〈三十三〉アトラビアンカに花束を〔後編〕
「私とオーリアは病院の階段を駆け上がった。アトラのいる特別診療室は建物の三階にある。しかし、既に院内のほとんどには火の手が回り、あちらこちらから銃声が聞こえた。
旧帝派の武装員が、既に建物内に入り込んでいたんだ。奴らは病院関係者に向けて片っ端から発砲を繰り返していた。それはまさに一方的な虐殺でしかなかった。廊下には血を流す看護婦や医者の姿が転がり、それを踏み越えるようにして患者たちが出口へと殺到していた。
私とオーリアはその流れに逆らうようにして、アトラのいる部屋を目指して走った。しかし、ようやく三階にたどり着いたとき、私たちは愕然としてしまった。
目に飛び込んできたのは、天井高くまで積み重ねられた机や戸棚、ベッドの数々。そう、即席で作られたであろうバリケードが、廊下を塞いでいたんだ。
そしてその前には、そこをどうにか突破しようとしている、二人の男たちの姿があった。その二人に私たちは見覚えたあった。コヴァイン卿を撃った男の傍にいた連中だった。
『聖女はこの向こうだ、急げ!』
男の一人が叫び、そしてもう一人が私たちの存在に気がついた。
『なんだ、貴様らは?』
彼らは私たちの着る制服を目にすると、顔色を変えた。
『惰弱な信仰の学徒どもか……!』
『死すべし!』
すぐさま二人の持つフリント式の銃口が向けられ、私たちは思わず息を止めた。しかし次の瞬間、私たちの後方、階段を駆け上がってきた人影が、我々の眼前に躍り出た。
『そこを、どけぇぇぇッ!』
『ヴィリティス!』
私がその名を呼んだときには、既にヴィリティスの持つ鉄剣が男の一人を斬り伏せていた。そして着地と同時に剣を構え直し、残る一人を睨みつける。男は、突然鉄剣を持って現れた少女を前に愕然としていた。その引き金を引くことすら忘れて。
瞬きを一つ挟む頃には、残る一人もまた、ヴィリティスの一閃の前に倒れ伏していた。彼女は私たちを振り向き、言った。
『すまない、剣を探すのに手間取った……コヴァイン卿は!』
その問いかけの前に私は口を噤んだ。オーリアが唇を真一文字に結び、ゆっくりと首を左右に振ると、ヴィリティスは脱力したように膝を折った。
『そん、な……』
ヴィリティスの瞳から、闘志が消えていくのがわかった。しかし、私はそんな彼女の元に歩み寄り、その腕を引き上げる。
『最期にコヴァイン先生は、私たちにアトラを守るように言いつけた』
涙を浮かべるヴィリティスの目を、私は半ば睨みつけるようにして言った。
『……今は何としても、その約束を果たさないと』
私の瞳をしばらく見上げた後で、ヴィリティスは涙を拭った。
高く積み上げられたバリケードを、わずか十歳の子供が崩すのは難しい。しかし、子供一人分が通れる程度の隙間を見つけ出すのには、さほど難しくはなかった。私たち三人は順番にその障壁をくぐり抜け、アトラがいる特別診療室へ急いだ。
やっと目的の部屋にたどり着いたとき、私たちは再び驚くことになった。
それほど広くない室内には、数十人という人間がひしめき合っていた。白衣を着た医者、看護婦、患者、そして教会騎士団らしき兵士。その誰もが負傷し、苦痛の呻き声を漏らしていた。
そしてその中心で、一心に治療にあたる少女の姿があった。
『アトラ!』
私の声で、彼女はその顔を上げる。額には大粒の汗が浮かび、表情には疲労の色が濃く表れていた。爆破に巻き込まれた人々に対して、絶えず治癒の力を使い続けていたのだろう。
『みんな、どうして……!』
