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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 2. The Doll Across The Horizon.
56/83

〈五〉キャビッジパッチの襲撃


「一緒の部屋に泊まらせる、だと?」


 俺は眉を寄せた。バーダは大仰に頷く。


「そうだ。彼女の命が狙われているのなら、一人にするのは危険だ」


 食事を終え、ジョンたちと一旦別れた後のことだ。イヴを連れて我々の客室に戻ってくるなり、バーダはそんなことを言い出した。イヴはというと、困惑した様子で俺とバーダの顔を交互に見比べていた。


 俺は溜め息をつく。危惧されるのは、それによって我が依頼人の身の安全が脅かされることだ。しかし彼女の言う通り、だからといってイヴを見殺しにするわけにもいかない。


 それが今回のお前の仕事だ、と言わんばかりの視線を寄越しながら、バーダは言ってのける。


「幸いなことに、この部屋には寝台も二つあるしな」

「妙だな、寝台が二つの部屋に三人が泊まるのか」

「一人はソファーで寝るというのは小一時間前に決まっていたはずだろう」

「俺はその案件を承諾してないぞ」

「まさかお前は『自分が承諾しない限り雨は降らない』とでも思っているのか?」

「おまえは天災の類かよ」

「いや、天才そのものだ」

「字が違ぇよ」

「凡人では抗えない、という点では同じだろう」


 そんなくだらない軽口の応酬の果てに、俺は閉口して両手を挙げた。文字通りの仕草である。


「あの」と、イヴが恐る恐る口開く。「本当に宜しいんですか?」


 我々の仲違いを心配したのか、イヴの表情は申し訳なさそうだった。俺は軽く頭を振る。


「気にするな、別に喧嘩しているわけじゃない」


 言うなれば、こんなものは我々の日常会話である。


「はぁ……」


 イヴはどこか呆気に取られた顔だ。俺は諦めて吐息をつき、バーダに向けて投げやりに言う。


「いずれ護衛料は二人分請求するぞ」

「当然、そこはビジネスだ。気の済むまで請求するがいい」


 さらりと言ってのけるバーダ。ならば時給五〇セント増しで請求してやろうか。そんなことを思った一瞬後に先程の彼女とジョンの会話を思い出し、そして自分の器の小ささに軽く絶望しそうになった。


「それで、イヴ」とバーダは少女の方を向き直る。「あなたが人形図書館に届けなくてはならないという『ある物』についてだが」


 そこでイヴの表情がわずかに強張る。しかし、バーダは誤解を解くように首を振った。


「別にその詳細を問おうというわけじゃない。ただ、所在が気になっただけだ」

「えっと、私の旅行鞄に入っています。車輪付きの大きな鞄です。私の客室には収まりきらなかったので、貨物車に載せてもらっていますが」

「ならば念の為、それはこちらの客室に移そう。何が起きるか分からないからな」


 バーダの言葉に、俺は表情を曇らせる。


「どうした、浮かない顔をして」


「いや」バーダの問いに、俺は軽く溜め息をついた。「俺の寝る場所が残らないんじゃないかと心配になってな」



 イヴの鞄を回収するため、我々三人はまず一般客の座席車両に向かった。貨物車は列車の最後尾にある。俺一人で取り行こうかとも思ったが、鉄道員は見ず知らずの男に客の荷物を渡してはくれるほどお人好しではないだろう。


 座席車両はかなり混雑していた。コンパートメントの席は乗客で溢れかえり、通路に座りこむ者の姿もあった。人いきれでむせ返りそうなほどだ。


 我々はそんな窮屈な通路を、他人の足を踏まないように注意しながら通り抜ける。ある者は迷惑そうに舌打ちを漏らし、ある者は億劫そうに身をよじり、ある者は疲れ果てた虚ろな目で俺たちを見ていた。何人かは作家のバーダロン・フォレスターに気づいたようで、小声で何かを囁きあい、当のバーダは済ました顔で満更でも無さそうに小耳を立てていた。


 乗客は実に様々だった。作業服を着た労働者や、くたびれたスーツを着た男たち。帆布の袋を大事そうに抱きかかえた若者、娼婦のようなけばけばしい服装の女、移民らしき親子―――そしてその中に、一際異質なコンパートメントがあった。


 この混雑した車両の中で、その男は座席二つ分を占領して仰向けに寝そべり、通路にブーツを履いた足を投げ出して、呑気に寝息を立てていた。周囲から迷惑そうな視線が突き刺さっていたが、男は新聞を顔の上に載せており、全く気にした風も見せていない。実に不遜な輩だ。


