〈四十四〉ロング・グッドバイ
石段を一つずつ下りる度に、あの日々の情景が脳裏を過ぎった。よくこの長い階段で駆けっこをして遊んだものだった。ある日、ガウェインが足を滑らせて一番下まで転がっていったことを覚えている。俺たちは腹を抱えて大笑いし、ガウェインは頭から血を流して怒り、そして全員が後から大人たちに怒られた。それ以来、この石段で遊ぶことは禁止になった。
頭を振る。そんなことを思い出すのはやめよう。何が俺の刃を止めるか分からない。
バーダは無言で、俺の後に着いてきた。お互いに交わす言葉は無かった。ただ、彼女は見届けようとしているのだろう。
この俺の、いや―――アーサー・トゥエルヴの物語を。
街の広場まで降り立つと、彼女がそこに立っていた。まるで俺が来るのを待っていたかのように。
枢機卿たちの焼夷弾で全身を燃やされたというのに、既に身体には傷一つ無い。全身を覆う黒い刃は完全に回復し、宵闇の夕陽を不吉に照り返している。彼女の姿は、十年前に別れた時と同じだった。
そのときの光景が、二重写しのように俺の目の前に蘇る。
黒い刃に蝕まれていく彼女の姿と、訴えるように俺を見つめる、その瞳。
俺の唇が、彼女の名を呟く。
「ペリノア」
目の前の怪物は何も反応を示さず、真っ赤な双眸で俺を睨みつけるだけだった。おそらく、俺の言葉は届いていない。きっと、俺が誰なのかも分かっていないのだろう。
だが、俺は剣を下ろしたまま語りかけていた。
「五年前は悪かったな。殺してやれなくて」
かつて駆け出しの傭兵だった頃、俺はヒュウ、ゴルドと共にこの山を再訪した。彼女との会敵は意図したものではなかったが、そのとき、俺は決意したのだ。今度こそ、彼女を殺してやろう、と。
だが結局、俺は彼女に対して剣すら振るうことが出来なかった。人間だった頃のペリノアの姿がちらつき、そのイメージが俺の刃を止めた。その間にゴルドとヒュウが負傷し、俺は彼らを連れてその場から離脱した。
そう、再び逃げ出したのだ。
彼女から、過去から、何より、俺自身の罪から。
そして、今。
大きく息を吸い、吐き出し、思考を切り替える。俺はゆっくりと、手に持つ鉄剣を構える。その重量を、覚悟と共に自分の手に馴染ませるように。
「ペリノア―――今度こそ、終わらせよう」
その言葉は、まるで自分自身に言い聞かせる暗示のようだった。
意識を、神経を、何よりも殺意を研ぎ澄ます。
「俺たちの、この地獄を……!」
瞬間、彼女は夕闇の空を仰いで咆哮した。俺の全身が総毛立ち、肌がびりびりと痺れる。世界中に絶望を訴えかけるような、そんな悲しい絶叫だった。
次の瞬間、ペリノアは大地を蹴って俺に飛びかかってきた。対して、俺もまた剣を掲げて疾駆する。
黄昏が夜へと沈む世界で、俺と彼女の最後の決闘が始まった。
◆
