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傭兵と小説家  作者: 南海 遊
Part 1. The Soldier and The Novelist.
37/83

〈三十五〉殺意仕掛けの金色


 それは文字が刻まれていなければただの岩にしか見えない、あまりにも粗末な墓標だった。長い間雨ざらしにされていたせいか、その文字も所々が欠けている。少なくとも、日常的に誰かが手入れをしていた様子は無い。


「ガウェイン、そしてランスロット……例の手記の中でも、確かにこの二人の死亡については記述が無かった……ここが彼らが命を落とした場所? でも……だとしたら、誰が彼らを殺したの? いや、そもそも、誰がこの墓を……?」


 自分の手帳をめくりながらぶつぶつと呟くバーダ。


 やれやれ、と俺は首を振った。完全に自分の思考世界に入り込んでしまっている。これはしばらく時間がかかるかもしれない。

 俺は煙草に火を点け、崖の先、数時間ぶりに覗いた青空へと紫煙を吹いた。視線を崖の下まで向けてみると、随分と高くまで登ってきていたらしいことが分かった。眼下にはレンブラント荒原の巍然たる光景が臨める。なかなかに壮観だった。


 大陸の果てから吹いてくる風が、山肌を駆け上がって俺の頬を撫で、頭上では古木の枝々がかすれた音を立てている。しかし、その微かなさざめきさえも、薫風は穏やかに奪い去っていった。そして、何かが地面の枝を踏み折る音―――。


 瞬間、背筋に冷たい戦慄が走った。


「バーダ、エズミ! 俺から離れるなッ!」


 咄嗟に叫び、二人を背後に隠すように俺は鉄剣を構えた。向き直るは、我々が先ほど来た方向。俺の勘は既に、そこに潜む質量を感じ取っていた。


「ソード、まさか……?」


 バーダが怯えながら訊ねるも、俺は答えなかった。否、そんな余裕は無かった。エズミはバーダにしがみつき、恐怖に身体を震わせている。


「……」


 ―――違う。


 奴じゃない。


 俺の本能がその結論を下した時だった。


 木陰からのっそりと姿を表したのは、まるで仔牛ほどもある巨大な黒い獣。それは焦るでも無く、ある種の威厳すら漂わせながら、ゆっくりと我々の視界に現れた。

 その暗い眼孔は静かに我々を見つめ、開いた口腔からは幾本もの鋭い牙が覗く。四肢の先にある爪は、昨日遭遇した獣の軽く三倍以上は巨大だった。


 背後のバーダが、驚きに口開く。


「ウルガの、黒化個体……!」


 『牙持つ獣たち』、餓狼の種であるウルガ。その中でも特に危険とされるのが、黒化個体と呼ばれる突然変異種どもだ。

 通常、ウルガ種の体毛は白から灰色、または淡い栗色だが、この個体は全身漆黒の毛並みを持ち、その体躯は通常種よりも二倍から三倍は大きい。だが、何よりも特筆すべきは、その異常なまでの凶暴性―――否、『狂暴性』と言うべきだろう。

 この個体は補食の為でも防衛の為でもなく、眼前で動くすべての物に無差別に襲いかかる。一晩で三十五エーカーの農場にいる全ての生物……羊二五〇頭に牧羊犬三匹、そして農夫三人を惨殺したという個体の記録も残っている。それらの死体は喉笛を咬みちぎられただけで、一口も補食されていなかったそうだ。


 まさに遭遇自体が災厄とも言える、第一級の危険生物である。


 鉄剣を構えながら、俺は一瞬だけ背後に視線をやる。護衛対象は二人、しかしその後方は断崖絶壁。この立ち位置は非常にまずい。林の中に逃げ込むにしても、獣の足に敵う筈が無い。結論は一つしか残されていなかった。


 ―――駆逐するしかない。


 そう覚悟を決めたとき、獣がその歩みを止めた。暗く虚ろな双眸が我々をじっと見つめる。しかし唸り声は無く、それどころか、怒りや警戒心といった感情すら無いように見える。その漆黒の身体が纏っているのは、およそ義務的と思えるほどの冷たい殺意だ。

