〈七〉ハイカーゴの円卓
結局、列車はアルノルンに到着する前に、それよりも遙かに手前の街、ハイカーゴ市で緊急停車することとなった。貨物車と客車がそれぞれ一台、走行不能となった為である。列車の乗務員たちは混乱と恐慌で超満員となった客車間を、半ば怒鳴り散らすような声でアナウンスして歩かねばならなかった。曰く、列車は夜明け頃には切り替えが完了し、明朝には改めて出発できるらしい。
怪我人こそ出なかったものの、走行中の列車が得体の知れない怪物に襲撃されたというのは一大事件であった。乗客の誰かが吹聴したのだろう、そのセンセーショナルな情報を求めて、駅にはすぐさま野次馬や新聞記者たちが殺到した。
我々一行は余計な詮索が飛んでくる前に、人混みに紛れてこっそりと列車を降り、駅を後にした。あのまま寝台列車で夜を越せば、噂を聞きつけた記者たちのせいで質問攻めの夜を越すことになったであろう。今夜は市内のホテルにでも泊まるしかない。
バーダとイヴの手を引っ張りながら、群衆を掻き分けるようにしてようやく駅から飛び出すと、俺の目の前には見上げるばかりの巨大な立方体群が広がっていた。
ハイカーゴは東部でも有数の大都市の一つだ。リニア州最大の都市で、人口はアルノルン、イクスラハに次いで国内で三番目に多い。特に建築物群においてはイクスラハに勝るとも劣らない景観を有し、摩天楼群と呼ばれる国内随一の高層建築物が建ち並ぶ。唯一、イクスラハと異なるのは、その大半が真新しい建物で、煉瓦や石壁づくりの塔がほとんど存在しないところだろう。
皇国時代、都市全土にあたるおよそ二〇〇〇エーカーを焼き尽くす大火災があり、古い建物は殆どが燃え落ちてしまったらしい。つまり、都市はそこから凄まじい速度でこれほどまでに発展してきたわけだ。近代都市の象徴、前身する息吹の具現——それが『谷風なびく街』、ハイカーゴである。
幸か不幸か、我々が訪れた日のハイカーゴは年に一度の大祭の日だったらしく、街中が累々たる群衆で溢れかえっていた。表通りに立ち並ぶオープンカフェはさながら沈没寸前の客船といった様相を呈し、目に付くホテルの数々には『満室』の看板が吊り下げられていた。
そんな中、我々は駅からほど近い商業区にある、高級ホテルに部屋を押さえることが出来た。あとから知ったことだが、どうやらそこはジョナサン・ジャズフェラーが経営するホテルの一つであったらしい。やはり、持つべき者は金持ちの知人である。
その建物、ホームサイト・シーイング・ホテルは地上一八〇フィートの十二階建てビルで、最上階には一面硝子張りの巨大な食堂が備えられていた。我々はその一画、大きなラウンドテーブルの席に案内されて、ようやく脚を休めることが出来た。ディナーまで時間があるせいか、客の姿はまばらである。
席に着くなり、俺はシャツのボタンを一つ外し、襟を開いて大きく息を吐いた。ちなみに、先刻の戦闘でボロボロになった服は既に車内で着替えてきている。しかし、それでも街中の熱気で既に背中は汗だくだった。
「やれやれ、去年の暮れにブルー・ストックスが優勝したときでも、こんな大騒ぎにはなってなかったぜ」
うんざりした調子で俺が言うと、ジョンが遠い目をしながらうんうんと頷いた。
「あのときは振り逃げからの三塁ランナー押し出しが決勝点という、あまりにつまらない幕切れだったしねぇ」
「ああ、投手のマシューズの球があのときすっぽ抜けなければ、結果は変わってたかも」
ニックも虚ろに天井を仰ぎながら、そんなことを呟いている。意味の無い応酬である。駅からここまでの道中で、もはやみんな疲労困憊だった。
唯一元気なのは、何故かここまで我々に付いてきた金髪の男だ。
「いいや、仮にあそこで得意のスピットボールが決まっていても、ロッソ・ボーンズなら打ってたぜ、間違い無く——ああ、ギャルソン、俺にはエールをくれ、よく冷えたやつをな」
俺の隣の席で背もたれに身を預けながら、ゴルドは給仕を呼びつけてそんな注文を言いつける。その不遜さに苦言を呈す気力は、俺にはもうほとんど無かった。
「——私は冷たい紅茶を貰おう」と、そんな中でバーダはひとり涼しい顔をしていた。「イヴ、あなたも同じものでいい?」
その問いかけの先、隣で静かに俯いているのはイヴである。バーダはそっと彼女の肩に手を置く。