アトラの言葉は問いかけというより、むしろ咎めるような口調だった。構わず、私はまくし立てる。
『助けにきたの! ここはもう危険よ、早く外に!』
それはおよそ二ヶ月ぶりの再会だったが、旧交を温めている暇は当然無い。アトラは何か言い掛けてから、それを一旦呑み込むような沈黙を置いた。そして小さく首を左右に振る。
『……駄目よ、私は行けないわ』
あくまでも冷静な声色で、アトラはそう返した。
『どうして!』
『この人たちを放ってはおけない。そうでしょ、バーダ?』
まっすぐに見つめる彼女の瞳を前にして、怒鳴り返そうとする私の気持ちは萎んでいった。
見渡して確認できる負傷者は二〇人以上、中には歩くことが容易でない者も少なからずいた。どうやら、アトラはまず重傷の者から順番に治療しているようだった。彼女の治癒の力も無尽蔵というわけではないのだろう。
『だからお願い』と、アトラは再び治療に戻りながら言った。『三人は、治療した人から順番に脱出を手伝ってあげて。私は何とか全員を歩けるレベルにまで回復させてみるから』
彼女の口調はあくまでも落ち着いていた。しかし、私はその案を承伏しかねた。それではアトラが脱出できるのは最後になってしまう。
そこでようやく、私は気づいたんだ。
アトラは奇跡の力だけで聖女になったのではない。大衆が崇め、敬意を抱いたのは、きっと彼女の人格そのものだったのだと。
自分を最初から計算に入れない、自己犠牲の精神。
だがそれは、一方で私にとっては絶望でしかなかった。この状況下ではどんな論理を使っても、どんな言葉を使っても、彼女を説得できる気がしなかった。
このままではいずれ旧帝派が此処まで踏み込んでくるのは自明のことだ。焦燥に駆られた私の口から、思わず言葉が出た。
『コヴァイン先生が死んだの!』
その場の空気が、一瞬にして静まりかえった。だが感情を抑えられず、私は半ば泣き叫ぶようにして続けた。
『その死に際で、私たちはあなたを守るように言われたの! だから、だから……!』
私の言葉は、もはやただの懇願だった。建設的な意見ではない、ただの感情論だ。
お願いだから、あなたを助けさせてくれ、と。
『コヴァイン卿が……』『ああ、そんな』『なんということだ……』
室内の各所から悲しみの声溢れだした。或いは、それをその場で告げることは私の大きな間違いだったのかもしれない。結果として、ただでさえ意気消沈している人々にさらに絶望を与えてしまったのだから。
アトラはショックに一瞬だけ表情を歪ませた。今にも泣き崩れそうな顔を見せてから、しかし、それを押し込めるように俯いた。その唇が、独り言のように漏らす。
『そう……コヴァイン先生が……』
そのとき、部屋のすぐ外で爆発音が聞こえた。そしてそれに続くように空気を揺らす、数人の荒々しい足音。バリケードが破られたのだと気づくのに、さほど時間はかからなかった。
やがて顔を上げたアトラの瞳に映っていたのは、確固とした決意の色だった。
『ならば私も、最後まで責任を果たすわ』
彼女が何を決意したのかは分からない。だが、もう時間が無かった。私はアトラの両肩を強く掴んだ。
『お願い、アトラ……!』
『大丈夫よ、バーダ』そう言って、アトラはすがりつく私の手をそっと解いた。『此処にいる人たちだけは、必ず守ってみせる』
そして、すれ違い様に一言だけ、私に告げた。
―――もう、思い出したから。
振り返って一呼吸を挟む前に、診療室の扉が蹴破られた。室内に緊張が走る。姿を現したのは短銃を携えた五人の男たちだ。その物々しい雰囲気は、とても我々を救いに来た兵士たちには見えなかった。