 五メートルほどの距離を置いて、我々は対峙する。獣の膂力をもってすれば零に等しい距離だが、俺は下手に動けない。先手で斬りかかれば、がら空きになった護衛対象が狙われる。


 ……初撃は何とか受けきるしかない、か。


 半ば諦めにも似た決心をして、俺は鉄剣を握る手に力を込める。肌が痛くなるほど張りつめた空気の中、やがて獣の前足が微かに沈んだ。強襲の予感に俺が神経を研ぎ澄ませた、その時だった。



 ―――突然、眼前で一迅の風が吹き去った。



 それが斬撃の軌跡だと気づいた頃には、黒い獣の首が宙を舞っていた。


「な……」

「えっ……!?」


 俺もバーダも、エズミもまた目を丸くする。


 地に残された獣の四肢は、その蓄えた膂力を霧散させてゆっくりと倒れ伏していった。頭部が大地に転がってからようやく、その断面からどす黒い血が溢れ出す。



「―――傭兵時代によく言われてたよなァ」



 不意に享楽的な声が響き、その人物の足が、獲物の血で塗れた大地を踏みにじる。剣は既に鞘中に納められていた。


「黒ウルガを見かけたら死ぬ気で殺せ。そして黒ウルガに見つけられたら、やっぱり死ぬ気で殺せ、ってよ」


 その姿を見て、俺の全身から緊張が抜ける。と同時に、ほとんど反射的に舌打ちが出た。

 ……ほら見ろ、やっぱり俺の不吉な予想が当たりやがった。


「―――もう追いついて来やがったのか、クソったれ」


 思わず俺の口からそんな呪詛が漏れた。


「依頼主が旅路を急かしてなァ。まったく、役人連中ってのは人使いが荒いぜ。報酬が無かったら全員ぶっ殺してるところだ」


 くつくつと笑いながらも、相変わらずその男の瞳に宿るのは狂気じみた殺意の色。

 金髪痩躯、腰に差すは細身の長物。


「よォ、久しぶりだなァ、ソード」


 そう言って、我が天敵―――ゴルド・ボードインはにやりと笑った。


              ◆


 血の臭気につられて他の獣が集まってくる前に、俺は黒ウルガの死骸を崖から落として処分した。憐れみも覚えたが、危険を減らす為には仕方がない。傍らの二つの墓標の存在があまりにも皮肉だった。結局、この扱いが人間とそうでない者の差なのかもしれない。そう―――たとえ死に際がどのような形であったにせよ、だ。


「今の奴は雌だ。気をつけな、『つがい』が何処かにいるぜ」


 亡骸を始末する俺を他人事のように眺めながら、ゴルドが言った。


「何故、そんなことが分かる?」


 俺が問い返すと、奴は得意げに自分の鼻先を指さした。


「そいつは身籠もっていた。血の臭いで分かる」


 俺は鼻を鳴らすだけに止めた。まったく、こいつの方がよっぽど獣じみていやがる。

 エズミは得体の知れない男の登場に怯え、バーダの陰に身を隠すようにしてこちらを伺っている。そのバーダは腕組みをして、真剣な眼差しでゴルドを見つめていた。


「―――あなたの雇い主は、マルムスティーンか?」


 不躾に問いかけるバーダの口調は冷たかったが、怒気を孕んでいるというわけではなかった。冷徹に状況を確認しようとしているのだろう。

 対して、ゴルドはおどけたように首を竦めてみせる。


「さァて、その質問にイエスと答えると、俺はあんたらを殺さなくちゃならないからなァ」

「……そこまで聞ければ充分だ」バーダは呆れたように吐息をついた。「やれやれ、名目上は敵対関係、ということか」


 イクスラハで馬車小屋の主の話を聞いた時点で、正直、嫌な予感はしていた。要するに、ゴルドがこの小説家の依頼を断った理由―――先約というのは、マルムスティーンのことだったわけだ。どういうツテでそんな依頼を得るに至ったのかは知る由もないが、確かにイヴィルショウの道案内が出来る傭兵は、今や俺とこいつぐらいしかいない。