「安心して。別に今からあなたを糾弾しようとしているわけじゃない。ただ、少し詳しい話を聞きたいだけよ」
「でも……」
そこでイヴはおずおずと顔を上げ、どこか心配そうに俺とゴルドを見やった。先ほどのボロボロになった俺の姿を思い出しているのだろう。或いは、その話をすることで更なる苦難が俺たちに舞い降りることを懸念しているのかもしれない。だが、バーダはそれをやんわりと笑い飛ばした。
「大丈夫、彼らはあんな見てくれだけど、とても頑丈よ。軋む門は長持ちするってね」
「東国で言うところの『柳に雪折れ無し』、ってやつか。そいつはいい」
ゴルドが可笑しそうに呵々と笑い、ギャルソンの持ってきたエールを奪い取って一口で飲み干した。あまりに美味そうに吞みやがるので、俺も同じものを注文する。
「ちょっと待ちたまえ、フォレスター」と、口を開いたのはジョンである。「確かに列車を襲ってきたあの機械人形のことも気になるが、私としては彼の出鱈目な身体のことも凄く気になっているんだがね」
彼の冴えある視線を受けて、俺は戯けた調子で首を竦めた。
「別に、ちょいとばかし他人より身体が頑丈なだけさ——って答えじゃあ、納得はしないんだろうな、たぶん」
「ああ、良かった。簡単な男と見くびられるのは私も好みじゃないからね」
ジョンはにこにことした笑みを浮かべていたが、その瞳には獲物を逃さぬ冷徹な光が漲っていた。さて、どうしたものかと雇い主に目線を送ると、彼女はしばしの黙考の後で諦めたような吐息を漏らした。
「おまえを騙せる嘘を考えるのは、長編一本書き上げるのと同じくらいの労苦だろうな」
そして俺の方に視線を投げ、再び吐息をつく。
「私の口から説明しよう。順序立てて説明するということが、この男は幼児並みに下手でね」
いちいち俺の神経を逆撫でせずには気が済まない女である。俺はむっとして言い返す。
「おまえだって剣の扱いは下手くそだろうが」
「否定はせん、適材適所だ」
バーダの涼しい返答に俺は舌打ちを漏らすも、反論は挟まなかった。むかつくが、彼女の言う通り、開示する情報の取捨選択は俺よりもこいつが適任だろう。何より、我々は春先の枢機卿失踪という大事件に深く関与しすぎている。俺からうっかりと下手なことを言うわけにもいくまい。
バーダはマルムスティーン枢機卿の件を上手くはぐらかしながら、あの春先の一件を語った。アタヘイの不老不死の研究、その結実たる『最愛の霊薬』、副作用とそれによる悲劇、そして『歴史改変者たち』のこと。聖女ハヴァンディアがその連中の一人であることは、彼女は口にしなかった。それはバーダ自身の打算故か、あの少女に少なからず同情を抱いているのか——或いは、その両方なのかもしれない。
一通りの話を終えたとき、テーブルの上には俺とジョンの煙草の吸い殻がそれぞれ三本ずつ、郷愁的な残骸を築いていた。
「——なるほど、まさに『傭兵と小説家』というわけだ」
ジョンは感心した様子で、バーダが先週出版した小説のタイトルを挙げた。俺は自嘲気味に笑って見せる。
「俺の報酬の話もしてやろうか。モデル料込みと考えると、少しばかり憐憫を誘う額だと思うぜ」
しかし、ジョンは俺の瞳を見つめながら、静かに首を左右に振った。
「残念ながら君を雇う話は諦めたよ。それよりも、あの話の続きが描かれる方が私に有益だからね」
それは俺にとってはなかなか不利益な話だな、と鼻で笑い飛ばす。
「しかし、不死身の霊薬か」と、そこでニックが俺をじろじろと眺めながら口開いた。「フォレスターの話だと、その歴史改変者なる連中の未来の技術、ということだそうだけど——どうも、先ほどの一件とはかなりの近似値を示す話であるように思えるね」
「私も同感だ」と、バーダが頷く。「あの機械人形はどう考えてもこの時代の人間が作れるような代物じゃない」
そこで一同の視線が、一人の少女に向けられる。彼女はそれを予め覚悟していたかのように、身じろぎ一つしなかった。バーダはその覚悟に報いるように、躊躇いなく追及の言葉を突き立てる。
「あの時、あなたはあの怪物の名前を呼んでいたわよね——話してくれるかしら、イヴ?」
「……分かりました」
少女は胸の内を落ち着かせるように大きく息を吸い込んだ後で、やがて顔を上げた。