アトラの姿を捉えると、案の定、その中の一人が口開いた。
『……聖女アトラビアンカ、だな?』
その問いかけに、アトラは無言のままこくりと頷いた。男はほかの四人に目配せしてから、銃を構えた。
『皇国の信念の為に死んでもらう』
しかし、対するアトラは物怖じする様子も無く問い返した。
『一つお訊きします。私を殺した後、この部屋にいる方々をどうするおつもりですか?』
『……歪んだ信仰は皇国の最大悪だ。その一片たりとて生き残ることはならん』
その返答で、他の男たちも一斉に銃口をこちらに向ける。そして、最初の男が叫んだ。
『惰弱な信仰に鉄槌を!』
向けられた強烈な殺意を前に、私たちは誰もが呼吸を止めた。彼らの握る銃の引き金が引かれ、五発の銃声が響きわたる。
しかし次の瞬間、放たれた弾丸はすべてアトラの目の前でぴたりと静止した。それはまるで、彼女と銃弾の間に透明な壁でも存在しているかのようだった。
男たちの間に、そして我々の間にも驚愕が走る。物理的にあり得ない事象が、その時の我々の目の前で起きていた。
気がつけば、アトラの口元が何か言葉を紡いでいるように見えた。ほとんど内容は聞き取れなかったが、それは教会の祈りの言葉にも、はたまた数式を解く計算を呟いているようにも聞こえた。
やがて突然、アトラの身体がぼぅ、と薄い緑色の光を放ち始めた。それはどんどん強くなっていき、やがて部屋全体を飲み込むほどまでに大きくなる。
男たちの数人が慌てて再び引き金を引いたが、銃弾は先ほどのように空間に打ち付けられたように停止するだけだった。
『ま、魔女め……!』
男たちが呪詛を吐き捨てる。
私にもアトラがいったい何を始めたのか一切分からなかった。そもそも、彼女にこのような力があること自体、それまで知らなかった。
光はさらに強さを増し、我々の視界すらも奪っていった。すべてが輝きの中に呑み込まれる前、辛うじて視界に捉えたアトラが私を振り返ったように見えた。
浮かべられていたのは、どこか申し訳なさそうな笑み。
その唇が動いたが、声は聞こえなかった。ただ、何と言ったかは理解できた気がした。
―――ごめんね。
ただ、それだけだった」
◆
「私の意識はそこで一旦途切れた。何が起きたのか分からないまま、どうやら私は気絶してしまったらしい。
目を覚ますと、その場のすべての人間が、私同様に気を失って倒れ伏していた。ヴィリティスもオーリアも、そして先ほどまで銃を突きつけていた五人の男たちも、だ。
混乱する私の目に飛び込んできたのは、静寂の中に立ち尽くす一人の少女の姿だった。
『アトラ!』
私が名前を叫ぶのとほぼ同時に、アトラは崩れ落ちるようにして床に倒れた。私はすぐさま駆け寄り、彼女を抱き抱えた。その身体はまるで死体のように冷たく、顔には生気が無かった。
『バー、ダ……』
私の顔を見返すアトラの瞳は、焦点が合っていなかった。彼女の視力がもうほとんど残っていないことに、私は気がついた。息も絶え絶えに、彼女は言った。
『ごめん、ね……助けられたのは……まだ、命のある人だけだった……コヴァイン先生は、生き返らせることが、できなかったみたい……』
私は周囲を見回した。倒れ伏す負傷者たちの顔には、先ほどまでにはなかった血色が戻り始めていた。目に見える傷口はすべて塞がっており、どうやら出血も止まっているようだった。
私は思わず呟く。
『まさか、建物全体に治癒の力を……?』
そんな驚愕の後に訪れたのは、不安と疑問だった。