「それで?」と俺は半ば八つ当たりのように訊ねる。「おまえの護衛対象が見えないようだが、獣に襲われて死んだのか?」

「俺は斥候で駆り出されたのさ。道先の露払いってとこか。猊下様は今頃、黒衣を汗で汚しながら登ってきてる最中だろうよ」


 ゴルドは皮肉げに口の端を吊り上げ、右手の親指で後方を差した。それを聞いてバーダは憎々しげに表情を歪める。俺にとってコイツがそうであるように、バーダにとっての天敵はあの枢機卿だ。


 思わずといった様子で、バーダは舌打ちを漏らす。

「ちっ、もうしばらくはモントリアに足止め出来ると思ったんだがな」

「だが、作家先生の目論見はある程度、身を結んでるぜ。第零騎士団のうち三人が今もあの街で不毛な調査を続けてる。俺たちの戦力は大幅に減、ってわけだ」


 ゴルドの知ったような台詞に、俺は眉を寄せた。


「―――おまえ、例の騒ぎの原因が俺たちだって気づいてたのか?」

「ま、団員四人を一度に屠れるような奴に、あまり心当たりは無いからなァ。十中八九、目的地が同じおまえ等の仕業だろう、って分かったよ」

「嬉しくもない賞賛だな」

「そのことを、枢機卿は?」


 バーダが射抜くような視線で問う。ゴルドは首を左右に振った。


「たぶん気づいてないな。そりゃそうだろう。事前情報がある俺ならともかく、売れっ子小説家が自ら発禁原稿を流布してる、なんて思考は、あまりに突拍子が無さすぎるぜ」


 俺はその意外な返答に目を丸くした。


「俺たちのこと、枢機卿には何も話してないのか?」

「何も訊かれてないからなァ」と、ゴルドは嫌みったらしく口の端を吊り上げる。「ってことで、これで貸しが一つだ、ソード」


 恩着せがましい奴の言い方に、舌打ちは出れど安堵の吐息は出ない。バーダがさらに質問を投げかける。


「あなたたちの編成は?」

「依頼主を除けば七人、俺を入れてな」とゴルドは即答する。「それと、結滞な棺桶が一つだな」


 棺桶。その単語に俺とバーダは無言で目を見合わせる。

 ―――やれやれ、バーダの読み通り、ってことか。

 彼女はその件については追求せず、さらに別の質問を続けた。


「部隊の武装は?」

「鋼鉄製の騎士団標準サーベルが人数分。そして、おそらくはそれぞれに拳銃を隠し持ってる。一人のやつをちらりと覗いただけだったが、無駄に彫刻が施されたリヴォルヴァーだったな」

「ふむ……金属彫刻の六連式ということは、そいつはおそらく東歐ガルド社の四十五口径、シングル・アクション・アーミーだな。昨年開発されたばかりの最新式拳銃だ」

「それと、施条式ライフルが四丁。弾薬は軽く背嚢一つを埋めるほど。たぶん、こいつは例の怪物対策ってとこか」


「おいおい」そこで俺は口を挟んだ。「べらべらと依頼人の情報を話して大丈夫なのか、てめぇ」


 ゴルドは可笑しそうに呵々と笑った。


「俺が口止めされてるのは依頼人の正体についてだけだ。部隊編成について何を言おうが、契約違反じゃあない。違うか?」


 屁理屈にもなっていない、あまりに乱暴な言い分である。


「それで」と小説家が訊いた。「ここまで情報提供してくれるということは、ボードイン、あなたは現状況においては我々の敵ではない、という認識でいいのか?」

「現状況においては、な」とゴルドは復唱する。「ただし、あんたらとウチの依頼主が鉢合わせすりゃ、おそらく俺は刃を向けないわけにはいかなくなるだろうぜ。まぁ、個人的にはそれも悪くないと思ってるがなァ」


