


 ……こいつ、こんなに見て回るつもりか。

 そこでバーダは地図を見やり、苦悩を眉間の皺に刻む。


「問題は反対側のポップコーンの店も行列が出来ていたから、そちらをどうするかだが……」

「それじゃあ、そっちは僕が並んでくるよ」


 と、ニックが人の良さそうな笑みで申し出る。バーダの表情が明るくなる。


「そうか。ありがとう、助かったよ、ニコラス」

「あの、でも」と、イヴが困ったように言う。「そんなこと、申し訳ないです……」


 しかし、ニックは笑みを崩さず、優しくイヴの頭を撫でた。


「いいんだよ。僕が君に食べさせたいんだ」


 その眼差しには、何か個人的な感情が含まれているように見て取れた。愛情や優しさというよりも——そう、どこか、哀切のような。


「だから、ほら、行っておいで。始まっちゃうよ」


 ニックが促すと、イヴは少し戸惑いつつも、こくりと頷きを返した。


「は、はい。あの、ありがとうございます」

「ということだ、アイスクリームは頼んだぞ、ソード」


 バーダに話の矛先を再度向けられて、俺は舌打ちを漏らす。ここで俺が断るのも大人げない。まったく、ニックも余計なことをしてくれたものだ。俺は渋々了承する。


「分かったよ……イヴの分だけでいいんだろ?」

「私のもよ、バカ」


 本気で怒ったような声を発して、バーダは再びイヴの手を取って足早に大道芸人の方に去って行った。やれやれ、まるで子供みたいな依頼人である。


「——ゴルド」

「——あいよ、分かってるさ」


 俺の呼びかけに端的に返し、ゴルドも彼女たちの後を追っていった。人間的にはいけ好かない野郎だが、傭兵としては信頼出来る。任せた仕事は最後までやり遂げる男だ。


 その後ろ姿を見送った後で、アイスクリーム屋の行列に目を戻す。挫けそうになる心を奮起して、最後尾に並んだ。すると——。


「私も付き合うよ」と、ジョンが俺の隣に立っていた。「人数分を買うにしても、君の両手の数では足りないだろう?」

「悪いな、ジョン。助かるぜ」


 心の底から俺は彼に感謝した。こう言っちゃ何だが、この軽薄そうな金髪の優男が隣に立つだけで『アイスクリームを食べようとする陽気な友人に付き合わされる仏頂面の男』という役柄が演出できるというものだ。

 すると、列に並びながら、ジョンは唐突に呟いた。


「——バーダロンは優しいね」


 その視線は、イヴの手を引いて走って行くバーダの後ろ姿を見守っている。


「どうだかな」と俺は悪態をつく。「意外と考え無しに、この祭りを楽しんでるだけかもしれないぜ」


「君も素直じゃないね」とジョンは苦笑する。「こんな最中さなかに遊びに出ることの危険性くらい、彼女も理解しているだろう。しかし、それと天秤にかけてでも、彼女は『自分が今やるべきこと』を知っている。私はその精神をとても高潔だと思うよ」


 頷きこそはしなかったが、俺だって内心ではあの女の意図を理解できている。ましてや、先ほどの十四歳の少女の身の上話を聞いた後では、尚更だ。


 ——救いの無い物語なんて存在しない。それが彼女、バーダロン・フォレスターの信条である。だからこそ、あの少女——心の底から笑ったことのないというイヴを、放っておけないのだろう。


 いや、或いは……。


「……十四歳、か」


 ぽつりと、俺の口から独り言が飛び出る。


「うん? 何だって?」

「いや、何でも無い」


 その話はバーダが俺だけに語ってくれたことだ。この場で俺が明かすべきことではない。

 バーダの亡くなった親友は、彼女と約束をしていた。女学校を卒業する年になったら、西海岸に海を見に行こう、と。


 そして今、奇しくもあの少女と我々の目指す先は、同じ大陸の西の果てである。

 或いはバーダは、あのイヴという少女に友人の面影を——そして、こうなるはずであったという約束を、重ねているのかもしれない。


 俺の考えすぎだろうか、とも思ったが、俺以上のことをあの女が考えていない筈がない。思わず、俺の口から苦笑が零れた。


 そんな俺の百面相をジョンが訝しげに見ていることに気づき、俺は咳払いを挟んで話題を変える。


「そういえば、ニックはあの年頃の子供と何かあったのか」

「ほう、そりゃまた、どうしてだい?」

「いや、何となくだよ。さっきも妙にイヴに気を遣ってるっつーか、そうだな——何かしら、『想うところ』があるように見えたからさ」


 先ほどイヴの話を聞いていたときのことだ。彼女の不遇な半生について、彼は露骨に憤りを見せていた。それは普段の穏やかな振る舞いからは、あまり想像できない姿だった。

 それを聞いて、ジョンはどこか感心した様子だった。


「へぇ、なかなか聡いね。さすがは傭兵ハウエルだ」

「ソードだっつってんだろ」

「私と知り合う前のことらしいが、ニコラスは数年前に妹を亡くしているんだ。ちょうどイヴくらいの年頃のね」

「……そうか」

「詳しく話すと長くなるんだけれど」

「いや、いい」

「そうかい?」

「死肉に群がる鴉だ」

「ん?」

「バーダの言葉だよ。無理に人の傷心を探るのは、それと同じだとさ」

「ははは、彼女らしい」


 ニック自身が語らないのであれば、それは俺が聞くべき話ではない。誰にだって語りたくない過去はある。

 バーダも——そして、俺だってそうなのだから。

 