俺の振るう刃は、いとも簡単に彼女の攻殻で弾かれた。剣が刃こぼれをしたようだったが、もう気にすることではない。俺は感情を捨て、ただ目の前の標的を仕留める為だけの機械となる。思考よりも速く、ただひらすらに俺は連撃を繰り出していく。
ペリノアの動きは俊敏だった。彼女は俺の斬撃の悉くを交わし、弾き、その間隙を縫うようにして刃の豪腕を繰り出してくる。紙一重で回避できるものもあれば、俺の身体の一部を確実に削ぎ取っていくものもあった。
俺はどれだけ傷つけられようと、仮に致命傷を受けようと、いくらでも回復することができる。しかし彼女は、俺の血で染まった剣線を一撃でも食らってしまえば終わりだ。
それほどまでに俺に有利な戦況だというのに、しかし俺は未だに彼女の身体に傷一つ付けることが出来なかった。それどころか、繰り出される攻殻の連撃で、俺の全身は既に血塗れだった。
一旦距離を取り、俺は呼吸を整える。そして改めて、俺はゴルドの野郎の常軌を逸した身体能力に愕然とした。こんな悪夢のような相手の心臓を幾度と無く貫けるアイツが、まるで異種族の存在のように思えてくる。それを為すに至る過程を想像するだけで、軽く絶望的な気分だ。
俺は決して手を抜いているわけではなかった。相手を完全に抹殺する為に全力を出しているつもりだ。だが、それでもこの状況。それはつまり、単純な戦闘力で俺が現在のペリノアに及ばないことを意味していた。
……まだ、俺は勝てないのか。
ほとんど無意識のうちに、思考がそう呟く。
それに連なるように、いつかの彼女の言葉が脳裏を過ぎった。
――あなたが弱いんじゃない。私が強いだけよ。
俺は咄嗟に頭を振る。
……やめろ。
感傷は俺の刃を止める。
俺は決着をつけなくてはいけないんだ。
そのために、俺はあの日、バーダの手を取ってこの旅に出たのだから。
鉄剣を再び構え、覇気を全身に漲らせる。ペリノアは俺から少し離れた場所で、隙を伺わんと身構えていた。
「殺してやるよ、今度こそ」
決意が揺るがぬようにと呟き、俺は再び大地を蹴った。疾風の如くペリノアに肉薄し、その首を狙って横薙ぎの斬撃を放つ。しかし、彼女はそれを予期していたかのように跳躍し、俺の剣は空を裂く。刹那、中空のペリノアの右足が、鉄剣を持つ俺の右手を蹴り飛ばした。
攻殻が腕の肉を抉り、俺は激痛に呻く。だが、今度は鉄剣は手放さなかった。千切れかける右腕に全精力を集中し、俺は再び鉄剣を切り返す。
「うおぉらぁッ!」
気迫の叫びと同時に、俺の剣が初めて彼女の頭部を捉える。しかしその瞬間、ペリノアは僅かに後方に重心を傾けたようで、俺の斬撃は彼女の額の攻殻を僅かに斬りつけただけだった。
そして、ついに俺の鉄剣にヒビが入る音が聞こえた。鋼鉄を遙かに越える硬度の攻殻を何度も斬りつけてきたのだ。むしろ、これまでよく持った方だろう。
俺の放った一撃は彼女の体内までには至らぬものの、その頭部の攻殻を一部砕け散らせていた。その隙を俺は見逃さない。
鉄剣の耐久力は、おそらく次の一撃が限界だ。
これで、決着をつける……!