 俺の方を見やりながらニタニタと笑うゴルド。本音は明らかに我々と……というより、俺個人と敵対できる理由を欲していやがる。

 俺は言う。


「そんなに敵対したけりゃ、モントリアの街で俺らを告発すりゃ良かっただろ」

「はは、そんなことしたら、せっかくのお楽しみを他の連中に取られちまうじゃねえか。そんなもったいねぇこと出来るかよ」


 そう言って、ゴルドは俺に歩み寄る。そして俺の耳元に顔を近づけ、喜色に満ちた声で告げた。


「おまえとはサシで殺し合いたいからなァ」


 向けられたその獰猛な笑みに、俺は冷たい視線で睨み返した。

 ……まったく、忌々しい戦闘狂いめ。


「願い下げだよ、まったく」

 辟易しながら言うと、俺の横でバーダも頷いた。

「同感だ。実質的な戦力が一人しかいないこちらとしては、貴様たちとの衝突は極力避けたい。しかし……」


 と、そこで彼女の表情がどこか苛立たしげに曇る。


「一方で、例のアタヘイの街についてはじっくりと調査をしたいというのが本音だ。そのためにわざわざこんな場所まで旅をしてきたんだからな。あの男に邪魔をされるというのは面白くない」


 それを聞いたゴルドの表情に喜びが宿った。


「へぇ、それはつまり?」

「……状況によっては、我が護衛の刃が貴様に向くことも厭わん、ということだな」


 躊躇いの無い瞳で、バーダはそう言った。俺はやれやれと首を左右に振る。雇われの身である俺に拒否権が無いことは、既に分かり切ったことだ。


「かかか、そいつはいい」


 ゴルドの眼孔にギラリとした昏い輝きが宿る。今すぐにでも鞘から煌めきが走ってもおかしくない、そんな殺気だった。

 反射的に一瞬身構えたが、奴の長物が抜かれることは無かった。殺気を霧散させながら、奴は言う。


「しかし、まぁ、俺にも実は目的があってね。ソード、おまえとの殺し合いは『あわよくば』程度さ」

 それを聞いたバーダが眉を寄せる。

「目的?」

 一方で、俺には大方の見当がついていた。

「―――雪辱戦、か」

 俺の言葉を、ゴルドは肯定も否定もしなかった。ただいつも通り、酷薄な笑みを口元に浮かべるだけだ。


 五年前―――そう、俺とヒュウ、そしてゴルドの三人でこの山を訪れたときの敗走。この男がいつまでもそれを良しとする筈が無い。

 不死の怪物との再戦。

 こいつが枢機卿の護衛なんぞを引き受けた最大の理由は、きっとそれが目的なのだろう。


 俺は呆れかえって、思わず諫言を口にする。


「馬鹿げた真似はよせ。五年前にもう分かっただろ。あれはおまえの手に負えるような存在じゃ……」

「なんだ、獲物を取られるのが嫌なのか?」


 ゴルドが見透かしたような口振りで切り返す。


「あの化け物を心底殺したいのは―――ソード、本当はおまえの方だろう?」


 俺は無言で奴の眼を睨み返した。しかし、俺の放つ怒気はゴルドの獰猛な笑みの前では、何の主張にもならなかった。

 悔し紛れの舌打ちを漏らし、俺は先に視線をはずす。

 そんな俺を見て、ゴルドはどこか満足そうな顔を浮かべて踵を返した。


「―――さて、それじゃ俺はそろそろ依頼主サマのところへ戻るとするか」

「最後に一つ確認だ。我々のことを報告するか?」


 バーダの質問に、ゴルドは首を振った。


「いや、しねぇよ。さっきも言ったが俺にも目的があるんでね。その優先順位は変えないさ」


 なるほど。その気になれば俺とはイクスラハに戻ってからでも殺し合いが出来る、しかし例の怪物とやり合える機会は今しかない―――ゴルドの事情は、言ってしまえばそういうことだろう。