「——先ほどの彼女の名前は、キャビッジパッチ。私の養父、トーマス・アルバ・レメルソンが開発した、機械仕掛けの自動人形です」
◆
そのイヴの言葉に含まれた膨大な情報量に、誰もが一様に息を吞んだ。
「君の、養父だって?」
「まさかそんな、レメルソン博士が……?」
ジョンとニックがほぼ同時に椅子から僅かに腰を浮かせる。バーダもまた、珍しくその表情に驚愕を宿していた。そして、やがて何かに気づいたように目を細め、顎に手を当てる。
「なるほど——では、あの怪物は例の『未来王の手記』の産物というわけか」
バーダの言葉を聞いて、俺も胃の腑に落ちた。レメルソン博士が持っていたとされる、遙か未来の科学技術が記された知識の源泉。現実離れした化け物だとは思っていたが、俺の当初の予想通りというわけだ。
しかし、イヴはそこで訂正を挟むように、控えめな振幅で首を左右に振った。
「本来の彼女——キャビッジパッチは、私の住む屋敷の女性給仕としてお父様が作ったものなんです。いつも私の世話をしてくれていて、だから、その、怪物だなんて……」
そう言いながらも、イヴの言葉尻は静寂に呑み込まれていく。先ほどのキャビッジパッチとやらの変わり果てた姿を思い出しているのだろう。
「メイド、と言ったけど」バーダが口開く。「そんな存在が、どうして庇護するべきあなたの命を狙うの?」
イヴは困惑顔で、再び首を横に振った。
「私にも、分かりません。彼女は普段から表情の無い人形でしたが、私に危害を加えたりするようなことは一度もありませんでした。でも、それがどうしてあんな姿に……」
あの怪物の身体は、どう考えても子供の面倒を見るために作られたものではない。明らかに暴力的な行為を目的としたものだ。言うなれば、存在そのものが兵器の一種と言ってもいいだろう。
そこで、俺もふと思い出した。
「そういや、あいつの身体、最初から妙にボロボロだったな」
そんな俺の呟きに、ニックが反応した。
「ボロボロ?」
「ああ。貨物車の荷物の中に隠れてた割には、服はほとんど布きれ同然で、顔の皮も剥がれてた。骨組みの金属の部分は赤錆だらけだったぜ」
「赤錆? ——そうか、ジャム・バニー号だ」思いついたようにジョンが口走る。「ほら、僕らとイヴが乗っていた船だよ。あの人形、キャビッジパッチもその船に乗り込んでたんだ。船でイヴを突き落とそうとしたのも、たぶんあの人形だったんだよ」
まるでその推理が真実で間違い無いと言わんばかりに、ジョンは自信満々に続ける。
「暗殺に失敗したキャビッジパッチは、船員たちの捜索から逃れる為に海に逃げ込んだ。そのまま船体に掴まるか何かして、ユナリアに渡ったんだ。だから身体の中のギミックが海水で錆びついてしまっていたんだよ」
「しかし、海に落ちた程度であんなに服や皮膚がボロボロになるか?」
俺は疑問を口にする。俺が見る限り、あれは何か鋭利なもので引き裂かれた痕のように思えた。対して答えたのは、バーダである。
「あり得ん話ではないな。ジャム・バニー号のプロペラスクリューは八五〇〇馬力、船の速度にして十四ノットだ。船体に貼り付いていたとしたら、その負荷は尋常なものではない。航路上で何らかの浮遊物にぶつかりでもすれば、傷だらけにもなるさ」
「でもさ」とニックが問題提起する。「船でそこまで秘密裏にイヴを殺そうとした奴が、どうして列車ではあんな派手に暴れ回ったんだろう?」
列車の天井を剥がしてまでイヴを猛追しようとした、あの怪物の姿が脳裏を過った。今思えば、それはどこか焦燥じみた行動のような気がした。
対して、ジョンは再び得意げに口開く。
「ユナリアに着いた頃には、既に自身の身体が正常に動かなくなりつつあった。だから、完全に機能停止する前に強行突破に出た、そういう筋書きじゃないかな」
そういえば、と俺はさらに思い出す。あのとき、イヴが車掌に大きな声で自分の名前を名乗った瞬間、貨物車で大きな物音がしていた。なるほど、或いは機能の限界を迎えつつあった人形が、その名前が聞こえた瞬間に末期の力を振り絞ったのかもしれない。
「——でもとにかく、これでひとまずは安心ということになるのかな」
ニックが背もたれに身を預けて言う。
「安心?」と俺は眉を寄せる。「そりゃなんでだ?」
