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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 1. The Soldier and The Novelist.
42/83

〈幕間〉トワイス・アップ

 それは、とある夜の断片。


「剣は誇りに似ている」


 ハン首領はグラスのトワイス・アップを天井の照明に透かしながら、そう言った。俺が来る前に既に何杯か飲んでいたらしく、少し酔っているようにも見えた。珍しく、馴染みのバーには俺と首領の他に客はいなかった。マスター曰く、傭兵組合が潰されてから目に見えて客足が衰えているらしい。常連だった元傭兵たちは、今や酒を飲みに来る余裕も無いのだろう。


「そんなものが無くても人間は生きていける。むしろ、無い方が生きやすい。こんな時代ではな」


 そう続けてから、首領は手にしたウイスキーを一息で飲み干した。グラスの中で、丸く削られた氷が空虚な音を立てた。


「飲み過ぎだぜ、首領」


 呆れながら俺が言うと、首領は自嘲的に口元を歪めた。


「ははは、まさかおまえに説教をくらうとはな」

「俺だって、まさかアンタに酒の飲み方を説くとは思わなかったよ」


 もはや『上司』という肩書きはない。その為か、俺の前であるにも関わらず、その日の首領は随分と酔っぱらっているように見えた。


「……他の連中から聞いたよ。組合が解散したときのこと」


 面と向かって言うのが憚られ、俺は手元のグラスを見つめながら口開いた。


「―――勧告に来た役人たちに、頭下げたんだって?」


 言いながら、昨日仲間から聞いた話を思い出す。

 勧告状を突きつける役人に対して、跪き、両手と額を地に着け、組合の解散を撤回してくれるようにと、首領がひたすら懇願したという話を。


 横目で見やると、ハン首領はばつが悪そうに頭を掻いていた。


「……ったく、おまえやゴルドには知られたくなかったんだがなァ」


 そう言ってから、首領は何でも無いことのようにからからと笑って見せた。それが無性に腹立たしかった。


「何でだよ」俺は思わず語気を荒げた。「アンタが使い走りの役人に土下座したところで、国の方針が変わるわけないだろ」


「ああ、わかってるさ」

「じゃあ、なんで……」

「それでも、守りたかっただけだ」


 目を伏せ、どこか寂しげな笑みの残滓を口元に浮かべて、ハン首領は言った。


「何をだよ」俺は眉を寄せる。「アンタの言う誇りってやつをか?」

「ははは、そんな格好の良いもんじゃない」


 再び気丈に笑ってみせるハン首領。だがやがて向けられた微笑には、父親のような慈しみが宿っていた。


「―――俺のバカ息子どもの生業を、さ」


 やるせなさに、俺は言葉を失い歯噛みした。


 ハン首領率いる『夕陽の組合』の傭兵たちは、そのほとんどがこの男に声を掛けられたならず者たちだ。そのままでは人並みの生活を送ることが出来なかった、社会不適合者たち。ゴルドなど、その最たる例だろう。


 故にその誰もが、いつもは愚痴をこぼしながらも、その実、この男を心の底で慕っていた。まるで実の親父であるかのように。


 ―――それは、俺も例外ではない。


 首領は続ける。それは独白のような言葉だった。


「だが結果的に仕事を失わせてしまった。本当にすまないと思っている。俺の力不足だ」


「―――銀行に入れられてた退職金」俺は視線を逸らしながら口開いた。「本当は教会からの補助じゃないだろ」

「なんだ、それもバレてたのか」

「他の組合連中から退職金の額を聞いた……あんたの金だろ、あれ」

「なあに、いざという時の為に貯めてた組合経費さ。俺の日頃の用心の賜物だ、ありがたく使いな」


 あくまでも軽く言い放つ首領を前に、俺は返す言葉も無く俯いた。目頭に熱量を感じ、同時に、憤りにも似た感情が溢れ出す。

 それをくみ取ったかのように、首領は穏やかな口調で言う。


「―――そんなに気負いするものじゃねぇよ、ソード。俺は別に恩を着せたいわけじゃねぇ。ただ、自分の気持ちが良いようにやりたかっただけだ」


「でも」堪えきれず、一筋だけ熱量が頬を伝った。「俺は、あんたに何も返せてねぇんだよ……仕事をくれた恩も、出会った時に、俺をぶちのめした一撃も、何も……!」


 怒りと、恩義と、敬意。ない交ぜとなった感情が吐露される。ハン首領は穏やかに微笑したまま、言った。


「いいのさ、ソード。そんなものは別にいいんだ」


 新たな酒を自分の杯につぎながら、彼は言う。


「おまえはこれからどういう風に生きてもいいんだ。剣も、誇りも、そんなもん邪魔なら捨てちまったって構わない。おまえの過去のすべてだって、な。ただ、その歩みだけは止めちゃならない」


 酒瓶を置き、彼は俺の瞳を真っ直ぐに見つめる。



「男はな、どんな時代でも荒野を目指さなくちゃいけないんだ」



 具体性の欠片もない、漠然とした理念。だが、その言葉は妙にすんなりと俺の心の中に収まった。中年親父が浮かべた、優しげな微笑と共に。


「それだけ覚えておいてくれ。それだけだよ、俺の願いはな」


 ―――それは、とある夜更けの情景。

 俺がバーダロン・フォレスターと旅に出る、その前夜の記憶だ。


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