         ◆


 俺とジョンが両手に人数分のアイスクリームを抱えて戻ると、ほぼ同時に、ニックもまたポップコーンの大きな紙バレルを抱えて戻ってきていた。


「あいつらはどこだ?」


 アイスクリームが溶ける前にと、俺は周囲を見渡す。その広場には多くの人だかりが出来ていた。

 中央では華美な衣装に身を包んだ芸人の一団がショーを披露している。全身を使って数十本のフープを延々と回し続ける女性、数々のクラブを空中に踊らせ続けるジャグラー、そして戯けた様子でパントマイムを披露するクラウン。


 俺は傭兵稼業で何度か、こういった連中の興業の護衛に携わったことがある。大した儲けにはならなかったが、どいつもこいつも気の良い連中だったことを覚えている。傭兵組合時代の、数少ない楽しい思い出の一つである。


 それにしてもこの劇団はなかなかの腕前だ。思わず俺も視線が吸い寄せられてしまう。演芸が成功する度に、周囲から歓声と拍手が上がっていた。


「あ、いたよ。あそこだ」


 と、ニックが視線で示した前列の一画に、バーダとイヴの姿を見つけた。その背後ではゴルドが退屈そうに欠伸をしている。我々は戦利品を落とさぬように注意を払いながら、人混みを掻き分けて彼女らの元に向かう。いくつもの舌打ちが俺たちの背中に突き刺さったが、振り返ってじとりと睨み返すと、俺の目を覗き返してくる者はいなかった。目つきが悪いというのも使いどころである。


「——おらよ、ご注文の品だ」


 ぶっきらぼうにアイスクリームを差し出すと、バーダは満足げに「ご苦労」と形式だけの言葉を寄越した。まったく、どこの女王だ、こいつは。


「ほら、イヴも——」


 と、バーダの傍らに視線を投げると、そこには食い入るようにショーを見つめる少女がいた。興味と感心の炎がその瞳にきらきらと輝き、陶然とするように口は半開きである。ジャグラーの投げるクラブの数が増える度に、その口は弧を描いて「わぁ」という感嘆の声を漏らしていた。


 熱中しているところに水を差すのも気後れしたが、こいつの時間は有限だ。俺は彼女の目の前にそっとアイスクリームを差し出す。


「ほら、早く食べないと溶けちまうぜ」


「え、あ、わっ……」イヴは慌てて俺の手からアイスクリームを受け取る。「あ、ありがとう、ございます」


「気にするな、俺の金じゃない」


 アイスクリームの代金はジョンがすべて支払ってくれた。さすがはユナリア一の金持ちである。


 イヴは受け取ったアイスクリームを興味深げにしげしげと眺めている。どのように取り扱ったらいいものか、と躊躇っている様子だった。そういえば、食べたことが無いんだったな。老婆心から、俺は忠告してやる。