 ―――が。

 俺はそいつを全力で無視した。見なかったことにした。即座に記憶から消すことにした。


 幸い、バーダは周囲からの自身への噂話に耳を傾けるのに集中しており、その男には気付いていない。

 しかし、露骨に足を早めた俺に、バーダが問いかけた。


「どうした、ソード」

「いや何でもない」


 俺は即答し、足早に座席車両を通り抜ける。


 貨物車両の入り口には、立派な帽子を被った車掌らしき男が、簡易な丸椅子に腰掛けて新聞をめくっていた。我々の存在に気がつくと、彼は立ち上がって人当たりが良さそうに微笑んだ。


「お客様、何か御用でしょうか」

「貨物車に積んだ荷物を取りたい。車内での宿泊中に使いたいものが入っていてね。入っても?」


 バーダの申し出に、彼は快く頷く。


「ええ、かしこまりました。荷物札はお持ちで?」

「あ、はい、これです」


 イヴが差し出した紙切れに目を落とし、車掌は頷きながら自分の懐から帳簿のようなものを取り出した。ページをめくり、言う。


「Eの四二四番、ですね。ご確認の為、お名前をお聞きしても良いですか」


 問われたイヴが、おずおずと控えめな声で名乗る。しかし、それは列車の通奏音にかき消されるほどに、小さくか弱い声だった。車掌が申し訳なさそうに眉を寄せて言う。


「失礼、列車の音が大きくて……もう一度宜しいですか」

「あ、あの、エヴァンジェリン・アーシュラです!」


 イヴが大声で再び名乗ったとき、貨物車の扉の向こうで何かがゴトリと動いたような音がした。列車の振動で荷物が崩れでもしたのだろう。


「ええ、確認できました。旅行鞄お一つですね。お荷物は入ってすぐの右手の棚です。どうぞ」


 解錠された扉をくぐり、我々は貨物車両に足を踏み入れる。客車と異なり、その車内は窓が少ないせいか薄暗かった。両側には棚が備え付けられ、旅客の荷物がぎっしりと詰められてある。奥の方には木箱がうず高く積まれていた。


「あ、これです」


 イヴの鞄はすぐに見つかった。それは牛革で仕上げられた、見るからに高級そうな大型の鞄だった。幅だけでもイヴ二人分、その高さは彼女の肩くらいまである。鞄の底部には運搬しやすいように小さな車輪が付いているようだった。


 よく見ると、確かに側面に一発の弾痕が見つかった。ロンド・ヴェルファスでイヴを狙ったという銃弾だろう。


「これをあの客室に置くのか」


 俺は幾分うんざりしながら呟く。


「あの、大きくて、その、すみません……私の旅の荷物も全部入っているもので……」

「淑女の長旅に大荷物は当然だ、謝る必要は無い」


 しれっとして言うバーダに、俺は再び閉口する。春先の旅路で、実際はこいつが荷物の半分も使っていないことを俺は知っている。まったく、女ってのはどうしてこうも余計な荷物が多いんだ。


「とっとと運び込もうぜ。これを持ってあの座席車を通り抜けるのは、骨が折れ―――」


 と、俺がその鞄に手をかけた、そのときだった。

 ―――妙な音を、俺の鼓膜が捉えたような気がした。


「ソード? どうした?」


 不意に表情を強張らせた俺を、バーダが訝しむ。


「……バーダ、何か聞こえたか?」

「いや、何も―――」


 と、そこで彼女の表情も固まる。どうやら俺の聞き間違いではないらしい。


「エ……ヴ……カエ、セ……」


 朧げだが、それが音ではなく人語であると認識した瞬間、俺は思わず貨物車の奥の暗闇に目を凝らした。


 ―――何かが、居る。


 途端、空気が張り詰める。俺はすぐさま二人に「下がっていろ」と仕草で示した。


 この車両は先程、車掌が鍵を開けるまでは密室だった筈だ。誰かが我々の後に乗り込んできたのではない。何者かが、最初からこの貨物車に潜んでいた、つまりはそういうことになる。


 最初は列車の音に紛れて気づかなかったが、金属の軋むような不自然な音が、断続的にその車内には響いていた。


「返……セ……ゾ……シュ……ヲ、カエ……セ……」


 はっきりとその言葉が聞き取れるようになったとき、やがて、その音の原因がゆっくりと、奥の木箱の影から現れた。その姿に、俺たちは一様に息を呑んだ。それはあまりにも現実離れした光景だった。


 ―――『それ』は、人の形をしていた。

 しかし、『それ』は間違いなく『人』などではなかった。


 ギシギシと鉄の軋む音を立てて立ちはだかったのは、イヴと同じくらいの背格好をした少女の姿。


 その身に纏うのは、東歐州の女性給仕(メイド)のような服装だったが、しかしそれはもはや布の切れ端同然にボロボロだった。何より、その下から覗く皮膚の無惨な有り様が、我々を戦慄させた。