「まぁ、おまえも護衛対象が増えてるようだし、そこに追い打ちをかけるほど俺も鬼じゃない」


 と、肩越しにゴルドの視線がバーダの方……いや、そこに隠れてこちらを伺っていたエズミに向けられる。注目を受けたエズミはバーダの裾を掴む手にさらに力を入れ、その背中に再び身を隠した。言葉が通じずとも、さすがに目の前の人物が異常であることは分かるらしい。実に正常な感覚だ。


「そういうわけで」


 とゴルドは最後に俺を睨む。いつも通り、ニヤニヤと笑いながら。


「―――俺の邪魔だけはするなよ、ソード」


 こっちの台詞だ、と言い返すことすら、俺は億劫な気分だった。

 

               ◆


「さて、我々も出発だ」


 ゴルドの後ろ姿が見えなくなってから、バーダが口開いた。


「マルムスティーンが迫っているとなれば、我々にも時間が無い。先を急ぐとしよう」

「そうは言っても、だ」と俺が水を差す。「俺が五年前に登ったのはこの地点までだぞ。例の滅びた街を探すにしたって時間がかかる。どうするんだ?」


 俺の疑問に、バーダは指を一本立てて小さく揺らして見せた。


「今こそ私の観察力に感服するんだな」


 得意げに魔女の笑みを見せるバーダ。その彼女の指先が崖の方を指した。


「……なんだ、身投げでもするつもりか?」

「脈絡の無いつまらん冗談だな。そのまま視線を頂上の方に動かしてみろ。崖沿いに人が通れそうな小道がある」

「小道って……」


 言われた通りに視線を向けてみるが、それは小道と呼べるほど立派なものでは無かった。断崖の山肌に辛うじて足場があり、それが頂上の方へと緩やかに続いているだけだ。幅はギリギリ大人一人分が歩ける程度、足を踏み外せば絶壁を真っ逆様である。


「おいおい、本気で言ってるのか?」

「これを見ろ」


 呆れる俺の前で、バーダは道の始まりの地点を指さした。


「ブーツの跡が辛うじて見て取れる。おそらく、エズミの父親だ」


 俺はかがみ込んで調べてみる。イヴィルショウの山肌の多くは乾いた岩盤だが、確かにそこには土が靴底の形でこびり付いていた。


「彼も違和感に気づいたんだろう。この小道は明らかに昔、人為的に作られたものだ」

「何故、そんなことが言える?」

「よく見れば、進むに連れて道幅が広くなっている。勾配もこれまでの傾斜と比較して明らかに不自然だし、これは地質学的に見ても考えにくい形状よ」


 バーダは崖から身を乗り出すようにして道の先に目を向ける。


「おいおい、落ちるなよ」


 しかし彼女はそんな俺の忠告など意にも介さず、独白のように続ける。


「つまり、これは何者かが『来る者を拒む為』に作った隠し道と考えることが出来る。となれば、この先に例の街―――アタヘイがある可能性が高いわ」


 口調に込められた熱量を察し、俺は諦めの吐息をついた。興味半分で疑問を口にしてみる。


「エズミの父親が、山を降りずにこの道を進んだ理由は?」

「辺境の地と思われた場所に人の痕跡があれば、それを頼るのは何も不自然じゃないでしょ。負傷した仲間を連れていて、どこか安全な場所を探していた可能性もある。今のところ、彼の護衛らしき人物の死体も見てないし。いくらでもパターンは推測できるわ」


 やれやれ、と俺は首を振る。何を言ったところでこの道を進むことは確定のようだ。彼女の傍らのエズミも、先を急かすような瞳で俺を見上げている。

 二人の護衛対象を連れて進むには少しばかり気疲れしそうなルートだが……もはや腹をくくるしかないだろう。


 と、そこで俺は思わず皮肉っぽい笑いを漏らした。それを見たバーダが小首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、後続の連中のことを少しばかり不憫に思ってな」


 俺は顎で断崖の道を指す。


「棺桶を担いで進むには、なかなか難しい道だぜ」


 俺とバーダは目を合わせた後で、お互いに底意地の悪い笑みを浮かべた。

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