着地した彼女に向かって、俺は突進した。攻殻で身体が切り裂かれるのも厭わず、俺はそのまま彼女を押し倒す。膝で肩を押さえ込み、馬乗りとなって鉄剣を掲げた。狙うは、先ほど攻殻を砕いた彼女の額だ。
「うおぉぉぉぉぉッ!」
迷いを振り切るように絶叫し、俺は鉄剣を振り下ろそうとした。
しかし―――。
砕けた攻殻から覗いた、亜麻色の髪。
それを見た瞬間、俺の手は止まっていた。
そこに鉄剣を突き立てることが出来なかった。
それは紛うことなき、ペリノアの髪の色だった。
それを意識した瞬間、今まで目を背けてきた事実が、改めて俺の目の前に突きつけられた。
―――これは、本当にペリノアなのだ、と。
「ソードッ!」
バーダの叫びで我に還った頃には、既に遅かった。ペリノアはその発達した背筋で跳ね上がり、俺は体勢を崩す。次の瞬間、横薙ぎの一撃が俺の横腹に直撃した。
「がはッ!」
腹に風穴を開けられ、俺は猛烈な勢いで吹き飛ばされる。廃墟の瓦礫に突っ込み、俺は砂塵の中で血反吐をぶち撒けた。膝を着き、何とか立ち上がろうとする俺の前に、彼女はのっそりと現れる。感情の消えた瞳で俺を見下ろしながら。そして―――亜麻色の髪を、鎧の隙間から覗かせながら。
「ペリ、ノア……」
思わず、名前を呼んでしまった。だが、彼女は答えなかった。無感動に刃の左腕を上げ、躊躇いもなくそれを振り下ろす。俺の右肩から左肩にかけて、三本の大きな直線が刻まれた。
血飛沫が舞い、俺は激痛に絶叫する。しかし、彼女は容赦なく、俺の身体に爪を突き立てていく。
「阿亜亞吾唖ァァッ!」
叫び声を上げながら、ペリノアは俺の全身を切り裂き続ける。何度も、何度も、何度も。まるで、これまでの絶望を叩きつけるかのように。
俺はその一撃一撃が、心臓に直撃しないように意識する。心臓を貫かれてしまったら、一時的とはいえ俺は戦闘不能になってしまう。そうすれば、彼女の意識は俺から離れ、その牙は後方で見守り続ける依頼人に向くかもしれない。
だが―――。
俺はもはや、鉄剣を振るうことが出来なかった。
◆
血の雨が止んだとき、俺の身体はまるでボロ雑巾のようにズタズタだった。両腕両足がまだ胴体に付いていること自体が奇跡だ。血を流しすぎたせいで、視界が霞む。
ペリノアは血塗れの俺を見下ろすと、再びのっそりとした速度で踵を返した。その瞳に映るのは次なる標的、バーダの姿だろう。
「待、て……よ……」
血を吐き出すのと一緒に、俺は呼びかける。鉄剣を杖代わりにして、俺は精神力のみで身体を立たせる。
「そいつ、には、手を、出すな、ペリノア……!」
彼女が俺を振り向く。そして、再び体勢を深く沈めた。次の瞬間には、今度こそ俺の命を奪わんと、飛びかかってくる。
振り上げられた刃の一撃を、だが俺は避けなかった。
左腕ごと胴体を横薙ぎにされ、俺の身体は再び大地を転げる。肉が裂け、骨が折れたようだった。しかしその一方で、先ほど切り裂かれた胴体の方は、僅かに回復しつつあった。
その呪われた回復力に、俺は安堵する。
よかった、これで―――。
これで俺はまだ、彼女に殺され続けることが出来る、と。
「阿亜亞吾唖ァァッ!」
彼女が叫ぶ。そして、立ち上がる俺を再び切り裂く。俺は膝をつき、だがすぐに立ち上がる。そしてまた、血飛沫が舞う。その繰り返しだった。
だが、俺はそのすべてを受け続け、決して反撃しなかった。
―――これは、俺への罰だ。
この街を滅ぼし、友人たちを殺し、彼女だけを取り残した、この俺の罪に対する罰なのだ。
霞む視界に、ペリノアの亜麻色の髪が揺れて映る。その背後には、俺が殺した友人たちの姿が見えた。彼らは無言で俺を睨み続けていた。
――アーサー、おまえが俺たちを殺した。
――おまえが、私たちの街を滅ぼした。
――おまえがペリノアを怪物にしたんだ。
――おまえはあのとき、彼女を人間として救ってやれたのに。