 その破れた皮膚の下から露わになっていたのは、錆びついた色合いの鋼鉄の骨組みだった。顔の皮はほとんど剥がれ、傷んだ栗色の髪の隙間から、硝子玉のような剥き出しの双眼がぎょろりとこちらを睨む。


 言うなれば、それは壊れかけのマネキンだった。


 そのマネキンが、錆びついた音を立てながら自分で動いている。悍ましさすら覚える、奇怪な光景だった。


「何よ、これ……」


 バーダまでもが、顔をしかめて愕然としている。イヴは彼女の影に隠れながら、言葉を失っていた。


「ゑヴぁンぢェ李ン……唖々シゅ羅ァァ……」


 人形はひび割れた声を漏らしながら、緩慢な動作でこちらに歩み寄ってくる。現実が歪んでいくような、背筋の粟立ちを覚えた。やがて人形の目がイヴの姿を捉えたとき、一瞬だけ動きが止まった。


「返、セ……ヱゔぁンじェ凛……!」


 と突然、人形はその両肩を自らの両腕で抱きしめ、小刻みに震え出した。かと思うと次の瞬間、その背中が鈍い音を立てて弾ける。


 そこから飛び出したのは、ワイヤーの絡まった鋼鉄の新たな双腕。その先端には、俺の顔くらいなら容易に挟み潰せるであろう、巨大なペンチのような機構が備え付けられてあった。


「唖々しュ羅あアァァァァァ!」


 軋む音と共に、人形は怨嗟の絶叫を上げる。放たれているのは、我々に対する明確な敵意だ。あまりにも禍々しい姿に、俺の背筋に冷たいものが走る。


 やばい。

 こいつはやばい……!


「バーダ!」俺は即座に叫ぶ。「その鞄とイヴを連れて、前方車両に逃げろ!」


「イヴ、逃げるわよ!」


 バーダは旅行鞄の取っ手を掴み、反対の手でイヴの腕を掴む。しかし少女は微動だにせず、呆然と立ち尽くしていた。その唇が、独り言のようにつぶやく。


「そんな……」

「イヴ?」

「キャビッジパッチ……なの……? どうして、貴女が……」

「イヴ、早く!」


 バーダの声でようやく彼女は我に返る。二人が踵を返した瞬間、眼の前の怪物の目玉が動く。俺は咄嗟に鉄剣を抜いて、その視線を遮るように立ちはだかった。

 やはり狙いはイヴか……!

 貨物車を逃げ出す彼女たちの背に、俺は叫ぶ。


「バーダ、乗客を前の車両に避難させろ!」


 彼女が肩越しに頷きを返すのを確認してから、俺は鉄剣を両手で構える。機械仕掛けの人形は、その凶器の腕の切っ先を俺の方に向けた。


「……やれやれ」


 精神を研ぎ澄ましながら、俺は自嘲的に口元を歪める。


「―――今度は機械の化け物かよ」



 先程までの緩慢な動きとは打って代わり、機械人形の動作は俊敏だった。奴は一方の鋏を開き、凄まじい速度で俺に向けて突き出してくる。俺は鉄剣の剣身でそれを逸し、同時に懐に潜り込むように突進した。


 得体の知れない化け物だが、人型をしている以上、とりあえずは人間と同じ急所を狙うべきだろう。まずは、その首を撥ね飛ばしてやる、と鉄剣を強く握った瞬間だった。


 もう一方の鉄の腕が俺の頭上から強襲してくるのを察し、俺は急制動をかけて一歩退く。それを見計らったかのように、さらに先程の腕がしなるようにして舞い戻り、俺の頭を噛み砕かんと鋏を広げた。舌打ちを漏らして回避するも、続けざまに二本の鋏の腕が交互に俺を襲う。俺は剣でそれらを弾き返しながら、しかしジリジリと後退を余儀なくされる。


 畜生、この鉄の腕は厄介すぎる。間合いの外からこうも連打されては、近づくことすら出来ない。


 俺の踵が入り口の扉にぶつかったとき、人形の眼球が俺から外れた。途端、奴の双腕は俺の頭上、天井と壁の継ぎ目に勢いよく突き刺さる。その意図が分からず一瞬混乱する俺を余所に、人形はその両腕を上下に大きく広げ始めた。