―――いったい、どれほどの代償を支払えば、こんな奇跡が起こせるというのか。
その答えは、やがて私の両手を濡らし始めたアトラの血が教えてくれた。気がつけば、彼女の纏う服にはいくつもの銃痕が穿たれていた。
『そんな、どうして……!』
先ほどの銃弾はすべて止まっていた筈だ。それなのに。
アトラが、か細い言葉を紡ぐ。
『時間を少し……止めただけなの……建物全体に、力を使うには……それしか、なかったから……』
真っ赤な血は、アトラの身体から止めどなく溢れ出してきた。私は両手でどうにかしてそれを止めようとした。しかし、それは無情にも私の手を赤く染めていくだけだった。
私は泣き叫んだ。
『アトラ! 治癒の力を使って! 早く自分の傷を……!』
『ごめん、ね』
彼女は、私の腕の中で儚げに微笑んだ。
『もう、力を使いすぎちゃった……武器を持った人たちも、止めなきゃいけなかった、から……』
ずっと何処かで響いていた断続的な銃声は、もう聞こえなかった。旧帝派の戦闘員はすべて、目の前の五人のように無力化されているらしい。
そう―――アトラが成し遂げた奇跡は、この病院の戦場をすべて終わらせることだった。傷ついた者すべてを癒し、武器を持つ者すべてを止めること。いったいそれが如何なる能力をもって遂げられたのか、詳しいことは分からない。
ただ、その為に彼女が自分のすべてを犠牲にしたことだけは、すぐに理解できた。
―――己の命さえをも。
『イヤ……嘘よ……』私はアトラの身体を抱きしめながら、何度も繰り返した。『嘘……こんなの、嘘よ……嘘……!』
だがそんな言葉も空しく、私の両腕からアトラの命が静かに消えていくのが分かった。まるで、手のひらから砂がどんどんこぼれ落ちていくみたいに。
『ごめ、ん、ね……バーダ……私……もともと、小説家には……なれない、運命、だったみたい……』
『駄目よ、アトラ……もう喋らないで……!』
涙で彼女の顔がよく見えなかった。
どうすればいいのか、私には分からなかった。
どうなってしまうのか、それだけが突きつけられていた。
『あの、タイプ、ライター……バーダに、あげる、ね……』
『イヤよ……イヤ……そんなの聞きたくない……!』
タイプライターなんて要らなかった。もう、この世の何もかもが要らなかった。すべてを捨ててアトラが助かるのなら、私は自分の命さえも捨てていいと思った。
『ごめん、ね……バーダ、ごめん、ね……』アトラは掠れた声で、何度もそう繰り返した。『一緒に、生きられなくて、ごめんね……』
アトラが死んでしまうなら、私もその場で死のうと思った。彼女を亡くした世界になど、もはや何の価値も無いと思った。
―――それなのに。
『で、も……それでも……』
そう言いながら、アトラの震える手が私の頬を優しく撫でた。
『バーダ……あなたは、幸せに、なってね……!』
涙で滲む視界の先に、泣き顔で微笑むアトラの顔が見えた。もう何も見えない筈の彼女の瞳が、私の心の奥底までをも見通しているように感じられた。
最後の力を振り絞るように、彼女は続けた。
『これ、までの、分も……幸せに、ならなきゃ、駄目、だよ……好きな、ことを、して……好きな、人を、作って……好きな、人生を、送らなきゃ……駄目だよ……』
『嫌……嫌よ……アトラ、私……!』
私に―――そんな資格があるのだろうか?
アトラに人生を救ってもらった。
コヴァイン先生に導いてもらった。
でも、私は二人に何も出来なかった。
夢を手伝うことも、恩返しをすることも。
そんな、何も出来なかった私に……!