「だって、そのキャビッジパッチという人形が、ずっとイヴの命を狙っていたんだろう? 脅威はこれで取り除かれたってことに——」
「いいや、それはどうだろうな」
と、バーダがニックの言葉をばっさりと切り捨てる。その視線が俺とゴルドの野郎に向けられた。
「ソード、ボードイン、先ほどの戦いを思い出してくれ——奴の武器は何だった?」
「武器? ああ、そりゃ、でかいペンチみたいな腕だったぜ」
「弾丸を放つ類いの武器は使われなかった、そうだな?」
その問いにはゴルドが答える。
「無かったぜェ。残骸を見た感じ、それっぽいものも見当たらなかった。何より火薬の匂いは全くしなかったからなァ」
そこで、俺ははっと気づく。そうだ、イヴが港を出発するときの話だ。彼女は何者かに銃撃されたと言っていた。ということは、つまり——。
「そうだ」と、バーダは俺の思考の中の答えを肯定する。「少なくとも、敵はもう一人——狙撃手がいる筈だ」
場の空気が水を打ったかのように静まりかえる。沈黙を破ったのはニックだった。
「でも、それはロンド・ヴェルファスでの話だろう? 狙撃手がユナリアまで渡ってきているとは限らないんじゃ……」
「仮にそいつがイヴと同じ船に乗っていなかったとしても」とバーダが答える。「東歐州からの連絡汽船は他にも出航している。翌日の便に乗って大陸に渡っているかもしれない。しかも最悪なことに、我々はこうして此処で丸一日、足止めを食っている状況だ。その『もう一人』が追い付いてくる可能性は、決して低くは無いだろう」
「もう、一人……」
イヴの表情が青ざめるのを、バーダは見逃さなかった。
「心当たりがあるの?」
「いえ、その」イヴは言い淀むも、やがて躊躇いがちに口を開く。「……私の屋敷には、お父様が作った女性給仕が二人いました」
それを聞いて、その場の全員の思考が、同じ道筋を辿ったように思えた。それを悟ったのか、イヴは否定するように慌てて言う。
「で、でも、ガンドシュタイフは私の教育係のような存在で、とても私の命を狙うような人形じゃ……」
「ガンドシュタイフ」と、バーダが冷徹にその名を繰り返す。「それがもう一人の名前ね」
イヴは言葉の切れ端を見失ったかのように俯き、やがて小さな声で「……はい」と呟いた。
レメルソン博士が作った二体の自動人形、キャビッジパッチとガンドシュタイフ。それを聞いて、俺の気分が再び倦怠感に沈んでいく。やれやれ、あんな化け物がまだいるのか。
バーダが落ち着いた口調で言う。
「イヴ、ここで決めつけるのは確かに早計かもしれない。でも、あなたの世話をしていたというキャビッジパッチがあなたを襲ってきたことも事実。既にあなたも理性では、警戒するべき存在を理解しているはずよ」
少女は答えず、僅かに俯いて視線を逸らす。バーダはそれを諭すように続けた。
「そのガンドシュタイフという人形について、教えてくれるわね?」
教育係であったというからには、それなりに長い時間を一緒に過ごしたのだろう。そいつに少なからず情があるのは無理もない話である。イヴはしばし懊悩する様を見せたが、やがて静かに口を開いた。
「……分かりました」
顔を上げ、感情を押し込めるように眉を寄せながら、イヴは語り始める。
「ガンドシュタイフは、お父様が作った二体目の人形と聞いています。見た目はキャビッジパッチと全く同じですが、その、後期型と言いますか、要するに彼女と比べて少しだけ高性能な人形でした。キャビッジパッチは単語を使った断片的な会話しか出来ませんでしたが、ガンドシュタイフは語彙や接続詞も豊富で、まるで人間のように会話をすることが出来たんです。ただ——」
そこで、彼女は言い淀む。バーダがその先を促した。
「ただ?」
「これはキャビッジパッチも同じなんですが、その、声の調子には抑揚は無くて、表情が変わるところも、少なくとも私は一度も見たことがありませんでした」
「表情が変わらない、か」ジョンがぽつりと呟いた。「人間を模すというのなら、それはかなり致命的だね」
「一応、お父様が言うには、理屈の上ではあの二体も笑ったり泣いたりすることは出来るそうなんですが……」
「未来の科学技術でも、心を作ることまでは出来なかった」と、今度はニックが独り言のように言った。「つまりは、そういうことじゃないかな」