 やがてバキバキ、という豪快な音を立てて、天井が内側から押し広げられていく。やがて青空が覗き、陽射しが貨物車の床を照らした。

 野郎、天井を強引に剥ぎ取りやがった。何つー馬鹿力だよ。


「ヱゔぁン、じェリィィンッ……!」


 絶叫したかと思うと、奴は強烈に床を踏み抜いて跳躍し、天井の隙間から車外に飛び出した。車両の上からイヴを追うつもりか。


「させるかよ!」


 俺も壁を蹴り上げて跳躍し、開いた天井から列車の上に躍り出る。途端、強烈な風が俺の全身に叩きつけるが、怯んでいる暇など無い。周囲の景色が猛スピードで後方に過ぎ去っていく中、俺は奴の背を追って駆け出す。


 機械人形は既に客車の天井にその豪腕を突き立て、先程と同様に天井を剥ぎ取ろうとしていた。その背中、鋏の腕の根本めがけて、俺は勢いよく斬りかかる。


 しかし、腕に伝わる硬い衝撃と共に、甲高い金属音が時速四〇マイルで後方に消え去っていった。

 くそったれ、硬すぎてぶった斬れる気がしねぇ!


 刃こぼれした鉄剣に舌打ちを漏らしている間に、奴の両腕が車両の天井を剥ぎ取っていた。露わになった車内では、誰もが天井を見上げて叫び声を挙げていた。突然、自分たちの頭上にこんな怪物が現れたら、混乱するのも無理はない。阿鼻叫喚と化した乗客たちの中に、バーダとイヴがこちらを見上げているのを捉え、俺は叫ぶ。


「前の車両に逃げろ!」


 弾かれるようにして二人は更に前方の車両に逃げ込む。それに続くようにして乗客たちが逃げ惑うように殺到した。


 このままこの化け物が車内に降り立ったら、とんでもない被害になる。俺は咄嗟にしゃがみ込み、右手で奴の左足首を掴んだ。幸いにも此処は激走する列車の上だ。此処から叩き落としてしまえば、これ以上の追撃は出来まい。


 華奢な見た目通り、その体躯はさほど重くは無かった。人形の両足は易々と地から離れる。


「うおりゃァァっ!」


 柄にも無く鬨の声を挙げ、俺は人形の身体を車外に向けてぶん投げる。しかし、背中から伸びた豪腕ががっちりと車両を掴んで離さなかった。鉄の腕を支点として、機械人形は空中にぴたりと静止してみせた。見た目に反せず、まさに化け物じみた芸当である。


 人形は再び俺の姿を双眸に収めると、車両の上に着地して臨戦態勢を取った。どうやら、まずは俺を除外することに決めたらしい。


 上等だ、と言いたいところだが、真正面からぶつかるのは正直言って分が悪い。鉄剣が刃こぼれするほど硬い敵を相手に、しかも此処は高速で走る車両の上だ。下手に動くと俺が叩き落とされてしまう可能性もある。


 どうするべきか思案するも、奴はそんな暇すら与えてくれなかった。鋏の双腕が襲いかかり、俺は咄嗟に、鉄剣とその鞘で両方を受け止める。ペンチのような鋏が剣と鞘を挟み込み、ギリギリと締め上げていく。


 歯を食いしばりながら、俺は剣が折れないようにと力加減を調整しながら拮抗する。しかし、このままでは時間の問題だ。


 眼下、穴の開いた天井から車内に一瞬だけ視線を向ける。乗客の殆どは既に前方車両に避難したらしい。その様子を確認して、俺は一旦の安堵の吐息をついた。


 しかしその後に、コンパートメントの一角に目が止まり、舌打ちを漏らす。


 ―――この展開は最悪だ。


 『あいつ』には、今回ばかりは絶対に関わりたくなかったというのに。

 ……だがこの状況では、もはや背に腹は変えられない。


 俺は全力で眼の前の怪物に抗いながら、大声で叫んだ。



「いつまで寝てんだ! 手を貸しやがれ、このクソ野郎!」



 眼下、座席で不遜にも惰眠を貪っていた男が、億劫そうに動き出す。


「―――ああん?」


 新聞紙の下から現れたのは、不機嫌そうな男の顔。しかし、その目に俺の姿を認めると、その表情が見る見る喜色に染まっていく。やがてその金髪の男は、さながら猛禽類のような素早さで跳ね起きた。


 奴はまず頭上の俺を確認し、俺と対峙する怪物に目をやり、そしてまた俺に目を戻した。


「―――おう、ソードじゃねぇか」


 鞘から自らの得物を引き抜き、


「状況がよく分からんが……」


 その瞳に獰猛な輝きを宿す。


「また面白そうなモンに巻き込まれてるなァ」



 そう言って、我が宿敵にして腐れ縁―――ゴルド・ボードインは、不敵に笑った。



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