――全部、全部、おまえのせいだ。
全身を蝕む激痛に、俺の痛覚は麻痺しつつあった。
……ああ、分かってる。
俺が―――アーサー・トゥエルヴが、幸せになれるなんて思っちゃいない。これは当然の報いなんだ。
だから、もういい。
だからペリノア、俺を殺せ。
俺を、殺し続けろ。
おまえが満足するまで、俺はおまえに殺され続けてやる。
この世界が終わるまで、永遠に。
「阿亜亞吾唖ァァッ!」
彼女の一撃一撃が、過去の様々な場面を掘り起こす。
―――いつだって青い空が見えた。
たとえ雨が降っていても、その雲の向こうに青を感じられた。
朝、母親の声で目を覚ます。
頬に感じる陽光の暖かさ。
朝食を食べ終わる頃には、父親は既に仕事に出ているのが常だった。
顔を洗いなさい、という母の小言を背に、迎えに来たペリノアと外に飛び出す。
雨の日ですら、俺たちには関係が無かった。
俺たちはもっぱら、木剣を振り回して遊び回っていた。
情けないことに、結局、俺は彼女に一度も勝てなかった。
彼女はいつだって得意げに笑いながら、俺を見下ろしていた。
「あなたが弱いんじゃない、私が強いのよ」
そう言われるたびに悔しい思いをした。
同年代の仲間の中でも、彼女はいつだって中心にいた。
俺はいつだって彼女の背中を追っていた。
それでも彼女は、どんどん先に行ってしまった。
でも、俺の口から「待って」とは言えなかった。
言いたくなかった。
そう言ってしまうと、すべてに負けてしまう気がした。
そういう時、決まって彼女は立ち止まり、振り返って俺に手を差し伸べるのだ。
「ほら、早く行きましょ」
向けられる、あどけない少女の微笑み。
悔しさと、安堵。
俺は力を振り絞り、その微笑に追いつこうと手を伸ばす。
―――そこで、世界が暗転する。
微笑むその顔が、血で染まる。
足下には、変わり果てた友人たちの姿。
むせかえるような血の臭い。
どうして、と何度も繰り返す。
哄笑。嗤い声。叫声。
俺は逃げる。
逃げる。
逃げる。
―――そう。そのすべてが、俺の罪だった。
夥しいほどの血を流しながら、俺は大地に横たわる。ペリノアが、感情の消えた瞳で俺を見下ろす。
既に世界は夜を迎え、星々が上空に瞬き始めていた。
また彼女に殺されるため、俺は再び立ち上がろうとする。
その時だった。
ペリノアの視線が、俺からはずれた。
「ペリ、ノア……」
呼びかけても、彼女は俺を振り向こうともしなかった。ペリノアの歩みは、ゆっくりと俺から離れていく。
その瞬間、俺はハッとした。
「やめろ、ペリノア……!」
「阿亜亞吾唖ァァッ!」
ペリノアの駆け出した先は、バーダだった。俺は思わず叫ぶ。
「逃げろ、バーダ!」
もう、俺の言葉はペリノアには届かない。
彼女を止めることは出来ない。
しかし、バーダは逃げなかった。
異形が迫りくる中で、じっとその場に立ち尽くし、ただ静かに俺を見つめていた。
「やめろ……」
俺の口から、懇願がこぼれる。
ペリノア、もうやめてくれ。
俺だけを殺せばいいじゃないか。
俺だけを、永遠に殺し続けてくれ。
それで、俺の罪が償われるのなら、この気が狂うような激痛にだって耐えてやる。
おまえと一緒に狂ってやる。
この世界が終わるまで、何度でも殺され続けてやる。
だから、そいつを狙うのだけは、やめてくれ。
「バーダァァァァァッ!」
それでも、小説家は動かなかった。
微動だにせず、ずっと俺を見つめている。
その表情に、恐怖の色は無かった。
ただ、俺に向けられたその瞳に宿るのは。
『おまえは、私の雇った傭兵だろう』
心臓が、一瞬強く脈打った気がした。
俺に問いかけるような、そんな信頼と非難。
私を守れ、と。
それが、俺の責務だと。
その瞳に射抜かれた時、俺の深奥に問う声があった。
おい―――今のおまえは、誰だ?
アーサー・トゥエルヴか?