『大丈夫』
と、アトラは最後に笑った。
『あなたは、この世界で生きていいんだよ』
私は、頬に触れる彼女の手を握ろうとした。
しかしその前に、彼女は行ってしまった。
『アトラ……?』
その名前を呼んでも、答えは返って来なかった。
それでも、私は彼女の名前を呼んだ。
何度も、何度も、何度も。
アトラは穏やかに微笑を浮かべたまま、永遠にその時間を止めた。
やがて彼女の亡骸を抱きしめ、私は大声をあげて泣いた。
―――過ぎ去っていった全てと、迎えるべき全ての為に」
◆
周囲は耳を圧するほどの静けさに満ちていた。初春の空気は冬の名残を孕んで冷たく澄み渡り、呼吸をするたびに肺の奥底まで神経が研ぎ澄まされていく気がした。岩影に停めた我々の馬車馬が時折小さく嘶く他に、周囲に生命の気配は無い。昨夜俺たちを包んでいた町の灯りは遙か後方に遠ざかり、眼前には荒涼とした荒野が続いている。夜の彼方に辛うじて、目指す山々の陰影が見えた。
まるで、この世界に生き残っているのは俺とこいつだけなのではないか。
そんなことさえ思える夜だった。
そこまで語り終えて、小説家は……バーダは一呼吸を挟んだ。俺は何も言わなかった。彼女に告げる言葉を、俺は持ち合わせていなかった。
やがてバーダは、補足するように続けた。
「アトラはもしかしたら、最後に自分の記憶を取り戻せたのかもしれない。それがどんなものだったのかは、当然もう分からないけどね」
「それで」と俺はそこでようやく口を開いた。「おまえがその子の代わりに、小説を書き始めたのか」
「まぁ、ね。あの事件以降、私はアトラのタイプライターを受け継いで、彼女の書きかけの小説の続きを書き始めた。でも、それを書き上げるのに五年もかかったわ。それを出版社に持ち込んで、担当の編集者がついてくれて、そこから賞を取るのにさらに二年……結局、小説家になるまでに七年もかかっちゃった」
バーダはさらりと語ったが、その七年間を俺は推し量ることが出来なかった。そこにもきっと、数多のエピソードが眠っているのだろう。おそらくは、容易くは語れないような出来事が。
気がつけば、俺の指先に挟まれた煙草はほとんど口をつけないうちに燃え尽きてしまっていた。それを焚き火の中に放り、俺は新しい煙草に火をつける。紫煙を曇天の空に吹きながら、俺は思う。
彼女が『小説家』という肩書きに固執する理由、それはきっと亡き友人の為なのかもしれない、と。
親友が目指した場所、そして其処に到達した自分。
それら全ては、バーダの人生にとってあまりに尊きものだ。それを貶されることは、彼女にとって親友を貶されたように感じられるのかもしれない。
だが同時に、俺はそんな人生の歩き方に対して疑問を覚えた。
「悲しくないのか?」
俺が訊くと、バーダは首を傾げた。
「何が?」
「小説家を続けていくことが、さ」
そうだ、彼女はそれから逃げ出すことだって出来た筈だ。親友のことを忘れ、過去を忘れ、新しい自分となって生きていくことだって可能だった。そしてその方がきっと、ずっと楽だったに違いない。それなのに彼女は、敢えて過去から続く道を選んだ。
俺のそんな不躾な問いかけに、バーダは苦笑めいた表情を浮かべた。
「それはもちろん、悲しくなるときもあるわよ。このタイプライターを使って作品を書いていると、何度もアトラのことを思い出すし、そのたびに絶望的な気分を味わうことになるわ」
「だったら、なんでだよ」
俺が問うと、バーダは俺の目をまっすぐに見つめた。その表情には、いつもの小説家然とした凛々しい冴えが戻っていた。
「何かを『選ぶ』という行為は、その先にある後悔を覚悟する、ということだ。後悔の無い選択肢など存在しない。もし、そんなものがあるのだとしたら―――」
あくまで冷徹な声色で、彼女は言う。
「その人はきっと、本当は何も選んでいない」
それは、まるで俺自身を見抜いているかのような言葉だった。俺は無言のまま目を反らし、煙草の煙を吹いた。
選ぶ、と思考がその単語を繰り返す。
あの山まで行けば、俺は決められるだろうか。
選ぶことが出来るのだろうか。
その先の後悔を、覚悟できるのだろうか。
……そんな自問自答を挟むも、結局答えは出なかった。見上げた空にはどんよりとした黒い雲が広がるばかりで、どこにも月の姿が見えなかった。
「でも、きっと……」
と、小説家が言った。
俺の隣で、同じように月の無い空を見上げながら。
「―――救いの無い物語なんて存在しないよ」