「私のような人間にとっては朗報だな」
バーダはどこか自嘲的に口元を歪めてみせる。
「科学の力で人間の心まで作れるのだとしたら、未来では小説家という仕事は消えて無くなっているだろうよ。人心を解して勝手に物語を作ってくれるタイプライター、なんてものが出てきたら、私たちは路頭に迷うしか無い」
「うーん、機械の作ったフィクションなんて、私個人はあまりぞっとしないなぁ」
と、ジョンも苦笑を漏らす。
そこで、俺は先ほどからずっと疑問に思っていたことを口に出した。
「——なぁ、心が無いのなら、どうしてキャビッジパッチはイヴを殺そうとしたんだ?」一同が沈黙する。「誰かを恨んだりすることもないわけだろ?」
バーダが感心したような顔で俺を見る。
「驚いた、おまえがこれほど理知的な意見を述べるのは何年ぶりだろうな」
「おまえと出逢ってまだ二ヶ月も経ってねぇよ」
「ふむ、確かにキャビッジパッチの行動に、個体に端を発する動機がないのだとしたら——第三者の指示であった、という可能性が高いだろうな」
「第三者って、まさか……」
ニックが嫌悪に顔をしかめた。さすがに俺も察しがつき、思わず苦虫を噛む。
人の手により作られた自動人形。そんなものに命令を出せる人間など一人しかいない。理由は分からないが、もしそうだとしたら、あまりにも胸糞の悪い展開である。
しかし——。
「お父様ではないと思います」
珍しく、イヴがはっきりとした口調で否定を示した。しかし一同の視線が集中すると、彼女は少し身を震わせて、伏し目がちに続けた。
「あ、いえ、あの、確証があるわけではないんですが、お父様——レメルソン博士がキャビッジパッチたちに私を殺すように指示する、というのは、あまり論理的じゃないように思うんです」
「論理的、というのは?」
ジョンが問い返すと、イヴは即座に答えた。
「私をこの旅に送り出したのは、他でもないお父様だからです」
「——何ですって?」
バーダが眉を寄せる。俺を含め、他の一同も新たに飛び出した情報に困惑した様子だった。
腕組みをして、バーダは少し不機嫌そうに唸った。未だ出揃わない情報に、或いはそれを揃え切れていない自分自身に苛立っているのだろう。彼女は目の前で忘れ去られていた紅茶のグラスを口元へと傾け、一息落ち着いてから、イヴをまっすぐに見つめた。
「……ねぇ、イヴ。最初に『旅が終わったら』とは言ったけど、今はもう事情が変わってきてる。あなたのこと、最初からもっと詳しく教えてくれないかしら?」
それでも、イヴはまだ少し迷っている様子だった。すべてを明かしてしまいたい、しかし、何かが理由でそれが出来ない——そんな顔だ。或いはその父親に、他言無用を言いつけられているのかもしれない。見かねて、俺も口を挟む。
「作家だけあって、この女は病的に嘘が巧いぞ、イヴ」
突然何を言い出すのか、という非難の視線が依頼人から飛んできたが、俺は無視してイヴに話しかける。
「だから安心しろ。誰かに追及されても、こいつなら適当な嘘で煙に巻くくらいお手の物だ」
ジョンとニックが含み笑いを漏らし、バーダは心外と言わんばかりに俺を睨んだ。
「ふん——ついでに、この男は記憶力が絶望的に悪いから、そっちも安全よ」
「あ? 何だと」
「何よ」
「さらに言えば」と、今度はジョンが口を挟む。「こちらは世界で一番口が固い資産家に、世界で一番口数の少ない科学者だよ」
その隣ではニックが人の良さそうな微笑を浮かべていた。
「うん。少なくとも僕らは、『情報が財産である』という認識を持つ人種であることは間違い無いね」
「ちなみに、そっちの男は見ての通りだ。無視していいぞ」
俺が顎で指した先には、ゴルドが椅子の背もたれに身を預け、天井に向けて寝息を立てていた。目の前には空になったグラスが何本も並んでいる。真っ昼間から酔い潰れて熟睡とは、呆れた男である。
イヴはしばらく唖然としていたが、やがて少しだけ、強ばりを解くように口元を緩めた。
「——分かりました」
居住まいを正し、イヴは自分の分の紅茶を一口だけ飲む。それで心を落ち着けたのか、顔を上げて、しっかりとした口調で語り始めた。
「では、最初からお話しします。私が、あのレメルソン博士の養子になったところから——」