それとも……。
『救いの無い物語なんて存在しないよ』
『僕と君の仲、だからさ』
『残念ながら俺はおまえのことが大好きだぜ』
『どうか、先生をお守りください』
『男はな、どんな時代でも荒野を目指さなくちゃいけないんだ』
『ソード、おまえはソードだ』
『おまえの物語に、決着をつけろ』
脳を焼く、怒涛の記憶の奔流。
その先に導き出された選択は、既に俺の手の中にある物。
罪と懺悔にまみれ彷徨い続けた十年。
その歳月を経た『傭兵』の身体が。
今、悔恨を捻じ伏せ、血しぶきと共に動き出す。
―――その右手にかろうじて、鉄剣を握りしめて。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!」
溢れ出る血は風と共に俺の後方へ。
大地を疾駆する脚は、しかし責務を果さんと限界を超える。
守るべき者へと凶刃が振り降ろされる前に、俺の渾身の斬撃がその腕を虚空の彼方に斬り飛ばした。
砕け散る鉄剣の破片が、周囲に煌めきを散らす。
振り返り、俺を見つめる赤き双眸。
その狭間、俺は握る柄を切り返し、刹那の間で構えなおす。
そして次の瞬間。
万感の想いと共に。
俺はかつて愛した人の左胸を。
砕けた鉄剣の切っ先で、貫いたのだった。
◆
砂となり散りゆく彼女は、結局最後まで何も言わなかった。
憎しみも、絶望も、悲哀も、そして―――許しも。
ただ最後まで、虚ろな赤い瞳で俺を見つめ続けていた。
だから俺も、最後までそれを見つめ続けた。
その奥底に、かつての彼女の片鱗を探そうとするかのように。
だが、それを見つける前に終焉は訪れた。彼女の肉体は風に吹かれ、この世界の果てへと静かに吹き去っていった。それを最後まで見届けてから、俺は剣を下ろした。
自分がどんな顔をすればいいのか、まったく分からなかった。
まるで自分の根底を支えていた主柱が、突然消えてなくなってしまったような気分だった。自分の足が、大地に着いているよう気がしない。自分もまた、彼女と同じように砂になって消えていくのではないか。そんな気がした。
目眩がして、俺の身体がゆっくりと倒れ始める。たぶん、体力的な限界が来たのだろう。
しかし、地面に倒れ伏す前に、俺の身体に小さな衝撃があった。視線を下ろすと、バーダが俺の身体を抱き抱えるように受け止めていた。
「―――ありがとう、ソード」
と、彼女は言う。
「私を、守ってくれて」
伝わってくる彼女の体温で、俺はようやく自分がまだ生きていることを再確認した。俺は無理矢理、自分の口元を歪めて見せる。
それはぎこちない、継ぎ接ぎだらけの微笑。
「……報酬、期待してるぜ」
やっとの思いで俺の口からこぼれたのは、そんな詩情も何も無い言葉だった。
「大丈夫」と、彼女は頷いた。「大丈夫よ」
ふと、頭上を見上げてみる。既に夜の帳が下り、空には満点の星空と満月が浮かんでいた。それを見上げながら、俺は想う。
もうこの世界に、ペリノアがいないことを。
そして、それを俺が選んだことを。
かつてバーダは俺にこう言った。
後悔の無い選択肢など存在しない、と。
嗚呼。
これから俺は、幾度と無く後悔と絶望の夜を過ごすことになるだろう。
彼女を殺した罪を、永遠に背負い続けることだろう。
その重責に、俺は苛まされ続けるだろう。
―――だが、あの瞬間。
ペリノアの心臓に剣を突き立てる瞬間、俺は覚悟したのだ。
そのすべてを受け止めることを。
アーサーではなく、ソードとして生きていくことを。
だから今はもう、何も考えるまい。
悲しみも、後悔も、絶望も。
「大丈夫よ」
と、再びバーダが言った。
ああ、大丈夫だ。
きっと、もう―――。
遙か上空の満月は、金色の光を世界中に降り注がせていた。
その輝きを、俺は少しだけ美しいと思った。
―――昨日よりも、ほんの少しだけ。