「あー、一気に食べると頭が痛くなるからな。ゆっくり食べた方がいい。あんな感じで……」


 と、バーダに視線を向けたところで、俺は言葉を失った。


 ——小説家バーダロン・フォレスターは、かつて見たことも無いほど幸せそうな表情で、そのアイスクリームを口に運んでいた。


 ……なんだ、このだらしない顔は。


 俺はアイスクリームよりも冷めた視線を送りつつ、ぼそりと呟く。


「——やっぱり、単純におまえが食べたかっただけなんだな」


 バーダはハッとして表情を引き締める。しかし、その頬が仄かに朱に染まっているのを見る限り、どうやら図星らしい。


「べ、別に良いでしょ、私の好きな食べ物が何だって」

「まるで女みたいだな」

「最初から女よ!」


 喧々囂々とした我々の言い合いの傍らで、少女の呟きが聞こえる。


「……美味しい」


 イヴは呆然と、一口分減ったアイスクリームを見つめていた。驚きと感動が瞳の色に在り在りと見て取れる。


「……気に召したんなら何よりだ」

「ね、美味しいでしょ」


 バーダは俺には絶対に見せたことの無い笑顔で、イヴの顔を覗き込む。まるで妹の面倒を見る口うるさい姉のようだ。


 しかし、俺も炎天下の中で行列に並ぶのはさすがに疲れた。俺もこの身体の熱を冷ますべく、自分のアイスクリームに口を付けようとした矢先——。

 横やりのように金髪の頭が視界を遮り、その大きな一口で俺の分のアイスクリームを食い逃げしていった。


「——んん、まぁまぁってとこだな」


 舌なめずりしながら、ゴルドはそんなことをほざきやがる。


「……てめぇ、今、何をした」

「あァ? 俺の分のアイスクリームを食っただけだが」

「ふざけんな、こいつは俺のだ」

「じゃァ、俺の分はどこだよ」

「無ぇよ。なんでてめぇの分まで買わなきゃならねぇんだ」

「まァ、いいか。それじゃ、こいつが俺のということにしといてやるよ」

「何が『まぁ、いいか』だ。会話になってねぇんだよ」

「お、眼鏡の兄ちゃん、俺にもちょいとそのポップコーンをくれるかィ」

「話を聞け!」

「わ、ソード、突然腕を伸ばしたら危な——」


 ニックの忠告も空しく、ゴルドの胸ぐらを掴もうとした俺の手は、ポップコーンのバレルを差し出そうとしていたニックの手にぶつかった。結果、バレルいっぱいのポップコーンが盛大に宙を舞う。それが降りかかった先は——。


「きゃ」


 小さな悲鳴を掻き消すように、ポップコーンの雨がイヴの頭上に降り注ぐ。最後におまけのように、紙のバレルがすっぽりと彼女の頭に覆い被さった。


 そんな彼女を前に硬直する俺とニック、そして素知らぬ顔のゴルド。


 やがて、さながらぶかぶかの帽子の下から顔を出すかの如く、イヴが指先でその庇を上げる。その下に覗いたきょとんとした目は、いったい自分に何が起こったのか理解していない様子だった。その有様を見て、ジョンが思わずといった様子で吹き出した。ニックも顔を逸らし、肩を震わせている。なんてこった、これじゃまるでコントだ。


 ばつの悪くなった俺は、頭を掻きながら謝罪の言葉を探す。


「あー、イヴ、その、なんだ、すま——」


 と、言い切る前に、頭に衝撃があった。振り返ると、俺の頭に平手を叩きつけたバーダが、じとりとした目で俺を睨み付けていた。


「まったく、何をはしゃいでいるんだ、おまえは」

「いや、俺か? 今のは俺が悪いのか?」

「おまえ以外に誰がいる」

「ちょっと待て、元はと言えばゴルドの野郎が——」


 と、俺が弁解を挟もうとしたとき、それを遮るように、噛み殺すような小さな笑い声が聞こえてきた。一同の視線が一斉にその少女に釘付けになる。


 ポップコーンをその栗色の髪のあちこちにひっ付かせながら、その少女は何かに堪えるように肩を震わせていた。


「くすくすくす……あの、私、ポップコーンを頭から被ったのなんて、生まれて初めてです」


 そう言って——まるで、どこにでもいる十四歳の少女のように、イヴは笑っていた。

 目を穏やかに細め、弧を描く口元を隠し、そして、幸せそうに。


 しばらしくして、俺も思わず安堵の息が漏れる。


「……大抵の人間にとっちゃ、初めてのことだろうぜ」

「ああ、もう、こんなにポップコーンだらけになっちゃって……ホテルに戻ったらシャワーを浴びないと」


 バーダが中腰で屈み込み、イヴの髪にひっ付いたポップコーンを一つ一つ指でつまんで取っていく。イヴは恥ずかしそうに頬を朱に染めていた。


「あ、その、ありがとうございます、フォレスターさん……」

「だから、バーダでいいって言ったでしょ、イヴ。言いにくかったらお姉さんでもいいわよ。ほら、あんたらも散らばったポップコーンを片付けなさいよ」


 やれやれ、この口煩さはまるで俺の下宿先の女将みたいだ。渋々、俺とニック、ジョンの三人は路上にぶちまけられたポップコーンを拾い集める作業に入る。当たり前のようにゴルドは参加しなかったが、再び不毛な言い争いをする気分でも無かったので無視した。


「あの、それじゃあ……」と、イヴが恐る恐ると言った様子で言う。「ありがとう、ございます——バーダお姉様」


 横目で見やると、バーダの一瞬驚いたような顔が、陶然とした表情に変わっていくのが見えた。


「……イヴ」

「は、はい?」

「もう一回、呼んでくれる?」

「え?」


 ……やれやれ、相変わらず嗜好のよく分からない女だ。


 と、地面のポップコーンを一通りバレルに片付けた後で、俺は自分の手からいつの間にかアイスクリームが消えていたことに気づく。その行方を追ってきょろきょろと周囲を見渡すと、アイスクリームのコーンをばりばりと頬張るゴルドと目が合った。


「あん? どうした、ソード?」

「……何でもねぇよ」


 すべてが面倒に思えてきて、俺は吐き捨てるようにそう呟いた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >ニック自身が語らないのであれば、それは俺が聞くべき話ではない。v誰にだって語りたくない過去はある。 不要なvが入っていました。
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